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22(ランス)
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息が止まるほど美しい私の妻は、息を止めた私の胸の奥に、小さな火を灯した。
先代のシュヴァリエ伯爵を亡くし気丈なテレザ夫人がすっかり意気消沈していたのは有名な話だった。
喪が明けたシュヴァリエ伯爵家で夜会が開かれ、彼女の逆鱗に触れた令嬢。その噂は瞬く間に広まり私の耳にも当然入ってきた。
奇妙な話だった。
女傑として知られるテレザ夫人が息子サミュエルの結婚に反対していたという経緯がまずあり、嫁いできたジュリエッタを嫌っていたというのも周知の事実だった。
テレザ夫人の逆鱗に触れたのがジュリエッタではなく別人と聞いて驚いたのだ。
無礼を働いたのはジュリエッタではなく、ジュリエッタの幼馴染にあたるナヴァーラ伯爵に同伴する形で夜会に招かれていた婚約者ルブラン伯爵令嬢シルヴィ。
第三者が突如としてシュヴァリエ伯爵家と敵対するだろうか。
少し探りを入れただけで発端はどうやら指輪らしいと判明した。それも格式高いシュヴァリエ伯爵家で他の装身具や宝石に目もくれず、色硝子の指輪を盗んだらしい。
亡き夫から幼い日に贈られた最初の指輪だそうだ。大切な思い出の品だからテレザ夫人の逆鱗に触れたと。
ああ、これは嵌められたな。
直感し、気の毒に思った。
案の定、この事件の後でテレザ夫人はジュリエッタを女主として認めている。
最悪なのはナヴァーラ伯爵が幼馴染の肩を持ち婚約者を切り捨てたことだ。
これが詳細を知らない者にまでシルヴィの無礼を事実と思い込ませ、ルブラン伯爵家を窮地に追い込ませた。
いずれ私はエドワールに対する殺害未遂の罪で幽閉される。
ここは一つ、最後に人助けをしよう。
そんなお節介で求婚した私だが、今、私を信じると言い切ったシルヴィの美しい笑顔を目の当たりにして考えを改めた。
シルヴィは自身の悲劇を既に乗り越えている。
私が手を差し伸べるまでもなく、彼女自身の力で克服していた。
シルヴィは強い。
強く、美しい。
彼女の外見がもちろん美しいのだが、その内に宿る精神の美しさは目を瞠るものがある。
純真や無垢といった優しい輝きとも違う、聡明や思慮深さという知的な輝きでもない、極めて本能的なものだ。
シルヴィは嘘がつけない。
真実しか受け付けない清らかな魂を宿して生まれてきた。
私は美しく可愛い妻を愛し始めていた。
愛さずにはいられないだろう。
だが真実に近づけるわけにはいかない。それが厳しい現実だった。
契約結婚もまた事実だ。
この事実は役に立った。
「違う」
私は負けたわけではない。
寧ろ親友エドワールを手に掛けた極悪人として名を残すなら、それは勝利だ。
シルヴィにはカルメット侯爵家を残せる。
妻へのささやかな愛は充分示せるだろう。
「そうなのね……自分の夫についてもっと知りたいと思うのは契約結婚という関係ではいけないことなのでしょうか?」
他人行儀なシルヴィが余計可愛く見えるのは昨夜の箒攻撃のおかげだ。
私の心は春の花ように綻んだ。
「そんなことないよ。私も君と仲良くなりたい」
「でも朝が入浴で潰れているのだから午後は忙しいでしょう?」
弾んだ心が、シュンと萎んだ。
「浮腫み、そんなに酷いの?」
「……」
まさか知られているとは……!
先代のシュヴァリエ伯爵を亡くし気丈なテレザ夫人がすっかり意気消沈していたのは有名な話だった。
喪が明けたシュヴァリエ伯爵家で夜会が開かれ、彼女の逆鱗に触れた令嬢。その噂は瞬く間に広まり私の耳にも当然入ってきた。
奇妙な話だった。
女傑として知られるテレザ夫人が息子サミュエルの結婚に反対していたという経緯がまずあり、嫁いできたジュリエッタを嫌っていたというのも周知の事実だった。
テレザ夫人の逆鱗に触れたのがジュリエッタではなく別人と聞いて驚いたのだ。
無礼を働いたのはジュリエッタではなく、ジュリエッタの幼馴染にあたるナヴァーラ伯爵に同伴する形で夜会に招かれていた婚約者ルブラン伯爵令嬢シルヴィ。
第三者が突如としてシュヴァリエ伯爵家と敵対するだろうか。
少し探りを入れただけで発端はどうやら指輪らしいと判明した。それも格式高いシュヴァリエ伯爵家で他の装身具や宝石に目もくれず、色硝子の指輪を盗んだらしい。
亡き夫から幼い日に贈られた最初の指輪だそうだ。大切な思い出の品だからテレザ夫人の逆鱗に触れたと。
ああ、これは嵌められたな。
直感し、気の毒に思った。
案の定、この事件の後でテレザ夫人はジュリエッタを女主として認めている。
最悪なのはナヴァーラ伯爵が幼馴染の肩を持ち婚約者を切り捨てたことだ。
これが詳細を知らない者にまでシルヴィの無礼を事実と思い込ませ、ルブラン伯爵家を窮地に追い込ませた。
いずれ私はエドワールに対する殺害未遂の罪で幽閉される。
ここは一つ、最後に人助けをしよう。
そんなお節介で求婚した私だが、今、私を信じると言い切ったシルヴィの美しい笑顔を目の当たりにして考えを改めた。
シルヴィは自身の悲劇を既に乗り越えている。
私が手を差し伸べるまでもなく、彼女自身の力で克服していた。
シルヴィは強い。
強く、美しい。
彼女の外見がもちろん美しいのだが、その内に宿る精神の美しさは目を瞠るものがある。
純真や無垢といった優しい輝きとも違う、聡明や思慮深さという知的な輝きでもない、極めて本能的なものだ。
シルヴィは嘘がつけない。
真実しか受け付けない清らかな魂を宿して生まれてきた。
私は美しく可愛い妻を愛し始めていた。
愛さずにはいられないだろう。
だが真実に近づけるわけにはいかない。それが厳しい現実だった。
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この事実は役に立った。
「違う」
私は負けたわけではない。
寧ろ親友エドワールを手に掛けた極悪人として名を残すなら、それは勝利だ。
シルヴィにはカルメット侯爵家を残せる。
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他人行儀なシルヴィが余計可愛く見えるのは昨夜の箒攻撃のおかげだ。
私の心は春の花ように綻んだ。
「そんなことないよ。私も君と仲良くなりたい」
「でも朝が入浴で潰れているのだから午後は忙しいでしょう?」
弾んだ心が、シュンと萎んだ。
「浮腫み、そんなに酷いの?」
「……」
まさか知られているとは……!
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