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39(ヨハン)※
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「何やら面白い悪戯を思いつかれたようですね。私も混ぜて頂けますか?」
私が水を向けるとイザベルは呆気なく落ちた。
傲慢で自尊心の高いアイリスは男娼に堕ちゆく私を見て嫌悪と興味の両方を覚え、自尊心から私との行為を避けていたのは明らかだったが、心意的な緊張を和らげる刺激を求めついに私を利用する気になったようだ。
私はザシャの栽培する薬草から私たちが注入されたものに近い効果を持つものを拝借し、即席の媚薬を作った。
イザベルとアイリスと私の三人でたっぷりと一晩楽しみ、作為的に酒を飲ませ正気を奪い、明け方、場所を貸馬車に移した。
刺激的な遊びを二人は大いに愉しみ、元より二人掛かりで一人の男を貪るのが好きだったイザベルとアイリスが互いの肉体をも快楽の道具とし始めるまでにそう時間はかからなかった。背中を押せばすぐにでも互いを貪るようになるであろうことは、私にはわかっていた。
モリン伯爵邸と劇場などの人通りの多い場所のどちらにしようかと迷ったが、途中で一つ二つではない貴族の馬車の流れに気づいて合流し、程なくして全く無関係なサッロ伯爵家の前庭に辿り着いた。どうやら宴が開かれるらしい。
私は貸馬車を乗り捨てた。
御者に充分な報酬を握らせ逃亡させることも忘れなかった。
激しく揺れる馬車の中から女の絶叫が轟き、何事かと慌てて確認するという形で職務を全うした使用人たちや、内部を目の当たりにするより他なかったサッロ伯爵はどんな顔をしただろう。
互いの肉体を淫らに貪る泥酔した二人の女は、貴族の邸宅に無断で乱入しようとした娼婦として一旦逮捕された。
二人とも正気に戻れば自分の身分を明かし釈放を求めるはずだった。更には保身から互いに相手の方が唆したのだと主張するだろう。どちらも私のせいにしたいのは山々だろうが、身分を明かした以上は男娼を買ったなどと表明できない。
全て私の筋書き通りになった。
私は高らかに笑い、ザシャと美酒を飲み交わして祝った。レオンは呆れ顔で私とザシャに付き合っていたものの、内心は胸がすく思いであっただろう。
ヒルデガルドも当初はこれを望んでいた。だが彼女にはこのような下衆な行いは似合わない。
これはあくまで私個人の遊びなのだ。
当然、ザシャは爆薬など用意もしていない。
ダーマ伯爵が既に極秘逮捕されているイザベルは圧倒的に分が悪く、モリン伯爵は体裁を保つため徹底して被害を訴えている。いつまで続くか見物だ。
あれほど入浸っていたクローゼル侯爵家の令嬢ヘレネも《ユフシェリア》には訪れなくなっていた。
レオンも私もザシャの上客であるヘレネしか知らない。
拷問されるザシャを見て惚れ込んだヘレネは、その後の人形遊びには参加していなかった。ザシャも同情か憐れみか、或いは情が沸いたのか、ヘレネからの恋文には律儀に目を通している。
ヒルデガルドを魔女とまで蔑んだヘレネではあるが、宮廷裁判によって汚名は払拭され、当のヒルデガルドは王妃により神の娘とまで公言されており、既に取るに足らない非礼でしかなくなっている。
この期に及んで人命を用いて魔女の汚名を再び被せようとしたイザベルとアイリスも、私が片付けた。
