可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

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長椅子に横たえられたヴィルヘルム殿下は、少し朦朧とした様子だった。
私は傍らに跪いた。

「殿下?」
「あ……あぁ……すまないね……」
「いいえ。御無理なさらないで」
「うぅーん……忍びない」

笑っている。
本人は正門でのワルツが嬉しかったのか楽しかったのか、興奮冷めやらぬといった表情で笑っている。

私は心臓が激しく脈打ち、冷や汗をかいている。

「……」

人騒がせな。
これは、ファルクが辛辣になるのも頷ける。

「目が回ってしまったみたいだ。アハ」

なるほど。
こうして、人の心配を逆撫でしてくるわけか。

「殿下。素敵なお出迎えをしてくださり、ありがとうございました」
「怒った顔も可愛い」
「!」

この気持ちは、なに?
苛々するのに、同時に、熱く胸がときめくなんて……

「ですが、二度とこんな危険はおやめ下さ──」
「手を握って」
「でん」
「フレデリカ。手」

深刻な後遺症と共に懸命に生きる一人の人間に対して、無慈悲な行いなどできるはずもない。

私はヴィルヘルム殿下の手を握った。
まるで、今わの際のような状態だけれど、ここは宮殿の正門だ。第三王子がワルツをご所望されたので楽団までいる。

私にはわかる。
幾つもの窓から役人や使用人たちの視線が注がれている、と。

見世物にされるのは嫌だけれど……

「ありがとう。心配かけて、すまない」

ヴィルヘルム殿下が多少視線を彷徨わせながら笑顔のまま私の手を宥めるように振った。

「殿下」
「大丈夫。全く何ともないよ。慣れているし、わかる。今は全く危険な状態ではない」
「……でも」
「ふふ」
「何を笑っておいでです?」
「君が本気で心配してくれるのが嬉しくて、つい」
「殿下……」

そこで楽団が甘い旋律を奏で始めた。
咄嗟にファルクが手振りで止めさせた。

「いいところだったのに……」

ヴィルヘルム殿下は悔しそうだけれど、私はファルクに賛成だ。
癖になる。

「殿下。もうお一人の御体ではないのですから、どうか御無理をなさらないで」
「!」

私も扱いを心得てきた。

「父に捨てられ、婚約者に捨てられ、家から追い出され、更に殿下を喪いでもしようものなら、私はもう気が狂ってしまいます」
「フレデリカ……そうか……もう、私は君と一つなのか……」
「そうです」
「そうか……!」

ヴィルヘルム殿下の視線が定まってきた。
私はヴィルヘルム殿下の手を固く握り、励ますようにリズミカルに振った。

「殿下には、ずっと私の傍にいて頂かなくてはなりません。私の命は、常に殿下と共にあるのです」

楽団が再び気を利かせ、私の手の速度に合わせて軽やかなマーチを奏で始めた。
先程の甘い旋律をファルクに窘められたので、それならばと趣向を変えての試みらしい。

そういう問題ではない。

「うぅーん……そうだよね……はぁ、私は、なんと幸せな王子だ」
「でん」
「ずんちゃ、ずんちゃ♪」

ヴィルヘルム殿下がマーチに合わせて口ずさむ。
その少年のような無邪気さに一瞬、私は笑ってしまった。

「殿下」

私は前屈みになり、少し顔を近づけて語り掛ける。
私の存在がヴィルヘルム殿下にとって前向きな意味を持つと言うなら、幾らだって差し上げたい。そんな気持ちが自然と膨れあがってくる。

「私は戻ると約束しました。ここにいます。殿下の傍に」
「フレデリカ……」
「だから、約束してください。殿下も、一生、私の傍にいると。殿下ではなく、すこぶる健康な私の一生分、必ず傍に居てください」
「約束するよ……」

ヴィルヘルム殿下は夢見心地の上の空といった感じで、うっとりと私を見つめ微笑んでいる。
嬉しくて、胸の奥がじんわりとあたたかい。

この人を失いたくない。
たとえ領土を失っても、この人だけは、この人の笑顔だけは、失いたくない。

「殿下」
「大丈夫。もし私が先に逝っても、君は狂ったりしない。君はしたたかに泣くんだ」

唐突にヴィルヘルム殿下は言った。
私の手を止め、大切なことを語る合図であるかのように両手で包み込み、僅かに身を起こす。

「いいかい?君は、この先、もし私を亡くし未亡人になったら、世界でいちばん可哀想な妃になる。それは、君が世界でいちばん可愛いということだ。可哀想な君を、世界中の誰もが、愛してくれる。私の代わりに。私の名は、永遠に君を守る」
「殿下……」
「言って。『可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです』」
「……」

私は言葉を失っていた。
それは、私が深く愛されていると、理解できたから。
私もヴィルヘルム殿下を愛していると、気づいたから。

「フレデリカ」
「嫌です」
「どうして。唯一、今よりもっと可愛くなる方法なんだよ」
「嫌です。私は、今くらいの可愛さで満足です」
「大丈夫。私は天使になって君を見守り続けるから」
「生きてください!」

楽団が愛のテーマを奏でた。
アマンダが指揮をしていたし、ファルクに至っては感涙に咽せび震えている。

もう誰も止められない。
まるで見世物だけれど、もう構わない。

「あなたと生きるわたくしが世界でいちばん可愛いのです!」
「!」

ヴィルヘルム殿下が完全に身を起こし、私を抱きしめた。
そして、熱いキスを。

私はヴィルヘルム殿下の腕の中で、そのぬくもりと彼の愛に満たされる。

「愛しているよ、フレデリカ」

囁きが優しい。
私は、今、本当の愛を知った。

「愛しています。永遠に、二度と、離れたりいたしません」

この人の為に生まれてきた。
私はヴィルヘルム殿下の背に腕を回し、強く、強く、抱きしめた。
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