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34(アマンダ)
「私が一人寂しく愛しの妻を想っていた正にその瞬間、昔の男が無礼極まりない言動でフレデリカを苛めていただなんて……」
兄から事の一部始終を聞いたヴィルヘルム殿下が穏やかな笑みでゆっくりと首を横に振っている。
ふり幅がだんだんと大きくなるのを見ているのは楽しいけれど、兄は心配して止めるだろうと思って見ていたら、予想通り、殿下のこめかみに指を当てて止めた。
「ねぇファルク、殺してみても、いいんだよ」
「お望みとあらば」
「だけどまぁ、お前の手を汚すには、少し、血が安すぎるかな」
「血を流さずとも、方法はいくらでも。殿下」
「毒はやめよう。私は、好きじゃない」
「御意」
そんなことよりヘルゲが教員の話を受けてくれてよかった!
公演がない時期はアカデミーで教鞭を執るらしい。リカルドも友人が傍に居れば楽しいだろうし、リカルドが楽しければダニエラ様も嬉しいだろうし、私たちはみんな幸せだ。
それに毒ならもう私が盛ってある。
私の女主を苦しめたクリストフェルという屑は仮初めの爵位に浮かれている間に静かにじっくりと寿命を削り、残す胤も失い、そのうち正気も失うはずだ。人々はその様子を見て思うだろう。恐ろしく無能な馬鹿だ、と。或いは、若くして呆けた。
「誰も手を汚す必要などありません」
兄と殿下の会話にそれとなく加わったつもりだった。
けれど私の声は興奮に浮かれ散らかしたままの高いもので、殿下には笑われ、兄には溜息をつかれてしまった。
気にしない。
愛する子どもたちと夫と歌が上手すぎるヘルゲという世界の全てを手に入れたも同然の私にとって、兄の呆れ顔など全く微塵も脅威ではない。
「第一、この件では殿下がムッとするだけで不敬罪が成立するんですから、ブロムダール侯爵家から謝りますよ。けじめをつけます。きっと。先代はまともなんですから」
「私のフレデリカがどう思うか、それが全てだよ。彼女は、これくらいじゃ罰したいとは思わないだろう。無論、これ以上の無礼を働かせはしないがね」
「大丈夫ですって、殿下。ブロムダール侯爵家には跡取が三人も生まれているんですよ?婿の役目は終わっています。早期継承して先代が孫を補佐して、恥晒しの婿は事実上幽閉すれば万事解決です」
「アマンダ、落ち着け」
兄が呆れ、殿下が笑っている。
「過激だなぁ」
「アマンダ、歌うな」
「え!?」
「少し節がついてるよ」
「!」
頭を冷やさなければいけないかもしれない。
さもなくば、私が兄に、一服盛られるやもしれぬ。るるる、ららら。
ヘルゲの歌声を一生維持する為に私の手で世界でいちばん素晴らしいお茶を調合するのもいいだろう。そうしたらひょっとして、リカルドの喉も治るかもしれない。そうしたらみんな幸せで───
「あ、でも」
比較対象がない方が、ブロムダール侯爵家の子どもたちにとって安泰なのか。
顔はどうしたって似てくるだろうし、関係ないか。
「やっぱり、妃殿下の前の男なんて二度と人前に出さない方がいいですよね」
「妹もこう言っていますので殿下、このジョアンにご命令ください。やれと」
「過激だなぁ」
殿下が笑い、寛いだ様子で椅子に腰かける。
そして悠々と脚を組み、穏やかな呼吸で一拍置いてから言った。
「まぁ、フレデリカ次第だね。彼女の望む世界を守るのが、今の私の仕事だから」
あれだけ頼りなく血を吐き続けてきたヴィルヘルム殿下も、今や不死身の魔王みたいなことを言っている。
それもこれも私の女主フレデリカ様が起こした奇跡だ。
「そうですよね。はい、わかりました」
消そう。
歴史の渦の中に、取るに足らない愚かな婿養子が人知れず飲み込まれようと、きっと誰も気にしない。
すべてうまくいく。
ヴィルヘルム殿下が、今日も元気で生きているのだから。
奇跡は覆らない。
兄から事の一部始終を聞いたヴィルヘルム殿下が穏やかな笑みでゆっくりと首を横に振っている。
ふり幅がだんだんと大きくなるのを見ているのは楽しいけれど、兄は心配して止めるだろうと思って見ていたら、予想通り、殿下のこめかみに指を当てて止めた。
「ねぇファルク、殺してみても、いいんだよ」
「お望みとあらば」
「だけどまぁ、お前の手を汚すには、少し、血が安すぎるかな」
「血を流さずとも、方法はいくらでも。殿下」
「毒はやめよう。私は、好きじゃない」
「御意」
そんなことよりヘルゲが教員の話を受けてくれてよかった!
