可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

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「君の手は柔らかいね。こんなに小さいのに、逞しい。か細いのに、頼りなさの欠片もない。そして世界でいちばん可愛くて、美しい」

ヴィルヘルム殿下はうっとりとした表情で微かに頬を染めていた。
伏目がちの潤んだ瞳が、私の手に注がれている。

朝のお茶の時間。
私は夫に、恭しく手を揉まれている。

「殿下……」
「ヴィルだよ。君の、ヴィル」
「まぁ、そうなのですけれど……」

極秘調査の疲れはあるにはある。
併しそれは主に書物と天空人体図に酷使される目の疲れであって、手は比較的元気なままだった。

「はぁ」

ヴィルヘルム殿下の口から洩れる、何度目かの甘い溜息。
愛でて頂くのはこちらも満更ではない。夫婦なのだから、咎められるわけでもない。

「フレデリカ……」
「で……、ヴィル……」
「胸が、苦しくなってきた」

私はすっと手を引いた。

「あ」
「殿下。閣下。ヴィル」

夫の呼び方を彷徨いながら迅速に腰を上げる。
ヴィルヘルム殿下は大慌てといった様子で私に手を伸ばした。私は避けた。

「否、違う!」
「お休みのお時間です」
「違うんだ!すまない、言い方を間違えた……!」
「駄目です」
「君への愛で胸がいっぱいになっただけなんだ!!」
「お薬を飲んで横になってください」
「フレデリカ!」
「お静かに。御体に障ります」
「触りません!」
「いいえ!」

恐れ多くもアライアンス王国第三王子ヴィルヘルム殿下の手を払いのけ、私は厳しい教師のように人差し指を顔の前に立てる。

「……っ」

ヴィルヘルム殿下が口を噤んだ。
とても気まずそうな、それでいて悔しそうな表情で、眉根まで下げて少し情けなくも見える顔が胸の奥をくすぐってくる。

可愛い人だ。

「昼食で、お会いしましょう」
「はぃ。マダム・トーシュ」

私は慇懃に御辞儀をしてから、片時も視線を外さず、退室した。

深い愛情に包まれている。
その感覚に、足元も覚束ないほど浮かれている。まるで夢を見ているようで、少し恐い。けれど本当に恐いのは、彼を喪うこと。

だから甘い新婚生活に現を抜かしてはいられない。

「お待たせしました、先生」

書斎に駆け込むと、日夜調査を支えてくれるかつての家庭教師たちが姿勢を正して頭を下げた。

「おはようございます、妃殿下」
「おはようございます、おじょ……妃殿下」
「おはようございます。先生、先生、先生」
「あと一息ですぞ。さぁ、こちらをご覧ください。新たな類似点が書かれています」
「見せて……!」

王家の中で毒殺未遂があったなど誰にも知られてはならない。
だから私は、あくまで、幼少期に毒物を誤食したという仮説を貫いている。

毒殺は古代から用いられた暗殺方法だ。
多くの命が葬られてきただろう。けれど、中には私のヴィルヘルム殿下のように類稀なる強靭な肉体をもって、あるいは幸運によって、生還した猛者がいてもおかしくはなかった。

神話。伝説。寓話。回顧録。日記。
あらゆる書物から類似する症状を探し出し、分類し、比較し、研究してきた。

「……」

星空になぞらえた人体解剖図に、ピンを打ち込む。

「やはり」
「ええ、きっとそうよ」
「それしか考えられませんな」
「遅効性の猛毒が今も殿下のお身体を蝕んでいるのではなく……」
「壊されたのよ。を」
「然るに、有効な治療法は……」

私たちの目が揃って天空人体図から古い書物へと移る。

「治るわ。あの方は、健康になれる」

そして生きるのだ。
私と。骨と皮になるまで。
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