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高身長な美男だと判明したヴィルヘルム殿下が私へ愛の告白をした。
あるいは、私は高身長な美男だと判明したヴィルヘルム殿下から愛の告白を受けた。
え?
「……」
あ、求婚されたのだから、いいのよね?
「ん?」
私、混乱中。
「でぇん……」
意味もなく殿下と呼び掛けそうになった、その時。
「!」
昼の日の光の中で、椅子に腰かけて私を見上げ、眩しそうな笑みを浮かべていたヴィルヘルム殿下の口角から一筋の血が顎へ向かってたらりと垂れた。
「おっと」
「!?」
ヴィルヘルム殿下は笑顔のまま体の向きを変え、ハンカチで口元を拭った。すかさずファルクが胸元から懐中時計のようなものを取り出し、蓋を開け、丸薬を一つまみしたかと思うと、仰向いて口を開けたヴィルヘルム殿下の口内へピュッと飛ばす。
「……」
一瞬の出来事だった。
唖然として窓辺に立ち尽くしていた私は、ヴィルヘルム殿下が不治の病に冒されているという大前提を思い出した。
ヴィルヘルム殿下は丸薬を丁寧に噛み締めている。
顎の形を見る限り、骨格はとてもしっかりしている。
「すまないね。うつるようなものではないから、安心していいよ」
咀嚼した丸薬を嚥下すると、ヴィルヘルム殿下が変わらない笑顔で私に気遣いの言葉をかけた。
とはいえ、はいそうですかと納得できるほど能天気な私ではない。
「御無理をなさったのでは……」
「このような為体の夫を持つなんて、君は本当に可哀想な女性だ。ははは」
「何を笑っていらっしゃるのですか?え?」
待って。
ヴィルヘルム殿下、もう先が長くないのでは?
これだけ可哀想可哀想と連呼しているのも、何かのきっかけで可哀相な私に同情して、親切心から結婚を申し込んでくれたのでは?
「殿下……」
「恐がらないで。夫婦になるのだから、きちんと説明する」
「説明?」
不治の病の?
そういえば、王家は病名を伏せている。
王家の、それも王子の体調を慮れば、普通の神経の人間ならば詮索はしない。
それはそれとして、私の感情が追いつかない。
「実は、私のは、不治の病ではなく」
え?
「後遺症なんだ」
え?
「幼い頃、大叔母に毒を盛られてね」
「えっ?」
そんな話は聞いたことが無い。
王子毒殺未遂。これが真実なら、王国の大事件である。
「父上と母上の結婚を最後まで反対していた大叔母は、晩年になって少し呆けたのか妄想が激しくなってしまって、私を悪魔の子だと思い込んでいた」
「……」
「そしてケーキに猛毒を仕込まれたのさ」
のさ、って。
「殿下は十五日間、生死の境をさまよい、お目覚めになりました」
ファルクが重々しく告げる。
「それから、どうも胃腸の調子が悪くてね」
ヴィルヘルム殿下の口調は穏やかだ。
私を気遣って軽い語り口を選んでいるのだと思うけれど、猛毒の後遺症が胃腸の不具合だけで済むはずがない。
「私は人の目に触れるわけにはいかず、大叔母の所業は民に知られるわけにはいかず……これが不治の病の真相だよ」
「お辛いですね……」
「ありがとう。君は優しいな。まあ、健康であれ不健康であれ一度きりの人生だから楽しく生きたいじゃないか」
果てなき葛藤の末に辿り着いた境地だとしても、ヴィルヘルム殿下は寛大すぎる。
「侍医の家系から、私と同世代で薬学に秀でたファルク家の兄妹に私の人生が託された。アマンダも博学だから、君も健康について不安があったら相談するといいよ」
「……私も?」
「結婚するだろう?」
「……あ、はい」
「うん。あっ」
「?」
「結婚するからといって、四六時中一緒にいたり、無理して妻の役目を果たそうとしなくていいよ?」
「…………ああ、なるほど」
私が、懐妊しても侍女に相談すれば安心だと言われたと思ったと、ヴィルヘルム殿下は考えたらしい。
正直なところ、怒涛の展開で私の思考回路はそこまで優秀な働きはしていなかった。
「大丈夫です」
「嫌じゃないかい?」
「……はい?」
不治の病を装うほど隠匿すべき王子毒殺未遂事件の被害者で健康に問題があるから?
それは心を痛める悲劇ではあるけれど、忌むべきものではない。
寧ろ、私は、ただ軽く人生が狂った程度でヴィルヘルム殿下から求婚されたのだ。感謝などという言葉では不謹慎かつ不敬であるし、仮に嫌だとしても王族の求婚を拒む勇気はなかなか持てるものではない。
「……何故、私なのですか?」
「あれ?忘れてしまったかな?」
「?」
私は可笑しな質問をしてしまっただろうか。
ヴィルヘルム殿下が煌めく笑みを浮かべる。
「愛していた。君は、私の初恋なんだ。だから、君にあげられる良いものを、全て、あげたいんだよ」
あるいは、私は高身長な美男だと判明したヴィルヘルム殿下から愛の告白を受けた。
え?
