魔王転生記。

ちくわ天

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一章

1-9 暇つぶし

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元勇者カイルは不機嫌であった。

原因は目の前で読書をする男である。
背もたれに寄り掛かり、本を読む姿は普段の彼とは思えないほど柔らかい印象で、モゾっと姿勢を変える仕草さえ美しく見える。
ただ、そんな姿を2時間も見続けるのは流石に飽きてくる。

最初は話しかけたり、邪魔したりしたが、本の世界に入った男は全く反応しなくなった。

カイルは後ろから本を覗き込む。
その本は『土魔術』に関するもので基礎的な話が丁寧に書いてある。
それこそ、魔術学校ですら教えていない事まで書かれており感心していた。タイトル以外は。
『ゾンビでも分かる!㊙︎土魔術講座~基礎編~』
余りにも酷かったが、目の前の男はこのシリーズ、通称「ゾンわか」を読み漁っている。

少しだけ魔王像が壊れた気がする。

だが、そんな苦痛の時間はもう終わる。
なぜなら後数ページで読み終えるため。
アッシュが最後のページを手にかけ、目が文字をなぞる。
(本当に長かった…。やっと外に出られる…)
本に夢中になっているアッシュは「うむ」としか言わなかった事を良いことに様々なお願いをした。

殆どが冗談だったが「外に出たい」と言ったところ、「そうだな」と別の返事が返ってきた。
言質はとった。
後は行動するだけ。

パタンッと本を閉じる音がした。
声をかけようとした時、アッシュはまた一から読み始めた。
「まだ読むのかよ!!」
大声で叫び、本を取り上げようとするが触れることが出来ない。

「なんだ?」
アッシュは燻げな表情をしている。
「もう十分読んだだろ?そろそろ外に行こーよ」
「まだ魔術を使えないのに外に行けるわけないだろ」
馬鹿かお前という視線で見てくる。
だが、ここで引いてしまっては我慢した意味が無くなる。
「頼むよ~、もう飽きたんだ。せめて僕でも楽しめることしてよ」
アッシュがじっと見つめてくる。
なんだか落ち着かない。

「そんなことより、思ったんだが」
話を逸らされ、少しムッとする。
「貴様は私に魂を固定化させたんだよな?」
突然の質問に驚く。
「えっ?うん、そうだけどなんで?」
「なら、私の近くに居なくとも、私の一部であるこの迷宮は好きに動けるのではないか?」
「……」
沈黙が流れる。そして、
「ちょっと探索してくる!」
壁をすり抜け、書物庫を出て行く。
「馬鹿な犬だな」
アッシュは呟き、本に目を落とす。

アッシュ達には分からないがまだ外は日が頂点を過ぎた辺りだ。


それから3時間ほど経ち、流石に疲れてきたアッシュは背伸びをする。
あれから、カイルは帰ってこない。
(あいつ、変なことしてないだろうな)
霊体化のため触れることは出来ないがカイルなら何かやらかしそうで不安を覚える。

いくらアッシュが力を失ったといっても迷宮の規模は元から大きい。
そのため、見てまわるだけでも時間はかかる。

見られて困るものはないが迷宮を彷徨かれるのは落ち着かない。
本を戻しつつ、書物庫の外へ出る。
第4層は書物庫や大浴場、食堂などの居住スペースとなっている。
大半が土で埋まっているが、食堂は機能している。
なぜなら、アッシュが食事を必要とするからだ。
魔王ならば食事を取らなくても特に問題ないが、人だった頃の名残りで、今でも一日一食は取るようにしている。

(そろそろ食材が切れそうだ。どこか街でも探して買わなければな)
元の世界では、部下たちが何かと世話をしてくれたが生活力が無いわけではない。
それどころか昔は自分でやっていた為、少し楽しみでもあった。

(あいつらは無事だろうか。フォートレスが無くなったからには別の場所を探すだろうが。マルフィスがどうにかやってくれるだろう…か?)
会うことの出来ない部下達を思い、少し気分が沈む。
アッシュは若返ってから無くなりかけていた感情の起伏が蘇り、少し戸惑っていた。

ふぅとため息をつき、食堂に入る。
100名近くが使える食堂に1人は寂しく感じる。
キッチンに入り、箱状の保存庫から食材を取り出す。
保存庫も機能が低下いているらしく、肉や野菜類が少し傷んでいた。
腐った物を食べたとしても問題は無いが、感覚的に嫌った。
傷んだ部分を切り落とそうと、包丁を取り出すが錆びていた。
噛み合わなさに苛立ちを感じ、包丁をしまう。

(とりあえず、何か食べておきたい)
もう一度、保存庫を開け、中を物色する。
奥から黒いパンを見つけることが出来た。
状態も良く、傷んでいるような所もない。

とりあえず一口サイズに千切ろうとする。
が、全く千切ることが出来ない。
物凄く硬い。
人の力ではどうする事も出来ないほどに。

(どのようにすればこんな硬くなるんだ!)
ぐっぐっとパンを引っ張る姿は滑稽であった。

このパンは「黒炎パン」と呼ばれる非常食用のパンである。
焼いたパンを水魔術で中の水分を飛ばし、火魔術で表面をバッキバキに焼き上げる。
最後に表面の炭になった部分を剥がせば「黒炎パン」の完成である。
冒険者や旅人には必需品であり、食べる際にはスープによく漬け込み、ふやかして食べる。
味は特に無いが、焦げ付いた風味だけが鼻を抜ける。
また、食事中に、ゴブリンに襲われた冒険者がこのパンで殴り殺した話は有名である。

そんな事は知らないアッシュは「黒炎パン」に齧り付く。力は失えど、魔王の称号を持つ男である。
顎の力を最大限に出し、ブチブチッと噛みちぎる。
(なぜこんな音がするのだっ⁉︎訳わからんぞ!)
口の中には大量の涎が流れ、それをパンが吸う。
それによって幾らか柔らかくなったパンはとうとう噛みちぎられる。

(歯が抜けるかと思った…)
もぐもぐと咀嚼する。
ハッキリと言ってまずかった。
味は無く、口の水分は持っていかれ、ずっと口の中に残り続けるパンは最悪だった。
(まだ木の根でも齧ってた方がマシだ)

口周りとパンは涎でベトベトになり、床まで垂れていた。
急に恥ずかしくなり、布巾を探す。
キッチン下の棚にあったはずと思い、屈んだ瞬間、床の下からヌッとカイルが出てくる。
「いや~、まじで魔王城すげ~よ」
嬉しそうに呟くカイルに驚き、咄嗟に裾で口元を拭い、パンを背中に隠す。
「あれ?どうしてこんな所にいるの?お腹すいた?」
「それはこっちのセリフだ。どこまで行ってたんだ」
バレないように返事をするがカイルは怪しんでいる。
「後ろに何隠してるの?」
見られて困るものでは無いが、やはり恥ずかしい。
アッシュは話題を変えた。
「そんなことより、そろそろ外に出たくはないか?」
怪しんでいたカイルの表情は一転する。
「なら、準備をするため宝物庫に行くぞ」
カイルの目がキラキラと輝かせて「行く!」と言うと、さっさとキッチンから出て行った。

(なんとかなった…)
アッシュはそっとパンをゴミ箱に捨て、カイルの後を追う。
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