裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
20 / 46

20

母が離婚の成立を報せるため、ワイズ子爵家に立ち寄った。

「まあ、見ているこっちが照れてしまうくらい熱々ね」
「やめて……」

嬉しそうに微笑まれ、私は恥ずかしくなって目を背ける。
母は少し印象が変わった。お嬢様気分の抜けない幼稚な大人に見えていた以前とは違い、今は純粋に、愛情深い母親に見える。

「もう少しゆっくりされては?」

長旅だというのに、一晩泊まっただけ。本当に報告するために寄っただけなのが名残惜しい。

「娘の新婚を邪魔したりしないわよ」
「お母様」
「でも、何かあればすぐ呼んでね。愛しているわ、レーラ」

母もまた、新しい人生を歩み始めたのだ。

グレッグの妻として。
ワイズ子爵夫人として。
私はこの足で生きていく。

あれだけ泣き暮らした日々が最初からなかったかのように、すっぱり忘れて、私は幸せに暮らしていた。
それを思い出させる事件が起きた。

正確には、強烈な力を備えて続きが始まったのだ。

「レーラ、こっちへ」
「え?」

グレッグがダンスのように私を部屋の中央に誘う。
二人で踊れるくらいには広々とした寝室であるし、グレッグが手を肩に導いて左右に揺れ始めたので、私は何か怪しいと思いつつスローダンスに応じた。

そして地獄の始まりを突き付けられる。

「落ち着いて聞いてくれ。私から伝えるのが最適だから真っ先に伝えるが、恐らく御母上からすぐ報せが届くだろう」
「何よ」
「スチュアート伯爵が再婚した」
「えっ?」

父が?
誰と?

「相手はブルック伯爵夫人だ」
「────」

足が止まる。
時間が止まる。

体中の血が一瞬で足に下り、寒気がした次の瞬間、また全身が熱くなる。

「は……!?」
「よしよし。レーラ、落ち着こう」

グレッグが私を抱きしめた。
いつもと変わらない抱擁だけれど、私が暴れてもびくともしないくらいには強固な腕の囲い。

「どういう事……なんなの、あの男……っ!!」

母と離婚した父が誰と何をしようと勝手。
でも、だけど、よりにもよって相手があのブルック伯爵夫人だなんて。

「頭がおかしいわ……っ」
「そうだね。若しくは、晴れて結ばれる日を虎視眈々と待ち侘びていたのかも」

怒りで体が弾け跳びそう。
私はグレッグの腕の中で呻り、暴れた。

その最中、だからグレッグが私を部屋の中央へと導いたのだと理解した。衝動的な私が怪我をしないよう、気遣ったのだ。

それは有難いけれど、

「だからロバートの肩を持ったの……!?」
「こらこら、レーラ。あなたの夫がここに居るのに、つまらない過去をほじくるんじゃないよ。ね?」

あやすように甘いキスをされつつも、頭の中が煮えたぎって仕方ない。

「信じられない。私や母をなんだと思っているの!?」
「そうだね」
「私から婚約者を奪ったパトリシアの母親なのよ!?」
「うん、そうだね」
「あなたを愛しているからって片付く問題じゃないわ!!」

私が叫ぶとグレッグが時を止めた。

「あ……」
「……」

私たちは見つめあい、やがで、グレッグがにやりと笑う。
悪魔的な美しさの顔がそんな風に笑うと、あまりに蠱惑的で、反射的にドキドキしてしまう。

「やっと私への愛を口にしてくれたね。頑固な奥さん」
「……愛してなきゃ、結婚しないわよ……」
「わかっていてもあなたの声を聞きたいこの気持ちがわかるかな。わからせてみよう。レーラ、愛してる」
「……」

怒っていたはずなのに、私はグレッグの甘いキスに蕩けてしまう。

「……っ」

でも唇が離れたほんの一瞬で、父への怒り、それにブルック伯爵夫人への怒りがこみ上げる。ついでに未だ謝罪の一つもないパトリシアへの怒りも思い出した。

「なんて人たち……っ!」
「わかる。気持ちはよーくわかるよ」

それからグレッグは優しく低い声で、ゆっくりと囁いた。

「でもね、もう関係のない人たちだ。あなたの幸せを脅かしたりしない。勝手にさせておけばいいんだ」
「……!」

理屈はわかる。

「でも、私は……!」

私は血縁者。
他人ではない。割り切れない。

「考えてごらん。あなたの怒り程ではなくとも、あちらの新婚夫婦には白い目ばかり向く事になる。関わる価値のない醜聞だ。違うかい?」

グレッグは達観していて、私にはついて行けない。

それでも、私は夫であるグレッグを尊敬している。
私みたいな頑固なやさぐれ令嬢を愛でて、包み込んでくれる人だ。

彼の言葉は信じられる。

「……その通りよ」

声が震えた。

グレッグは僅かに腕の力を弱めると、私と目線を合わせ、真剣にこう言った。

「あなたの気持ちは私が必ず受け止める。だから、外では『もう他人です』と言うんだ。いいね?」

頭ではそれが正しいとわかる。

私は息を整えながらロバートの顔を思い浮かべた。
元婚約者を今では枯葉ほども気にかけていない。同じように、どうでもよくなるかもしれないと、私は思おうとしていた。
感想 166

あなたにおすすめの小説

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

嫌いなところが多すぎるなら婚約を破棄しましょう

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私ミリスは、婚約者ジノザに蔑まれていた。 侯爵令息のジノザは学園で「嫌いなところが多すぎる」と私を見下してくる。 そして「婚約を破棄したい」と言ったから、私は賛同することにした。 どうやらジノザは公爵令嬢と婚約して、貶めた私を愛人にするつもりでいたらしい。 そのために学園での評判を下げてきたようだけど、私はマルク王子と婚約が決まる。 楽しい日々を過ごしていると、ジノザは「婚約破棄を後悔している」と言い出した。