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「「「お帰りなさい!」」」
玄関を開けてからわずか1秒。弾んだ声が四方から投げられる。
「ただいま……」
大きな声に張り合う気力もない、適当に声を返すと奥から数人が飛び出してきた。全員、イタチやら猫やらリスのような耳を生やしている。獣人だ。
「ズエン様どうしたんですかその荷物は~?またいらない買い物してきたんですか?」
「臭いよズエン様」
「ズエン様びしょ濡れですね!床を綺麗にするこちらの身にもなってください!」
捲し立てるように喋ってくる。この使用人A、B、Cたちは、主人である俺の世話をほどほどにしてくれる。
「奴隷を買ってきた」
そう言ってシーツから子供を出す。べチョリと音がしそうな様子で床に投げ出された子供は、何も分かっていないように周囲を見つめていた。
「うわっ汚い!」
「こんなのどこで拾ってくるんです~?」
「かわいそう」
ぺちゃくちゃ喋る使用人たちに子供は少し怯えているようで、細い体をわずかに動かした。その抵抗とも言えない運動は磨かれた床を汚しただけだったが。
「お前たちは湯を張れ、それと食事を用意しろ……あと、医者も」
外套を脱ぎながら指示を出す。使用人たちは「はあい」と返事をすると蜘蛛の子を散らすように消えていった。
「ご主人様、教会よりお手紙が来ていますわ」
後ろから声をかけられる。艶やかな黒髪に品のある笑顔。タガーという名前の彼女は使用人の頭であり、この家(屋敷といった方が正しいか)の裁量を任されている。最も従順な使用人だ。彼女は俺から外套を受け取ると、代わりに手紙を差し出した。
すでに開封されているそれを開き、中を改める。柔らかな繊維でできた紙には見慣れた文字が広がっていた。
「また報酬の話ですか?」
「ああ……新しい犬を飼うし、もっと仕事を増やさなければな」
「これ、本当に飼うんですか?」
タガーは子供を指差す。確かにそれは人の形をとった生ゴミのようだが、そう厳しい目線を投げるものでも無いだろう。
「最近は奴隷を買うのも厳しくなってきたから、ちょうどいいよ」
「そうは言いますが、結局世話するのは私たちでしょう?」
厳しい目を向けられていたのは俺だった。仕方がないだろう仕事があるんだから、そう言い訳したいが彼女は許してくれないだろう。
「今度はちゃんとやるさ」
「あら?」
「……俺がこの子を洗うし、食事もさせるから」
当たり前でしょう、と言わんばかりの目線を背中に受けながら、俺は子供を抱いてバスルームに向かった。
子供の背中にぬるま湯を流す。
全身にまんべんなく湯をかけた後、たっぷりと湯を張った木桶の中に子供を入れる。足先からゆっくりと。温度差でブルリと震えた背中はとても弱々しく見えた。
壊死した右足は布で保護し、水の中で不安定に揺れる身体を支える。皮膚の汚れをふやかすように絶え間なくお湯をかけ、石鹸で優しく髪をこする。やはりというか全く綺麗にならない。泡すら立たないため何度もゆすぎ、また石鹸をつける。
お湯が茶色くなってきたので新しいお湯に交換、2度ほどそれを繰り返すとやっと地肌らしきものがみえてきた。
ここで気づいたのは、子供はエルフということだった。色素の薄い身体に尖った耳、独特な虹彩を持つそれはエルフ特有のもの。まあ、耳は両方とも先が切り落とされているから分かりにくかったが。
全身傷だらけで化膿している部分も多かった。発熱もしているだろう。こんなにボロボロでもかろうじて生きているのはエルフの長命の力か?