ヘレネに現在の恐怖以上の処罰が必要かどうかは、実に微妙な問題だった。
このまま泳がせておけばソフィア王女の悪行を立証する有力な証言者となる可能性も充分にある。王女の取り巻きたちが互いに罪を擦り付け合うようになった時、ヘレネだけは独り勝ちできる身分なのだ。
逆に誰よりも厳罰が課されるのはパメラだった。
デシュラー伯爵亡きあと一時的に領地を預かっている未亡人が、夫の主治医であった医師の能力を悪用し若い男を拷問していたという事実が暴かれれば、夫殺害を疑われても仕方がない。そうなれば処刑は免れない。
夫を亡くし、寂しさ故に王女の悪行に加わってしまった。
私の腕の中でパメラはそう言って涙を流した。
新しい快楽を教えてくれたパメラとその医師に私は感謝さえしていた。だが、私の反応がある意味で芳しすぎた為、間を空けずレオンが餌食になってしまった。
喜ばない人間に対しては殺人に最も近い残虐非道な拷問であると、私はパメラに言葉を尽くしてやめさせようと努めた。パメラはそれに応えた。
そして私は夫を亡くした哀しみのあまりに狂ったと主張するパメラを全身全霊を以て慰めてきた。
私への裏切りと、敬虔なヒルデガルドへの冒涜。
パメラは私の怒りを買った。
私はこの愚かで罪深い未亡人に私刑を与えるか、宮廷か神の裁きを待つか、まだ悩んでいた。
「私、恐いの……一人ずつ破滅の道を辿っている。次は私よ……」
その首謀者が私であるとも知らず、パメラは今、私の胸に顔を埋めいている。
《ユフシェリア》に最も早く舞い戻った客はパメラだった。
忍び寄る罪科に対する恐怖を和らげる為なのか、覚悟を決め最後の快楽を貪りに訪れたのか、それとも全く別の策略の為か。
私はパメラを欺く為に同情と愛を装い、甘く激しく弄んだ。
悪徳医師を逃がさないためにも、私は一時的にパメラの協力者を演じる必要があるという結論を出した。
ザシャとレオンにも意図を説明し理解を得た上で私はパメラに同伴しデシュラー伯爵城へと赴いた。
そこで私は再会した。
「ああっ、なんてこと……!!」
私の隣でパメラが悲鳴を上げる。
私たちの目の前でニコラス王太子による極秘逮捕が行われており、複数の使用人や、問題の医師とその助手の全てが鎖に繋がれ連行されていた。
女城主のパメラが不在の最中にこの逮捕劇が行えるのは、主導者がニコラス王太子であるからに他ならない。
続いて鎖につながれているわけではない、布に包まれた人物が兵士に付き添われる形で夕暮れ時の前庭に現れた。シェロート伯爵令息ウィリスが救出されているのだ。
監督するニコラス王太子の傍にヒルデガルドの姿があった。
これは私の完全な誤算だった。ヒルデガルドは婚約者を奪われた上に貶められただけであり、私としてはこの件に関わらせるつもりは全くなかったのだ。
とにかく、ヒルデガルドがどのように反応してしまうか未知数ではあるが、私は面識がないよう振舞わなければならない。
ニコラス王太子にヒルデガルドと《ユフシェリア》の関与を悟られてはならないのだ。
パメラが弾かれたように逃亡を図った。私はその細い腕を掴んだ。
「ヨハン!?どうしたの!?逃げるのよ!」
「……」
救出されたウィリスと思しき人物にシェロート伯爵が走り寄るのを凝然と見つめながら私は逡巡する。
ヒルデガルドを守れるか?
