可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
2 / 50

私は、もう愛されていない。
私とクリストフェルの間にはもう、何もない。

それを思い知った私は愕然と立ち尽くして彼を見つめていた。
クリストフェルの眉間に不快を示す皺が刻まれる。私は慌てて跪き、深く頭を下げて丁寧に謝罪した。

「申し訳ございません、クリストフェル卿」
「正式な手続きに君は関わらないのだろう?もう何の権限もない。その君を差し向けて自分は姿を現さないクルーム侯爵の非礼は、父サンドストレーム侯爵に裁いて頂こう」

クリストフェルは正しい。
サンドストレーム侯爵家の末息子であるクリストフェルに、夫婦の共同統治を条件として縁談を持ち掛けたのは私の父だった。

父は愛の名の下に私から全てを奪い、後始末を押し付けた。
私は娘としてその屈辱を耐え忍ぶ義務があると感じ、クリストフェルに婚約者として誠実な謝罪をしたつもりだった。

それは驕りだった。

「簡素な手紙で呼び出しておいて『爵位は弟が継承することになりました』だと?」
「……ごめ……っ、も、申し訳」
「クルーム侯爵家がサンドストレーム侯爵家を見下していなければできない事だ」
「違……っ」
「これ程の侮辱を受けたのは人生で初めてだよ」
「クリス……!」
「黙れ!!」

次の瞬間、私は人生で初めて頬を叩かれた。

「…………」

痛みより、驚きの方が遥かに大きい。
そしてじわじわと熱い痛みが頬に広がり出した頃には、充分理解できた。私は、無礼で、傲慢で、卑怯な、裏切り者の、無責任な娘なのだ。

私の誇りも打ち砕かれたけれど、それはクリストフェルのせいではない。
クリストフェルは悪くない。

悪いのは、自分には何一つ決定権のない事柄を主導できると思い込んでいた、愚かな私自身だ。

「見送りは結構だ。一刻も早くクルーム侯爵家の空気を洗い流したい。無責任で淫らな血統などと交わらずに済んだ己の幸運に感謝するくらいしか、君への殺意を抑える術がない。消えろ」
「……っ」

クリストフェルの憤怒は本物だ。
私は軽蔑される辛さも感じながら、今日までは確かに愛しあっていた、伴侶となるはずだった男性の誇りの為にその場から立ち去った。

涙が溢れたけれど、これは当然の報い。

通い慣れたクリストフェルは使用人に案内されなくても迷わず帰路に就くだろう。彼の人生に私はもう不要なのだ。それどころではない。害悪なのだ。

「……っ」

嗚咽がこらえられなくなり、両手で口を覆い廊下を走る。
自室に戻るまでもたなかった。自分が居城のどの位置にいるかも判断できない。とにかく暗がりに転がり込んで蹲り、泣いた。

その資格も、私にはない。
その事実が軋む心に追い打ちをかける。

何故、こんな事になってしまったのだろう。
私は、どこで間違ってしまったのだろう。

「……いやぁ……ッ!」

全て失ってしまった。
未来も、愛も。

人生のすべてを。

どんなに泣いても、慰めてくれる人はいない。
感想 62

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。 ※不定期更新

不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい

あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。