可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

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21(ヴィルヘルム)

フレデリカが帰ってきた。

「フレデリカ!」

長かった。
実に長かった。

一ヶ月と八日も居なかった。

「会いたかった……!」
「落ち着いてください、殿下」

ジョアンの野太い小言が遥か遠くに聞こえるようだ。

「ワルツは優雅に。フレデリカ様も、鼻息の荒い男にリードされたくはないでしょう」
「スゥー……」
「そうです。心を静かに……」
「スゥ……」
「心が熱ければ、想いは確かに伝わります」
「愛が燃えている!!」
「殿下!」
「しまった……興奮してしまった」
「殿下は今日、フレデリカ様をワルツにお誘いなさるのです。たった数分、それだけでいいのです」

ジョアンが私の口元を拭き、骨太な指で器用に口内まで丸薬を飛ばしてくる。私も口を開き、丸薬を咀嚼し嚥下した。

フレデリカと生きていく為に、私は以前よりずっと前向きになっていた。
不味い煎じ薬の服用回数を増やしたことで、体調も少し上向いている。

更に私は、幸運なことにワルツの才能に恵まれていた。
私に同情したダンス教師が世辞を述べただけという可能性もあったが、ジョアンにも褒められるので、恐らく私はダンスが上手い。

後遺症に負けない肉体作りに励んでいた甲斐があったというものだ。

ついにフレデリカの乗った馬車が宮殿の正門前に着いた。
楽団が演奏を始める。優美なワルツが青空の下、花の香りさながらに辺りを甘く包み込む。

そして……

「……」

非常に困惑した表情でフレデリカが馬車から降りてきた。
次いで呆れ顔のアマンダも降りて、私やジョアンを途方もない阿呆を嘲るような表情で交互に見遣る。

いいのだ、アマンダ。
これが私の恋だ。

「おかえり、フレデリカ」

私は逸る心を上手く飼い慣らし、普通の健康な男のように礼儀正しく愛する女性に手を差し伸べた。

「え?あ、あぁ、はい……」

困惑したままのフレデリカだったが、培った礼節の成せる業で完璧な身のこなしを見せた。

私の手に、彼女の手が重なる。
小さく細く、そして麗しの、愛しいフレデリカの手だ。手袋越しではあったが、確かに存在を感じることができる。

天にも昇る気持ちとはこの事か。

「……!」

だが、私はまだ逝くわけにはいかない。

日々積み重ねた稽古の賜物か、愛の成せる業か。
私はフレデリカとワルツを踊った。それは舞踏会などに比べるまでもなく短すぎる時間ではあったが、曲が終わり互いの体がそっと離れた時、フレデリカの頬は薔薇色に染まっていた。

「おかえり、私のお姫様」
「…………」
「どうだった?」
「……夢のような……時間でした……」

叫びたい。
それほどまでに私は歓喜していた。

私だってそうだ。
手の届かない夢だと思って生きてきた。

だが、手は届いた。
フレデリカは私と結婚してくれる。

「おっと」

調子に乗ってはいけない。
フレデリカは恐らくワルツに対してではなく、古城の整備で当主と遜色ない采配を振るってきたことに対する充足感を吐露したのだ。

フレデリカの手が、頬に触れた。
と思ったら、正確には口角と顎の間に触れていた。
私がいつもの口癖をこぼしてしまったので、吐血を心配してくれたらしい。

「大丈夫だよ」
「……え?」
「君のお陰で前よりかなり具合がいいんだ」
「そ、そうですか。よかったです……!」

フレデリカがまた頬を染め、目を見開いた。
私がうっかり、口元に添えられた彼女の手を取り、その親指の付け根あたりにキスをしてしまったからだ。

しまった。

「……」

これは、本当に、調子に乗ってしまった事件だった。
ワルツが踊れて箍が外れたのだ。

神よ、お助けを。
なんとか、なんとかフレデリカに嫌われるのだけは御許しを。

そんな願いを内心叫んでいると知ってか知らぬか、フレデリカはじっと私を見上げたまま、まるで何かを見つけたかのように瞳を輝かせ、恥じらう様に微笑んだ。

「!」

次の瞬間、私はしっかりと抱き止められていた。
ジョアン・ファルクという屈強な男の、その腕に。
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