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トーシュ公領として割譲される土地は、過ごしやすい森林地帯にあった。
王家によって管理されていた古城への道のりは十分整備されていて、小さな城下町として機能させる為の開拓もそう難しくはないだろうと思われた。
通達を受けた近隣の村民たちも既に古城に出入りしており、先んじて転居の準備を進めていた役人や使用人たちの指示のもと働いている。
ブロムダール侯領の北西部一帯に薬草園を運営するのは確定事項で、そこまでの順路も同時に整備を進めていく計画だった。
トーシュ公領を拠点としてまず第一に王都へのルートがあり、更に沼地を越えていくブロムダール侯領へのルートを開拓していく。
馬車の中から既に宿屋の候補地は目処をつけていた。
「よろしくね、アマンダ」
一介のメイドとは違う彼女は、私の侍女となり、更には主治医として共に生きていく運命共同体。言わば同志だ。
トーシュ城について三日目の夜、アマンダは言った。
「薬草園の下見に行って来てもいいですか?」
太眉の下、濃い睫毛に縁取られた円らな瞳から真剣さが伝わってくる。
肝心の薬草園を具体的にどう運営していくか、ファルク兄妹の意見は重要だ。そしてファルクをヴィルヘルム殿下から引き離すわけにはいかないのだから、アマンダが視察に行くのは極めて妥当だ。
「同行者を誰にするか決まったら報告してくれる?」
「はい」
「それまでは、此処をヴィルヘルム殿下の為にどうしたらいいか、一緒に考えてちょうだい」
「畏まりました」
こうして、九日目の朝。
アマンダは古城に集結したファルク一族の選りすぐり六人を伴い、更に役人を一人連れてブロムダール侯領へと旅立った。
私はメイド長と親しくなり、夜間はメイドを付けず一人で眠りたいとという願いを聞き入れてもらうことに成功した。
「今日も充実した一日だったわね」
「お疲れ様でございます。フレデリカ様、どうぞお休みくださいませ」
夕食後、まだ夜はこれからという頃に寝室に籠り、極秘調査に没頭する。
アマンダが帰るまで早くても十日かかる。充分ではなくとも、貴重な時間は確保できた。
そうして辿り着いたある仮説に基づき、私は父の編纂したリストに載る人物に個人的な書簡をしたためた。
挨拶と感謝。
公な宴を伴わないヴィルヘルム殿下の婚約と結婚、それに伴うトーシュ公爵家の興りを当事者である私から私的に先んじて報告し、加えて口外しないでほしいというお願い。
そしてここからが本題だった。
『私たちが敬愛すべきヴィルヘルム殿下の、おいたわしく悲しい現実は御承知の通りと思います。王宮には選りすぐりの医師たちが集い、奇跡的な働きをしています。そこで私は新たな側面、文学的あるいは文化的な視点から、微力ではありますが解決の助けになる発見を致したく、日夜、懸命に研究しております。私の思考力を鍛えて下さった貴殿がもし協力してくださるならば、これほど心強いことはありません』
こうして協力を募った結果、私の歴代の家庭教師たちのうち、六人が秘匿調査を申し出てくれた。
辞退したのはダンス教師を務めてくれた伯爵夫人だけだったけれど、彼女は現在瞑想に目覚めており、体調を整える神秘的呼吸法を詳細に教えてくれた。
六人の元家庭教師たちには個別に調査内容を追って送った。
ヴィルヘルム殿下の現在の体調と、『恐らく先天性の疾患ではなく、幼少期に誤って毒草か毒茸を食べてしまったのでは』という私の私見を添えて。
結局、アマンダの帰還を待つというより、留守の間に私個人の極秘調査がどこまで進められるかという焦りで私は神経をすり減らしていた。
メイド長はいつも私を労い、尽くしてくれた。
堅実で精力的なメイド長は周囲から親しみを込め信頼されている人格者であり、その資質から母性を見出した私は彼女にすっかり心酔してしまったのだけれど、そこはかとなくアマンダには悟られないよう気を付けなければならない気がした。
アマンダと良好な関係を築かなければならない。
できれば、ヴィルヘルム殿下とファルクのように。
「フレデリカ様!本日の恋文です!!」
ところでヴィルヘルム殿下から毎日、御手紙が届けられている。
最初は驚きと若干の後ろめたさを覚えたものの、聞くとこの配達は王家から配達人一家の半年分の報奨金が支払われるとのことで、皆おしなべて大喜びで届けてくれて、私はすっかり気が楽になり気持ちよく感謝と労いを伝えている。
「どうもありがとう。これで、何か美味しいものを召しあがってください。帰りの道も、あなたとご家族に神の御加護を」
「フレデリカ様……!あっ、ありがとうございます!!」
不治の病として隠匿されてきた第三王子の結婚は、様々な人を巻き込み、王国中を活気づけ、明るい未来へと導いている。
その手応えに私は大いなる遣り甲斐を感じ、そして徐々にヴィルヘルム殿下への敬愛以外の気持ちにも気づき始めていた。
『フレデリカ、今日も私たちの城を素晴らしく管理してくれて、ありがとう。こちらは変わりないよ』
私が毎日の業務報告のように手紙を書いたのは、伴侶となる私の為人が理解しやすいのではないかと思ってのことだった。
ヴィルヘルム殿下は、常に私を労い、感謝と愛を伝えてくれる。