私は、ニコラス王太子を欺き通せるだろうか。
神がそれを、許すだろうか……
「ヨハン!」
パメラが悲鳴を上げる。
兵士の一人が女城主の帰還に気づき、此方に走って来る。
シェロート伯爵が布を剥ぎ取り悲鳴を上げた。
「ヨハン!」
パメラが藻掻く。
ニコラス王太子が親子へと駆け寄る。ヒルデガルドが後を追う。
「ヨハン!!」
パメラが私を怒鳴りつけた。
私はパメラの腕を掴んだまま乱暴に引き摺り兵士の方へ向かって歩き出した。
覚悟だ。
決意した。
私はヒルデガルドを守り通すと。
「ヨハン……あなた、まさか……!」
男娼との恋に溺れた未亡人の目がついに覚めたその瞬間、同時に、ヒルデガルドが両手で口を覆い硬直する。
ウィリスは全身を包帯に覆われていた。
宮廷裁判の直前までソフィア王女の人形遊びが行われていたのだとしても、季節を一つ挟んで尚この姿というのは腑に落ちない。パメラかその医師が個人的に手を加えたのだ。
私は兵士にパメラを引き渡した。
「裏切り者!」
パメラの叫びに、ニコラス王太子とヒルデガルドが此方を向いた。
私が水を向けるとイザベルは呆気なく落ちた。
傲慢で自尊心の高いアイリスは男娼に堕ちゆく私を見て嫌悪と興味の両方を覚え、自尊心から私との行為を避けていたのは明らかだったが、心意的な緊張を和らげる刺激を求めついに私を利用する気になったようだ。
私はザシャの栽培する薬草から私たちが注入されたものに近い効果を持つものを拝借し、即席の媚薬を作った。
イザベルとアイリスと私の三人でたっぷりと一晩楽しみ、作為的に酒を飲ませ正気を奪い、明け方、場所を貸馬車に移した。
刺激的な遊びを二人は大いに愉しみ、元より二人掛かりで一人の男を貪るのが好きだったイザベルとアイリスが互いの肉体をも快楽の道具とし始めるまでにそう時間はかからなかった。背中を押せばすぐにでも互いを貪るようになるであろうことは、私にはわかっていた。
モリン伯爵邸と劇場などの人通りの多い場所のどちらにしようかと迷ったが、途中で一つ二つではない貴族の馬車の流れに気づいて合流し、程なくして全く無関係なサッロ伯爵家の前庭に辿り着いた。どうやら宴が開かれるらしい。
私は貸馬車を乗り捨てた。
御者に充分な報酬を握らせ逃亡させることも忘れなかった。
激しく揺れる馬車の中から女の絶叫が轟き、何事かと慌てて確認するという形で職務を全うした使用人たちや、内部を目の当たりにするより他なかったサッロ伯爵はどんな顔をしただろう。
互いの肉体を淫らに貪る泥酔した二人の女は、貴族の邸宅に無断で乱入しようとした娼婦として一旦逮捕された。
二人とも正気に戻れば自分の身分を明かし釈放を求めるはずだった。更には保身から互いに相手の方が唆したのだと主張するだろう。どちらも私のせいにしたいのは山々だろうが、身分を明かした以上は男娼を買ったなどと表明できない。
全て私の筋書き通りになった。
私は高らかに笑い、ザシャと美酒を飲み交わして祝った。レオンは呆れ顔で私とザシャに付き合っていたものの、内心は胸がすく思いであっただろう。
ヒルデガルドも当初はこれを望んでいた。だが彼女にはこのような下衆な行いは似合わない。
これはあくまで私個人の遊びなのだ。
当然、ザシャは爆薬など用意もしていない。
ダーマ伯爵が既に極秘逮捕されているイザベルは圧倒的に分が悪く、モリン伯爵は体裁を保つため徹底して被害を訴えている。いつまで続くか見物だ。
あれほど入浸っていたクローゼル侯爵家の令嬢ヘレネも《ユフシェリア》には訪れなくなっていた。
レオンも私もザシャの上客であるヘレネしか知らない。
拷問されるザシャを見て惚れ込んだヘレネは、その後の人形遊びには参加していなかった。ザシャも同情か憐れみか、或いは情が沸いたのか、ヘレネからの恋文には律儀に目を通している。
ヒルデガルドを魔女とまで蔑んだヘレネではあるが、宮廷裁判によって汚名は払拭され、当のヒルデガルドは王妃により神の娘とまで公言されており、既に取るに足らない非礼でしかなくなっている。
この期に及んで人命を用いて魔女の汚名を再び被せようとしたイザベルとアイリスも、私が片付けた。
ヘレネに現在の恐怖以上の処罰が必要かどうかは、実に微妙な問題だった。
