可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
5 / 50

凍てついた心を芯にして肉体を支え、燃える憤怒で思考を働かせる。
そうして出立の朝まで粛々と日々を過ごしていた私に、王立裁判所からの召喚状が届いた。

サンドストレーム侯爵家が正式な手続きを終え、クルーム侯爵家に説明義務が生じたのだ。
それがクルーム侯爵である父宛ではなく、私宛であった事は積み重なる試練の一つと諦めるしかない。

クルーム侯爵は娘の婚約破棄の後始末を娘自身に一任できるお墨付きを得て、満足している様子だった。

私は国外旅行を延期し、まず王都へと向かった。
全く楽しくない馬車の旅ではあったものの、移り変わる景色や豊かな大地の風景はそれなりに気晴らしになり、少しだけ私の心を慰めてくれた。

この婚約破棄の非はクルーム侯爵家の側にある。揺るぎない事実だ。
しかし、私個人に罪はない。
私は私自身から手を離したりしない。どれだけ傷ついても、どれだけ惨めであろうとも、私だけは、私を見棄てたりはしない。

たとえそれが、王立裁判所で行われる裁きの前であっても。

覚悟を決めて王都の地を踏んだ私は、何故か王立裁判所の法廷ではなく、控室でもなく、賓客をもてなす為の客室へと案内された。
意外だったけれど、宮廷側は私をクルーム侯爵令嬢として丁重に扱う意思があるのだと安堵した。

荷解きをしながら、想定より長期の滞在になるかもしれないと考えていたところに呼出があった。裁判の流れとして腑に落ちないものがありはしたけれど、異を唱えられる立場でもない。
私は指示に従い、与えられた客室を出て煌びやかな廊下を進んだ。

案内された先は、明らかに法廷ではなかった。

「……?」

小ぶりな応接室は、密談や交渉に最適に見えた。
更に不可解だったのは、まだ日の高い時刻でありながら厚いカーテンは閉め切られ、室内は意図的に暗くされている現状だった。その上で中央のテーブルでは燭台が灯されている。

カーテンを開ければいいのに……

そんな私の疑問は、暗がりの奥に潜んでいた人物がぬらりと灯りの元へ現れた瞬間、断ち切られる。

「!」

驚くなと言われたら、こちらも無理と答えるしかない。
大柄な中年男性は、癖のある長髪で、表情までは判別できないものの、とても眉毛が太い。黒髪か、或いは濃い栗毛色の髪だろう。

誰。

「ようこそ、レディ・フレデリカ」

やや擦れた声は、目に映る人影からは意外に感じられるほど頼りなく、予想を裏切る程度には低すぎないものだった。

無言のまま御辞儀で応える。
燭台の灯で、私の敬意は充分伝わるはずだ。

「遠路遥々、足を運んでくれてありがとう」
「……?」

労われている事もそうだけれど、私は大柄で長髪で太眉の人影から声が発せられていない気がして、不可解かつ不気味で寒気を覚えた。
身を強ばらせていると、人影がまたぬらりと動き、燭台の位置を少しずらす。その時テーブルの向こう側で椅子に座っている人物の存在が明らかになった。

話しているのは、その、男性だ。

「驚かせてしまったら申し訳ない。どうか恐がらないでほしい」

私が気弱な令嬢でなくてよかったわね。
もし気弱い小娘だったら、一人目で悲鳴をあげ、二人目で逃走したことでしょう。

そんな悪態を内心で吐きつつ、その実、固唾を飲んでいた。

「私はアライアンス王国第三王子ヴィルヘルム。以後、お見知り置きを」
「……」
「……」
「……」
「……レディ・フレデリカ?」

突然の出来事に、一瞬、立ったまま気を失っていたかもしれない私は、地響きのような低音で名を呼ばれ我に返る。

「は、はい?」
「この方は、紛れもなくヴィルヘルム殿下御本人であります」
「……」

大柄で長髪で太眉の男性は、見た目を裏切らない声をしている。
それはさておき。

「お、お招きいただき、光栄です……?」

相手が第三王子と聞いて、口から相応と思えた挨拶がまろび出た。
けれど最適ではなかった気もして、自信を失う。

「よかった」

第三王子ヴィルヘルム殿下は、掠れ声でもにこやかに心情を吐露した。燭台の灯は確かにその口元を照らし、確かに友好的な笑みが刻まれていると証明している。

「……」

それで?
これ、どういう状況?