心が溶けるのに、そう時間はかからなかった。
王家によって管理されていた古城への道のりは十分整備されていて、小さな城下町として機能させる為の開拓もそう難しくはないだろうと思われた。
通達を受けた近隣の村民たちも既に古城に出入りしており、先んじて転居の準備を進めていた役人や使用人たちの指示のもと働いている。
ブロムダール侯領の北西部一帯に薬草園を運営するのは確定事項で、そこまでの順路も同時に整備を進めていく計画だった。
トーシュ公領を拠点としてまず第一に王都へのルートがあり、更に沼地を越えていくブロムダール侯領へのルートを開拓していく。
馬車の中から既に宿屋の候補地は目処をつけていた。
「よろしくね、アマンダ」
一介のメイドとは違う彼女は、私の侍女となり、更には主治医として共に生きていく運命共同体。言わば同志だ。
トーシュ城について三日目の夜、アマンダは言った。
「薬草園の下見に行って来てもいいですか?」
太眉の下、濃い睫毛に縁取られた円らな瞳から真剣さが伝わってくる。
肝心の薬草園を具体的にどう運営していくか、ファルク兄妹の意見は重要だ。そしてファルクをヴィルヘルム殿下から引き離すわけにはいかないのだから、アマンダが視察に行くのは極めて妥当だ。
「同行者を誰にするか決まったら報告してくれる?」
「はい」
「それまでは、此処をヴィルヘルム殿下の為にどうしたらいいか、一緒に考えてちょうだい」
「畏まりました」
こうして、九日目の朝。
アマンダは古城に集結したファルク一族の選りすぐり六人を伴い、更に役人を一人連れてブロムダール侯領へと旅立った。
私はメイド長と親しくなり、夜間はメイドを付けず一人で眠りたいとという願いを聞き入れてもらうことに成功した。
「今日も充実した一日だったわね」
「お疲れ様でございます。フレデリカ様、どうぞお休みくださいませ」
夕食後、まだ夜はこれからという頃に寝室に籠り、極秘調査に没頭する。
アマンダが帰るまで早くても十日かかる。充分ではなくとも、貴重な時間は確保できた。
そうして辿り着いたある仮説に基づき、私は父の編纂したリストに載る人物に個人的な書簡をしたためた。
挨拶と感謝。
公な宴を伴わないヴィルヘルム殿下の婚約と結婚、それに伴うトーシュ公爵家の興りを当事者である私から私的に先んじて報告し、加えて口外しないでほしいというお願い。
そしてここからが本題だった。
『私たちが敬愛すべきヴィルヘルム殿下の、おいたわしく悲しい現実は御承知の通りと思います。王宮には選りすぐりの医師たちが集い、奇跡的な働きをしています。そこで私は新たな側面、文学的あるいは文化的な視点から、微力ではありますが解決の助けになる発見を致したく、日夜、懸命に研究しております。私の思考力を鍛えて下さった貴殿がもし協力してくださるならば、これほど心強いことはありません』
こうして協力を募った結果、私の歴代の家庭教師たちのうち、六人が秘匿調査を申し出てくれた。
辞退したのはダンス教師を務めてくれた伯爵夫人だけだったけれど、彼女は現在瞑想に目覚めており、体調を整える神秘的呼吸法を詳細に教えてくれた。
六人の元家庭教師たちには個別に調査内容を追って送った。
ヴィルヘルム殿下の現在の体調と、『恐らく先天性の疾患ではなく、幼少期に誤って毒草か毒茸を食べてしまったのでは』という私の私見を添えて。
結局、アマンダの帰還を待つというより、留守の間に私個人の極秘調査がどこまで進められるかという焦りで私は神経をすり減らしていた。
メイド長はいつも私を労い、尽くしてくれた。
堅実で精力的なメイド長は周囲から親しみを込め信頼されている人格者であり、その資質から母性を見出した私は彼女にすっかり心酔してしまったのだけれど、そこはかとなくアマンダには悟られないよう気を付けなければならない気がした。
アマンダと良好な関係を築かなければならない。
できれば、ヴィルヘルム殿下とファルクのように。
「フレデリカ様!本日の恋文です!!」
ところでヴィルヘルム殿下から毎日、御手紙が届けられている。
最初は驚きと若干の後ろめたさを覚えたものの、聞くとこの配達は王家から配達人一家の半年分の報奨金が支払われるとのことで、皆おしなべて大喜びで届けてくれて、私はすっかり気が楽になり気持ちよく感謝と労いを伝えている。
「どうもありがとう。これで、何か美味しいものを召しあがってください。帰りの道も、あなたとご家族に神の御加護を」
「フレデリカ様……!あっ、ありがとうございます!!」
不治の病として隠匿されてきた第三王子の結婚は、様々な人を巻き込み、王国中を活気づけ、明るい未来へと導いている。
その手応えに私は大いなる遣り甲斐を感じ、そして徐々にヴィルヘルム殿下への敬愛以外の気持ちにも気づき始めていた。
『フレデリカ、今日も私たちの城を素晴らしく管理してくれて、ありがとう。こちらは変わりないよ』
私が毎日の業務報告のように手紙を書いたのは、伴侶となる私の為人が理解しやすいのではないかと思ってのことだった。
ヴィルヘルム殿下は、常に私を労い、感謝と愛を伝えてくれる。
心が溶けるのに、そう時間はかからなかった。
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