公演がない時期はアカデミーで教鞭を執るらしい。リカルドも友人が傍に居れば楽しいだろうし、リカルドが楽しければダニエラ様も嬉しいだろうし、私たちはみんな幸せだ。
それに毒ならもう私が盛ってある。
私の女主を苦しめたクリストフェルという屑は仮初めの爵位に浮かれている間に静かにじっくりと寿命を削り、残す胤も失い、そのうち正気も失うはずだ。人々はその様子を見て思うだろう。恐ろしく無能な馬鹿だ、と。或いは、若くして呆けた。
「誰も手を汚す必要などありません」
兄と殿下の会話にそれとなく加わったつもりだった。
けれど私の声は興奮に浮かれ散らかしたままの高いもので、殿下には笑われ、兄には溜息をつかれてしまった。
気にしない。
愛する子どもたちと夫と歌が上手すぎるヘルゲという世界の全てを手に入れたも同然の私にとって、兄の呆れ顔など全く微塵も脅威ではない。
「第一、この件では殿下がムッとするだけで不敬罪が成立するんですから、ブロムダール侯爵家から謝りますよ。けじめをつけます。きっと。先代はまともなんですから」
「私のフレデリカがどう思うか、それが全てだよ。彼女は、これくらいじゃ罰したいとは思わないだろう。無論、これ以上の無礼を働かせはしないがね」
「大丈夫ですって、殿下。ブロムダール侯爵家には跡取が三人も生まれているんですよ?婿の役目は終わっています。早期継承して先代が孫を補佐して、恥晒しの婿は事実上幽閉すれば万事解決です」
「アマンダ、落ち着け」
兄が呆れ、殿下が笑っている。
「過激だなぁ」
「アマンダ、歌うな」
「え!?」
「少し節がついてるよ」
「!」
頭を冷やさなければいけないかもしれない。
さもなくば、私が兄に、一服盛られるやもしれぬ。るるる、ららら。
ヘルゲの歌声を一生維持する為に私の手で世界でいちばん素晴らしいお茶を調合するのもいいだろう。そうしたらひょっとして、リカルドの喉も治るかもしれない。そうしたらみんな幸せで───
「あ、でも」
比較対象がない方が、ブロムダール侯爵家の子どもたちにとって安泰なのか。
顔はどうしたって似てくるだろうし、関係ないか。
「やっぱり、妃殿下の前の男なんて二度と人前に出さない方がいいですよね」
「妹もこう言っていますので殿下、このジョアンにご命令ください。やれと」
「過激だなぁ」
殿下が笑い、寛いだ様子で椅子に腰かける。
そして悠々と脚を組み、穏やかな呼吸で一拍置いてから言った。
「まぁ、フレデリカ次第だね。彼女の望む世界を守るのが、今の私の仕事だから」
あれだけ頼りなく血を吐き続けてきたヴィルヘルム殿下も、今や不死身の魔王みたいなことを言っている。
それもこれも私の女主フレデリカ様が起こした奇跡だ。
「そうですよね。はい、わかりました」
消そう。
歴史の渦の中に、取るに足らない愚かな婿養子が人知れず飲み込まれようと、きっと誰も気にしない。
すべてうまくいく。
ヴィルヘルム殿下が、今日も元気で生きているのだから。
奇跡は覆らない。
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