子供は洗われている間、一言も発さなかった。瞳も濁っており焦点が合わない。もしかしたら耳も目も機能していないのかも……。
どちらにせよ医者に診せなければいけない。せっかく買った犬が初日で死んでしまうのは嫌だ。
「ズエン様~終わりましたか~?」
「大体終わった」
子供の身体をバスタオルで丁寧に拭いていると、使用人Aが顔を覗かせた。俺が遅いから待ちくたびれたのだろう。
「そいつオスでしたか?メスでしたか?」
「オス」
「ええ~この家にオスの服ってありましたっけ~?」
「オスでもメスでもこのサイズの服はないから買ってこい」
「めんどくさ~」
頼み事されるなら顔出さなきゃよかったとぶーたれながら出ていく。
髪のシラミは流石に一度洗っただけじゃ取れていない。虫殺しの薬も用意しなければいけないが、まずは食事だ。入浴も睡眠も体力を使う。食事をしなければ死ぬだろう。
汚れが取れた子供は真っ白で、身体中に散らばった傷と無くなった脚の断面のみが赤黒かった。まるで手負いの痩せ犬だ、そう思いながら家で1番小さいシャツを着せてから食堂に向かう。
玄関を開けてからわずか1秒。弾んだ声が四方から投げられる。
「ただいま……」
大きな声に張り合う気力もない、適当に声を返すと奥から数人が飛び出してきた。全員、イタチやら猫やらリスのような耳を生やしている。獣人だ。
「ズエン様どうしたんですかその荷物は~?またいらない買い物してきたんですか?」
「臭いよズエン様」
「ズエン様びしょ濡れですね!床を綺麗にするこちらの身にもなってください!」
捲し立てるように喋ってくる。この使用人A、B、Cたちは、主人である俺の世話をほどほどにしてくれる。
「奴隷を買ってきた」
そう言ってシーツから子供を出す。べチョリと音がしそうな様子で床に投げ出された子供は、何も分かっていないように周囲を見つめていた。
「うわっ汚い!」
「こんなのどこで拾ってくるんです~?」
「かわいそう」
ぺちゃくちゃ喋る使用人たちに子供は少し怯えているようで、細い体をわずかに動かした。その抵抗とも言えない運動は磨かれた床を汚しただけだったが。
「お前たちは湯を張れ、それと食事を用意しろ……あと、医者も」
外套を脱ぎながら指示を出す。使用人たちは「はあい」と返事をすると蜘蛛の子を散らすように消えていった。
「ご主人様、教会よりお手紙が来ていますわ」
後ろから声をかけられる。艶やかな黒髪に品のある笑顔。タガーという名前の彼女は使用人の頭であり、この家(屋敷といった方が正しいか)の裁量を任されている。最も従順な使用人だ。彼女は俺から外套を受け取ると、代わりに手紙を差し出した。
すでに開封されているそれを開き、中を改める。柔らかな繊維でできた紙には見慣れた文字が広がっていた。
「また報酬の話ですか?」
「ああ……新しい犬を飼うし、もっと仕事を増やさなければな」
「これ、本当に飼うんですか?」
タガーは子供を指差す。確かにそれは人の形をとった生ゴミのようだが、そう厳しい目線を投げるものでも無いだろう。
「最近は奴隷を買うのも厳しくなってきたから、ちょうどいいよ」
「そうは言いますが、結局世話するのは私たちでしょう?」
厳しい目を向けられていたのは俺だった。仕方がないだろう仕事があるんだから、そう言い訳したいが彼女は許してくれないだろう。
「今度はちゃんとやるさ」
「あら?」
「……俺がこの子を洗うし、食事もさせるから」
当たり前でしょう、と言わんばかりの目線を背中に受けながら、俺は子供を抱いてバスルームに向かった。
子供の背中にぬるま湯を流す。
全身にまんべんなく湯をかけた後、たっぷりと湯を張った木桶の中に子供を入れる。足先からゆっくりと。温度差でブルリと震えた背中はとても弱々しく見えた。
壊死した右足は布で保護し、水の中で不安定に揺れる身体を支える。皮膚の汚れをふやかすように絶え間なくお湯をかけ、石鹸で優しく髪をこする。やはりというか全く綺麗にならない。泡すら立たないため何度もゆすぎ、また石鹸をつける。
お湯が茶色くなってきたので新しいお湯に交換、2度ほどそれを繰り返すとやっと地肌らしきものがみえてきた。
ここで気づいたのは、子供はエルフということだった。色素の薄い身体に尖った耳、独特な虹彩を持つそれはエルフ特有のもの。まあ、耳は両方とも先が切り落とされているから分かりにくかったが。
全身傷だらけで化膿している部分も多かった。発熱もしているだろう。こんなにボロボロでもかろうじて生きているのはエルフの長命の力か?
子供は洗われている間、一言も発さなかった。瞳も濁っており焦点が合わない。もしかしたら耳も目も機能していないのかも……。
どちらにせよ医者に診せなければいけない。せっかく買った犬が初日で死んでしまうのは嫌だ。
「ズエン様~終わりましたか~?」
「大体終わった」
子供の身体をバスタオルで丁寧に拭いていると、使用人Aが顔を覗かせた。俺が遅いから待ちくたびれたのだろう。
「そいつオスでしたか?メスでしたか?」
「オス」
「ええ~この家にオスの服ってありましたっけ~?」
「オスでもメスでもこのサイズの服はないから買ってこい」
「めんどくさ~」
頼み事されるなら顔出さなきゃよかったとぶーたれながら出ていく。
髪のシラミは流石に一度洗っただけじゃ取れていない。虫殺しの薬も用意しなければいけないが、まずは食事だ。入浴も睡眠も体力を使う。食事をしなければ死ぬだろう。
汚れが取れた子供は真っ白で、身体中に散らばった傷と無くなった脚の断面のみが赤黒かった。まるで手負いの痩せ犬だ、そう思いながら家で1番小さいシャツを着せてから食堂に向かう。
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