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「奥様はこちらに引っ越していらっしゃったばかりなので簡潔に申し上げると」
別居していたかのように言う冷静沈着なミネットに連れられて城内を歩いている。窓から差し込む昼日中の太陽が煌めく光の帯で壁を照らしている。抜群に美しい。
「内部構造は単純な造りですが万が一迷子になられましたら大声で人を呼んでください」
「はい」
聞くと彼女は十歳も年上だった。
貫禄も当然に思えるけれど随分と童顔という事実は興味深い。そして確実に敵に回したら終わりだ。良好な関係を築かなくては。
「奥様」
「はい」
「私どもは召使です。奥様が畏まる必要はないということをお忘れですか?」
圧巻の威圧感に心臓が止まりかけた。
私は私の足が右左と動き続けたことを称えたい。
「……新居が美しすぎて、緊張してるの」
「ふっ」
ミネットが微笑んだ。
笑うと思わなかったので驚いた。
「奥様ほどの美貌をお持ちの方が城如きに何を仰いますか」
容姿を褒められても嬉しくない性格とはいえ、今はより一層、全く嬉しくない。
緊張とまだ見ぬ疑惑の夫への恐怖で返す言葉を見つけられずにいると、ミネットが物々しく続けた。
「相手は石、石膏、煉瓦、硝子、真鍮、鉄……ですよ?」
ごめんなさいと謝りたくなるのは私の気の迷いではないはずだ。
「ごめんなさい……」
「何が?」
「……」
泣きそう。
「初日ですから、いろいろと思うところがおありなのでしょう。構いません。如何なるお方であろうとも、貴女が私の主です。何なりとお申し付けください」
「……な、仲良く」
「え?」
私は精一杯努力した。
何故なら侍女とは良好な関係を築くに限るからだ。
母の言葉が鮮烈に蘇る。
私の美貌は見世物ではなく、人心掌握に役立つものだと。
私はにっこりした。
ミネットが黙り込んだ。そして私を凝視する。片眼鏡がキラリと光る。
「……」
「あなたとは誰よりも長い時間を共に過ごすことになるでしょう?仲良くなりたいの」
──私たち親友になりましょう。
ジュリエッタの声と満面の笑みが脳裏を過る。
私は卑怯なジュリエッタと同じことをしていると気づき、我に返った。
足を止めるとミネットも付き合って立ち止まる。私が体を向けるとミネットもこちらに体を向ける。忠実なミネットの態度に心打たれた。
私は作り笑いを解き素直に告げる。
「緊張しているのよ。普通の結婚じゃないから」
「……」
ミネットが私を凝視する。
今まで受けてきた無礼な鑑賞の眼差しとは全く違う。皮と肉の奥、私の心臓、心の内を見透かすような重い眼差し。決して鋭くはないけれど、抗えない引力が秘められている。
やがてミネットは小さく口角を上げて囁いた。
「奥様の城になるのです。慣れる時間は充分ありますよ」
より一層の威圧感にすっと血の気が引いていく。
細部に至るまで事情を把握しているのだ。
恐怖の中に一筋の違和感を覚える。
私は恐ろしい疑惑の夫たるカルメット侯爵に謂わば消される運命にあるかと怯えているわけだが、ミネットは私が生存し女主の枠を越え城そのものの主になると言っている。
私を安心させて泳がせる作戦だろうか。
それにしては威圧感が凄すぎる。委縮しながら能天気に泳げはしない。
「ご案内いたします」
死刑宣告の如くミネットが宣言して歩き出す。
本能で追い掛けた。今のところ侍女は死神にしか見えないものの背に腹は代えられない。
別居していたかのように言う冷静沈着なミネットに連れられて城内を歩いている。窓から差し込む昼日中の太陽が煌めく光の帯で壁を照らしている。抜群に美しい。
「内部構造は単純な造りですが万が一迷子になられましたら大声で人を呼んでください」
「はい」
聞くと彼女は十歳も年上だった。
貫禄も当然に思えるけれど随分と童顔という事実は興味深い。そして確実に敵に回したら終わりだ。良好な関係を築かなくては。
「奥様」
「はい」
「私どもは召使です。奥様が畏まる必要はないということをお忘れですか?」
圧巻の威圧感に心臓が止まりかけた。
私は私の足が右左と動き続けたことを称えたい。
「……新居が美しすぎて、緊張してるの」
「ふっ」
ミネットが微笑んだ。
笑うと思わなかったので驚いた。
「奥様ほどの美貌をお持ちの方が城如きに何を仰いますか」
容姿を褒められても嬉しくない性格とはいえ、今はより一層、全く嬉しくない。
緊張とまだ見ぬ疑惑の夫への恐怖で返す言葉を見つけられずにいると、ミネットが物々しく続けた。
「相手は石、石膏、煉瓦、硝子、真鍮、鉄……ですよ?」
ごめんなさいと謝りたくなるのは私の気の迷いではないはずだ。
「ごめんなさい……」
「何が?」
「……」
泣きそう。
「初日ですから、いろいろと思うところがおありなのでしょう。構いません。如何なるお方であろうとも、貴女が私の主です。何なりとお申し付けください」
「……な、仲良く」
「え?」
私は精一杯努力した。
何故なら侍女とは良好な関係を築くに限るからだ。
母の言葉が鮮烈に蘇る。
私の美貌は見世物ではなく、人心掌握に役立つものだと。
私はにっこりした。
ミネットが黙り込んだ。そして私を凝視する。片眼鏡がキラリと光る。
「……」
「あなたとは誰よりも長い時間を共に過ごすことになるでしょう?仲良くなりたいの」
──私たち親友になりましょう。
ジュリエッタの声と満面の笑みが脳裏を過る。
私は卑怯なジュリエッタと同じことをしていると気づき、我に返った。
足を止めるとミネットも付き合って立ち止まる。私が体を向けるとミネットもこちらに体を向ける。忠実なミネットの態度に心打たれた。
私は作り笑いを解き素直に告げる。
「緊張しているのよ。普通の結婚じゃないから」
「……」
ミネットが私を凝視する。
今まで受けてきた無礼な鑑賞の眼差しとは全く違う。皮と肉の奥、私の心臓、心の内を見透かすような重い眼差し。決して鋭くはないけれど、抗えない引力が秘められている。
やがてミネットは小さく口角を上げて囁いた。
「奥様の城になるのです。慣れる時間は充分ありますよ」
より一層の威圧感にすっと血の気が引いていく。
細部に至るまで事情を把握しているのだ。
恐怖の中に一筋の違和感を覚える。
私は恐ろしい疑惑の夫たるカルメット侯爵に謂わば消される運命にあるかと怯えているわけだが、ミネットは私が生存し女主の枠を越え城そのものの主になると言っている。
私を安心させて泳がせる作戦だろうか。
それにしては威圧感が凄すぎる。委縮しながら能天気に泳げはしない。
「ご案内いたします」
死刑宣告の如くミネットが宣言して歩き出す。
本能で追い掛けた。今のところ侍女は死神にしか見えないものの背に腹は代えられない。
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