「レディ・フレデリカ」

低い声が再び私を呼んだ。
私はハッとして、その吐息がやけに大きく響き、更にヴィルヘルム殿下を微笑ませたらしかった。

何か言わなくては。

「お、御加減は……如何ですか?」

私は妙な浮遊感と底知れぬ緊張感の中で体調を尋ねる。
第三王子ヴィルヘルム殿下といえば、不治の病を抱え決して人前には姿を現さない、秘められた人物である。それは貴族であれば誰でも承知しており、折に触れて祈りに覚える王国の憂い事でもある。

そのヴィルヘルム殿下が私をお呼びとは、これ如何に……

「夢?」
「否、夢ではない」

思わず心の声を洩らしていた私に、ヴィルヘルム殿下が穏やかに応じる。

「失礼いたしました」
「いやいや、そう畏まらないで」
「殿下、さすがに無理かと。腐っても殿下ですし」

大きな太眉男性が、低い声で私の代弁をしてくれた。

そうよ。
こっちは誰なの。

「腐ってもって、酷いなあ。確かに私は、架空の人物かはたまた亡霊かと疑われたりもするひきこもり王子だが、新鮮……そうか、私は新鮮ではないのか」
「左様でございます」

不治の病のことを、新鮮ではないという表現で納得しているのだろうか。
私が口を挟むことでもないけれど、辛辣すぎる。

そんな辛辣な口を利く太眉の大男はいったい誰なのかという疑問を晴らしてくれたのは、たった今、自身が新鮮な王子ではないと納得した第三王子ヴィルヘルム殿下だった。

「レディ・フレデリカ。この男は私の従者兼介護人のジョアンだ」

不治の病を抱え、人目を忍んで暮らしているヴィルヘルム殿下である。絶大な信頼を置く従者に看病されていても不思議ではない。
それに、これだけ大柄であれば、病弱とはいえそれなりの体格であるヴィルヘルム殿下を抱えるのも苦労しないだろう。

「……」

私は気付いた。
不治の病を抱えているヴィルヘルム殿下ではあるけれど、痩せ細ってもいなければ、小柄でもない。
テーブルに隠れている下半身を考慮しても、肩幅や座高からヴィルヘルム殿下がそれなりの高身長であると予測できた。

不治の病であるという情報から、枯木のように痩せ細った小柄な蒼白い病人という先入観を持っていた自分を戒める。

「ジョアン・ファルクでございます」

辛辣な太眉大男が私に向かって丁寧な御辞儀をした。それでも私の身長では、長髪に覆われたファルクの太眉も鼻筋も目視できた。清々しいほどの大男だ。

「ジョアンでもファルクでも、好きなように呼んでいい」
「何なりとお申し付けください」

ヴィルヘルム殿下とファルクがそれぞれそう言うけれど、病人とその看護人だとわかっているのに、私の用事を頼むわけにはいかないだろう。
私には専用の使用人を付けて欲しいところだけれど、今のところ、そのような女性は現れていない。

「レディ・フレデリカの御用は妹が承ります」

どうやら、ファルクには妹がいるらしい。
姿が見えないのは、もしかすると、ファルクの巨体の影に隠れているから?

「?」

不躾ながらファルクの背後を窺ってみた。

「……」

暗いし、大きいし、見えない。

「アマンダは今頃、君の部屋を整えているよ」

ヴィルヘルム殿下が言った。
どうやら、私の身の周りの世話をしてくれる人物はアマンダという名らしい。

「……」

やはり、大柄なのだろうか。
大柄で、黒髪か濃い栗毛色のくせ毛なのだろうか。

「?」

待って、フレデリカ。
どうして王子の従者の実の妹が私なんかの世話をするのよ。

おかしいでしょ。

「?」

私は、婚約破棄の経緯を弁明する為に、来たはずだ。

「さて、レディ・フレデリカ。本題に入ろうか」

ヴィルヘルム殿下の掠れ声が私を現実に引き戻した。
感想 62

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。 ※不定期更新

不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい

あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。