このまま泳がせておけばソフィア王女の悪行を立証する有力な証言者となる可能性も充分にある。王女の取り巻きたちが互いに罪を擦り付け合うようになった時、ヘレネだけは独り勝ちできる身分なのだ。
逆に誰よりも厳罰が課されるのはパメラだった。
デシュラー伯爵亡きあと一時的に領地を預かっている未亡人が、夫の主治医であった医師の能力を悪用し若い男を拷問していたという事実が暴かれれば、夫殺害を疑われても仕方がない。そうなれば処刑は免れない。
夫を亡くし、寂しさ故に王女の悪行に加わってしまった。
私の腕の中でパメラはそう言って涙を流した。
新しい快楽を教えてくれたパメラとその医師に私は感謝さえしていた。だが、私の反応がある意味で芳しすぎた為、間を空けずレオンが餌食になってしまった。
喜ばない人間に対しては殺人に最も近い残虐非道な拷問であると、私はパメラに言葉を尽くしてやめさせようと努めた。パメラはそれに応えた。
そして私は夫を亡くした哀しみのあまりに狂ったと主張するパメラを全身全霊を以て慰めてきた。
私への裏切りと、敬虔なヒルデガルドへの冒涜。
パメラは私の怒りを買った。
私はこの愚かで罪深い未亡人に私刑を与えるか、宮廷か神の裁きを待つか、まだ悩んでいた。
「私、恐いの……一人ずつ破滅の道を辿っている。次は私よ……」
その首謀者が私であるとも知らず、パメラは今、私の胸に顔を埋めいている。
《ユフシェリア》に最も早く舞い戻った客はパメラだった。
忍び寄る罪科に対する恐怖を和らげる為なのか、覚悟を決め最後の快楽を貪りに訪れたのか、それとも全く別の策略の為か。
私はパメラを欺く為に同情と愛を装い、甘く激しく弄んだ。
悪徳医師を逃がさないためにも、私は一時的にパメラの協力者を演じる必要があるという結論を出した。
ザシャとレオンにも意図を説明し理解を得た上で私はパメラに同伴しデシュラー伯爵城へと赴いた。
そこで私は再会した。
「ああっ、なんてこと……!!」
私の隣でパメラが悲鳴を上げる。
私たちの目の前でニコラス王太子による極秘逮捕が行われており、複数の使用人や、問題の医師とその助手の全てが鎖に繋がれ連行されていた。
女城主のパメラが不在の最中にこの逮捕劇が行えるのは、主導者がニコラス王太子であるからに他ならない。
続いて鎖につながれているわけではない、布に包まれた人物が兵士に付き添われる形で夕暮れ時の前庭に現れた。シェロート伯爵令息ウィリスが救出されているのだ。
監督するニコラス王太子の傍にヒルデガルドの姿があった。
これは私の完全な誤算だった。ヒルデガルドは婚約者を奪われた上に貶められただけであり、私としてはこの件に関わらせるつもりは全くなかったのだ。
とにかく、ヒルデガルドがどのように反応してしまうか未知数ではあるが、私は面識がないよう振舞わなければならない。
ニコラス王太子にヒルデガルドと《ユフシェリア》の関与を悟られてはならないのだ。
パメラが弾かれたように逃亡を図った。私はその細い腕を掴んだ。
「ヨハン!?どうしたの!?逃げるのよ!」
「……」
救出されたウィリスと思しき人物にシェロート伯爵が走り寄るのを凝然と見つめながら私は逡巡する。
ヒルデガルドを守れるか?
私は、ニコラス王太子を欺き通せるだろうか。
神がそれを、許すだろうか……
「ヨハン!」
パメラが悲鳴を上げる。
兵士の一人が女城主の帰還に気づき、此方に走って来る。
シェロート伯爵が布を剥ぎ取り悲鳴を上げた。
「ヨハン!」
パメラが藻掻く。
ニコラス王太子が親子へと駆け寄る。ヒルデガルドが後を追う。
「ヨハン!!」
パメラが私を怒鳴りつけた。
私はパメラの腕を掴んだまま乱暴に引き摺り兵士の方へ向かって歩き出した。
覚悟だ。
決意した。
私はヒルデガルドを守り通すと。
「ヨハン……あなた、まさか……!」
男娼との恋に溺れた未亡人の目がついに覚めたその瞬間、同時に、ヒルデガルドが両手で口を覆い硬直する。
ウィリスは全身を包帯に覆われていた。
宮廷裁判の直前までソフィア王女の人形遊びが行われていたのだとしても、季節を一つ挟んで尚この姿というのは腑に落ちない。パメラかその医師が個人的に手を加えたのだ。
私は兵士にパメラを引き渡した。
「裏切り者!」
パメラの叫びに、ニコラス王太子とヒルデガルドが此方を向いた。
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