可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

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20(ダニエラ)

「クリス、今日はお友達とオペラに行く約束なの。お留守番よろしくね。お父様からいろいろ教わって待っていて」
「えっ?あ、ああ。わかったよ。いっておいで……って言うのもおかしいかな。君の家だしね」

慌てふためく婚約者が言い終わる前に、とびきりの笑顔で投げキスをして部屋を出る。

「行ってきまぁ~す!」

早足で廊下を歩きながらクリストフェルを留め置いている部屋の扉に向かって叫んだ。

私は、今日という日を待っていた。
待ちわびていた。
心の底から。喉から手が出る勢いで、それはもう虎視眈々と待っていた。

第三王子ヴィルヘルム殿下の婚約が公表され、同時に結婚式は体調に考慮し身内だけで執り行うというお達しもあった。
特に結婚の日程が不明だからというのを最たる理由として、私の結婚式も身内だけでひっそりと執り行うことが決まった。勿論、婚約披露パーティーも見送った。

王家に敬意を示すのは、貴族として当然のこと。

ちょっぴり悔しいけれど、ヴィルヘルム殿下の為だもの……と言えば、単純なクリストフェルは納得した。
更に、でもなんだか寂しいわ……などと言って甘えてしまえば、もうイチコロだ。

計画通り、私と父はサンドストレーム侯爵家のすれっからしの出来損ない令息の軟禁に成功している。
外に出すわけにはいかない。
限界まで情報を遮断し、を悟られないようにしなければ。

幸い、爵位継承に目がくらんでいるサンドストレーム侯爵のぼんくらは、私の父であり、これから自分の義父となるブロムダール侯爵にべったりだ。
神はあの男に容姿しか与えなかったと思っていたのに、ごまをする才能を授けていた。

可愛い私にぞっこん。
父にもぞっこん。
今のところクリストフェルにブロムダール侯爵家を出る理由がない。
厳まった結婚式を執り行わないとなれば、いつから住み着こうと誰も文句は言わないのだから、尚更だ。

お馬鹿さんめ。

「ふんっふぅ~ん♪」

鼻歌を歌いながら馬車に乗り込む。
今日は、私の大切なリカルドに会える日。
頼もしいお友達とは現地で落ち合うことになっていた。

「あぁ~疲れたぁ~!嫌い嫌い嫌ぁ~いッ!!」

リカルドに会える嬉しさで、婚約者への罵倒も歓声のように華やいでしまう。
私はサンドストレーム侯爵家の馬鹿息子が嫌いだ。大嫌いだ。

これは私の、秘密の復讐。

「……今に見てなさい、身の程知らずの屑……」

八年前、馬車の事故で愛する母を亡くした。
父は愛する妻を亡くした。
私たちは笑顔の絶えない、仲の良い家族だった。

父は絶望する私をとても心配し、自分も辛いはずなのに愛情を注ぎ続けてくれた。

そんな時、私はリカルドと出会った。
気晴らしに観劇したオペラで、彼は入団したての少年であり、主に端役として舞台背景と同化していた。

でも、私は恋に落ちた。
それに彼は素晴らしい歌声を神から授かっていた。

私は彼のパトロンになった。
パトロンという社会的な活動をするようになって、私は、フレデリカという侯爵令嬢を知った。

領地経営など興味が無かった私は、私と同じ侯爵家の一人娘でありながら後継者として教育されているクルーム侯爵家のフレデリカという女性を、その時まで気にしていなかった。

けれど、フレデリカも母親を亡くしていた。
そして、フレデリカの評判はかなりよいものだった。
尊敬した。

目標にしても、到底、追いつけない。
それに私のような性格の人間が、謂わば完璧な未来の女侯爵様に受け入れられるとも思えなかった。

私が、年の近いオペラ歌手とただ欲望のままに身分違いの恋に溺れるのではなく、互いの社会的地位を保ちながらパトロンと芸術家という良好な関係を続けていられるのは、密かにフレデリカという令嬢をお手本にしたからだ。

知り合いではない。
お近づきにもなれない。

だから、一方的な憧れだった。

「……」

そのフレデリカを、振った。
あの屑は振ったのだ。傷つけた。

身の程知らずの愚か者。
あんな腹立たしい馬鹿は見たことがない。

ただ、顔はよかった。
リカルドにとても似ているというわけではないけれど、男性の顔を八つくらいに分類するとしたら同じ枠には入る顔。
つまり、顔だけは、私の好み。

だから利用してやることにした。

父は、私のことを全て理解してくれている。
私たちには、都合のいい血統書付きの婿が必要なのだ。ブロムダール侯爵家の未来の為に。

王家から領土の一部を買い取りたいという書簡を受け取った時は、不思議に感じながらも必要ならば応じるだけだと思った。
直後、ヴィルヘルム殿下がトーシュ公爵家を興し、あのフレデリカを妃に迎えると知らされた。

歓喜と興奮に、私は叫んだものだ。

フレデリカの役に立てる。
別に、私と仲良くなってもらわなくていい。だから最悪、嫌われても構わない。

私が、代わりに、クリストフェルを、生涯かけて貶めてやる。

フレデリカもリカルドも、私に生きる力をくれた。
人生を豊かにしてくれた。

だからこれは、その恩返しでもあるのだ。神は許してくれる。

オペラ座に着いた。
噴水前で待ち合わせしていた宮廷薬師アマンダを一旦馬車に乗せ、貴族令嬢に変身させた。

そして……

「リカルド~!」
「ヘルゲェ~!!」
「リカルドぉ~こっち向いてぇ~!」
「ヘルゲエェェェェェッ!!」

バリトン歌手ヘルゲ・バッティルに御執心なアマンダは、私から特等席と観劇後のお茶会を提供する見返りとして、ある薬を調合してくれる。

胤を殺す薬。
欲求は奪わず胤だけ殺す、罪深い薬を。

「ヘルゲエェッ!!きゃあッ!ヘルゲの汗!汗!!もっとぉッ!」

美しい歌声を轟かせ花道を歩くヘルゲが、立ち止まり少し長めにサービスしてくれている最中、アマンダは我を忘れて狂乱している。
これでいて婚約者のことは愛している彼女なので、私が手引きすると言っても決して一線は超えない。

私は観劇に誘うだけでいいし、ヘルゲに至ってはリカルドのおこぼれで贅沢だけが手に入るので、アマンダには本当に感謝しきれない。

「ヘルゲエェェェ~ッ!!」
「アマンダァ~♪」
「!!」

ふいにメロディに乗せ名を呼んでもらえたアマンダが、驚きと幸福のあまり昇天しかけた。
これにはさすがに舞台袖で出番を待つリカルドも笑っていたけれど、私は少し焦った。今ここでアマンダを失うわけにはいかない。

愚かな屑男を騙してリカルドの子を産むのだ。

「アマンダ、しっかり!」
「起きてぇ~♪アマンダァ~♪今こそぉ~目覚めの時ィ~♪」
「ハッ!」

アマンダが戻ってきた。
ヘルゲが親しみを込めつつも礼儀正しくお辞儀をし、花道を渡っていく。

「ヘルゲエェ~ッ!今日も素敵ィィッ!!カッコイイィィィッ!!」
「ふぅ……そうね。素敵、素敵」

私は安堵し、気が楽になった。

全ては順調。
うまくいっている。
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