「……」
あ、求婚されたのだから、いいのよね?
「ん?」
私、混乱中。
「でぇん……」
意味もなく殿下と呼び掛けそうになった、その時。
「!」
昼の日の光の中で、椅子に腰かけて私を見上げ、眩しそうな笑みを浮かべていたヴィルヘルム殿下の口角から一筋の血が顎へ向かってたらりと垂れた。
「おっと」
「!?」
ヴィルヘルム殿下は笑顔のまま体の向きを変え、ハンカチで口元を拭った。すかさずファルクが胸元から懐中時計のようなものを取り出し、蓋を開け、丸薬を一つまみしたかと思うと、仰向いて口を開けたヴィルヘルム殿下の口内へピュッと飛ばす。
「……」
一瞬の出来事だった。
唖然として窓辺に立ち尽くしていた私は、ヴィルヘルム殿下が不治の病に冒されているという大前提を思い出した。
ヴィルヘルム殿下は丸薬を丁寧に噛み締めている。
顎の形を見る限り、骨格はとてもしっかりしている。
「すまないね。うつるようなものではないから、安心していいよ」
咀嚼した丸薬を嚥下すると、ヴィルヘルム殿下が変わらない笑顔で私に気遣いの言葉をかけた。
とはいえ、はいそうですかと納得できるほど能天気な私ではない。
「御無理をなさったのでは……」
「このような為体の夫を持つなんて、君は本当に可哀想な女性だ。ははは」
「何を笑っていらっしゃるのですか?え?」
待って。
ヴィルヘルム殿下、もう先が長くないのでは?
これだけ可哀想可哀想と連呼しているのも、何かのきっかけで可哀相な私に同情して、親切心から結婚を申し込んでくれたのでは?
「殿下……」
「恐がらないで。夫婦になるのだから、きちんと説明する」
「説明?」
不治の病の?
そういえば、王家は病名を伏せている。
王家の、それも王子の体調を慮れば、普通の神経の人間ならば詮索はしない。
それはそれとして、私の感情が追いつかない。
「実は、私のは、不治の病ではなく」
え?
「後遺症なんだ」
え?
「幼い頃、大叔母に毒を盛られてね」
「えっ?」
そんな話は聞いたことが無い。
王子毒殺未遂。これが真実なら、王国の大事件である。
「父上と母上の結婚を最後まで反対していた大叔母は、晩年になって少し呆けたのか妄想が激しくなってしまって、私を悪魔の子だと思い込んでいた」
「……」
「そしてケーキに猛毒を仕込まれたのさ」
のさ、って。
「殿下は十五日間、生死の境をさまよい、お目覚めになりました」
ファルクが重々しく告げる。
「それから、どうも胃腸の調子が悪くてね」
ヴィルヘルム殿下の口調は穏やかだ。
私を気遣って軽い語り口を選んでいるのだと思うけれど、猛毒の後遺症が胃腸の不具合だけで済むはずがない。
「私は人の目に触れるわけにはいかず、大叔母の所業は民に知られるわけにはいかず……これが不治の病の真相だよ」
「お辛いですね……」
「ありがとう。君は優しいな。まあ、健康であれ不健康であれ一度きりの人生だから楽しく生きたいじゃないか」
果てなき葛藤の末に辿り着いた境地だとしても、ヴィルヘルム殿下は寛大すぎる。
「侍医の家系から、私と同世代で薬学に秀でたファルク家の兄妹に私の人生が託された。アマンダも博学だから、君も健康について不安があったら相談するといいよ」
「……私も?」
「結婚するだろう?」
「……あ、はい」
「うん。あっ」
「?」
「結婚するからといって、四六時中一緒にいたり、無理して妻の役目を果たそうとしなくていいよ?」
「…………ああ、なるほど」
私が、懐妊しても侍女に相談すれば安心だと言われたと思ったと、ヴィルヘルム殿下は考えたらしい。
正直なところ、怒涛の展開で私の思考回路はそこまで優秀な働きはしていなかった。
「大丈夫です」
「嫌じゃないかい?」
「……はい?」
不治の病を装うほど隠匿すべき王子毒殺未遂事件の被害者で健康に問題があるから?
それは心を痛める悲劇ではあるけれど、忌むべきものではない。
寧ろ、私は、ただ軽く人生が狂った程度でヴィルヘルム殿下から求婚されたのだ。感謝などという言葉では不謹慎かつ不敬であるし、仮に嫌だとしても王族の求婚を拒む勇気はなかなか持てるものではない。
「……何故、私なのですか?」
「あれ?忘れてしまったかな?」
「?」
私は可笑しな質問をしてしまっただろうか。
ヴィルヘルム殿下が煌めく笑みを浮かべる。
「愛していた。君は、私の初恋なんだ。だから、君にあげられる良いものを、全て、あげたいんだよ」
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