さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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六章

60(ドグラス)

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「──それで父が、このっ、忌々しいっ、こいつのっ」
「叩くな叩くな」
「予備の鍵を管理していて、その部屋が図面左下別枠の星印で囲ったところなの!」
「わかったから」

マーガレットが興奮している。
それはどうでもいい。

驚いたのは、彼女の描いた見取り図が額縁に飾られていた海図より百倍は緻密だったことだ。さすがクレヴァリー子爵家の人間といったところか。

クレヴァリー子爵家という一族は、血筋より技術の継承にこそ価値のある一族だった。
元を辿れば、この堅牢なバムフォード城と城下町の建設時、その類稀なる築城術を初代当主に認められた石工の一家が、設備管理の為に永続的主従関係を結んだのがクレヴァリー子爵家の興りである。

マーガレットがこれほど緻密な見取り図を短時間で描ける事実を鑑みても、ほぼ間違いなく、公私共にオーレリアス卿を傍で支える人物として英才教育を受けたのだろう。
カニングハム公爵家が単なる若さゆえの略奪婚に見せかけて、無自覚な内通者を引き込んだ可能性まで出てくる。現にカニングハム公爵は叛乱を企てた。

「じゃあ、行ってくる」
「早くね!」
「わか──」
「いい加減ここから出たいの!!」
「わかったよ!」

強い女性の魅力が詰った人物であることには違いないが、俺は、好みではない。
オーレリアス卿は物心がついた頃からこれが傍にいたわけだ。幼心にガツンと喰らったまま、純粋にすくすくと育ったのだろう。

わかる。
俺も、生まれてこの方ヴァンパイアを恐れた試しがない。
幼い頃に形成された精神の基盤は、生涯に渡って影響を及ぼすものだ。

オーレリアス卿の人生というのは、はじめからマーガレットありきだったのだろう。酷い形であれ、失った人生を取り戻すチャンスだ。
今度こそ、このじゃじゃ馬を慣らしてくれよ。オーレリアス卿。

「絶対に見つからないでねぇッ!!」
「黙れよ。ったく、そのバカでかい声のが危ねぇわ……」

俺の悪態がマーガレットの耳に届いていないことを祈る。

兎にも角にも、城の細部まで知り尽くしているマーガレットの存在は心強い。何より叛乱の首謀者たるカニングハム公爵の妻だ。彼方の内情も知りたかった。
俺としてもまずはクレヴァリー子爵が管理しているという予備の鍵を入手し、マーガレットを自由にするつもりだった。只一つ懸念すべきは、自由になったマーガレットが俺に協力的かどうか、やや未知数ではあるという点だろう。

まあ、どうにでもなる。

俺が中立的な立場でオーレリアス卿とマーガレット、場合によってはカニングハム公爵も加えて、当事者同士で話し合いをさせる。
事実を受け入れたマーガレットが、改めて二人の男のどちらを取るかが鍵だ。オーレリアス卿の元へ戻るのが何より望ましい。

俺はマルムフォーシュ伯爵として、カニングハム公爵夫人であるマーガレットが今回の叛乱に加担してはおらず、利用されただけだと証言しよう。その為に仕組まれた結婚だったと主張してもいい。
そう伝えればオーレリアス卿も態度を軟化させるだろう。

うまくいっている。

このまま、すんなりと予備の鍵を入手できる。
俺にはそんな自信があった……が、直後、俺が得るものはそれよりずっと大きく、尊く、大切なものだった。
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