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「あなたにこんな趣味があるなんて意外だったわ」
老齢の執事ベイルの邪魔にならない位置でしゃがみ込み、その慣れた手つきに感嘆の溜息を洩らす。
広さにしたら私の浴室ほどの小さな畑でベイルは季節の野菜を栽培していた。野菜を自分の手で育てている人を初めて見た。
「食べるの?」
「はい」
「美味しい?」
「はい。いつも上質な出来栄えとは限りませんが、手を掛けた分、どんな味でも気持ちが満たされるものです」
「そうなの……」
私は土と葉を凝視した。
私にあるのは興味だけだ。
ベイルの深い瞳には菜園への強い関心と愛着が込められている。真剣だ。
唐突に気づいた。
私はランスの為人に関心がある。
だから彼の顔を見たいのだと。
好みの顔だから本能的に目で追ってしまうのだとばかり思っていたけれど、別の理由も隠れていたのだ。顔を目で追わない時と同じ理由が。
「……」
もしかして私、夫のこと、極めて普通に愛しそう?
「先代の御主人様は冬の野菜スープを好んで召し上がってくださいましたが、ランス様はラディッシュがお好きで……あれは8才くらいでしたか。動物避けの柵を作っても荒らされるので頭を悩ませておりましたら、栗鼠や鼬や野兎や鼠でもなく犯人はランス様でした」
「そう……」
「ニンジンも盗られるので野兎の線が濃厚でしたが……」
「幼い頃を知っているなら、いなくなるのは寂しいんじゃない?」
率直に尋ねた直後、慣れた手つきを遥かに超えた慌ただしさでベイルが畑仕事を終わらせた。
怒らせてしまったかと気にしながら矍鑠とした老人を追うように私も立ち上がる。
「気を悪くしたらごめんなさい」
「いえ」
遠くに目線を投げ、目尻の皴を深めるその瞳が鋭さを増す。
ランスがやんちゃな野兎ならベイルは老いた狐だ……などと夢見がちな妄想に一瞬だけ気をとられた私に、ベイルは目を向けず短く言葉を掛ける。
「寂しいですよ。奥様、あの方を説得してください」
「え……」
少なからず衝撃を受けた。
しかし、お願いするにしては目も合わせない。
「何かいつもと違う気配が……」
「……」
老いた狐の鋭い直感に感服しつつ、その緊張感が私にも伝わってくると少し警戒してしまう。
「奥様は中へ」
お爺さんを残して?
「あ……!」
私の心配も余所に、老いた狐は迅速かつ軽やかな身のこなしで駆け出した。温泉の効果なのか健康過ぎていっそ恐ろしい。でもいい事だ。
私は一旦城壁を見上げ、結局ベイルを追った。
私はランスの妻、カルメット侯爵夫人だ。
女主として老齢の執事を異常事態に放り出したまま無関心ではいられない。
老体ながら俊足のベイルを追い掛けるのは大変だった。幸い、行先が明確だった。当主の身を案じた執事ベイルはランスの部屋へと直行していた。
ランスの部屋は二階、南側と聞いている。
朝のこの時間は顔の浮腫みを取る為に入浴中で、マッサージを受けている最中かもしれない。
ランスに何かあったのかもしれないと思えば私も配慮を捨てベイルより数秒遅れで部屋に駆けこんだ。
「……!」
そこに、女がいた。
バスローブを羽織り髪を濡らしたランスと、所々が濡れた軽装の従僕デヴィッド、息も乱さず傅く老齢の執事ベイルも視界に入る。
「シルヴィ……!」
ランスが狼狽えた。
私には、それが顔の浮腫みの為とは思えなかった。
ランスの声につられるように女が体ごと振り向いた。一糸乱れぬ姿で帽子を手にしていようと、私の夫の入浴中に部屋にいるとは只ならぬ関係に違いない。
「どなた?」
私の声は我ながら低く棘があり、男たちを狼狽させる。
部外者であるはずの女の方がしっかりしていた。まっすぐに私を見据える美しいその貴婦人は、僅かに目を細め言った。
「ごきげんよう、奥様」
老齢の執事ベイルの邪魔にならない位置でしゃがみ込み、その慣れた手つきに感嘆の溜息を洩らす。
広さにしたら私の浴室ほどの小さな畑でベイルは季節の野菜を栽培していた。野菜を自分の手で育てている人を初めて見た。
「食べるの?」
「はい」
「美味しい?」
「はい。いつも上質な出来栄えとは限りませんが、手を掛けた分、どんな味でも気持ちが満たされるものです」
「そうなの……」
私は土と葉を凝視した。
私にあるのは興味だけだ。
ベイルの深い瞳には菜園への強い関心と愛着が込められている。真剣だ。
唐突に気づいた。
私はランスの為人に関心がある。
だから彼の顔を見たいのだと。
好みの顔だから本能的に目で追ってしまうのだとばかり思っていたけれど、別の理由も隠れていたのだ。顔を目で追わない時と同じ理由が。
「……」
もしかして私、夫のこと、極めて普通に愛しそう?
「先代の御主人様は冬の野菜スープを好んで召し上がってくださいましたが、ランス様はラディッシュがお好きで……あれは8才くらいでしたか。動物避けの柵を作っても荒らされるので頭を悩ませておりましたら、栗鼠や鼬や野兎や鼠でもなく犯人はランス様でした」
「そう……」
「ニンジンも盗られるので野兎の線が濃厚でしたが……」
「幼い頃を知っているなら、いなくなるのは寂しいんじゃない?」
率直に尋ねた直後、慣れた手つきを遥かに超えた慌ただしさでベイルが畑仕事を終わらせた。
怒らせてしまったかと気にしながら矍鑠とした老人を追うように私も立ち上がる。
「気を悪くしたらごめんなさい」
「いえ」
遠くに目線を投げ、目尻の皴を深めるその瞳が鋭さを増す。
ランスがやんちゃな野兎ならベイルは老いた狐だ……などと夢見がちな妄想に一瞬だけ気をとられた私に、ベイルは目を向けず短く言葉を掛ける。
「寂しいですよ。奥様、あの方を説得してください」
「え……」
少なからず衝撃を受けた。
しかし、お願いするにしては目も合わせない。
「何かいつもと違う気配が……」
「……」
老いた狐の鋭い直感に感服しつつ、その緊張感が私にも伝わってくると少し警戒してしまう。
「奥様は中へ」
お爺さんを残して?
「あ……!」
私の心配も余所に、老いた狐は迅速かつ軽やかな身のこなしで駆け出した。温泉の効果なのか健康過ぎていっそ恐ろしい。でもいい事だ。
私は一旦城壁を見上げ、結局ベイルを追った。
私はランスの妻、カルメット侯爵夫人だ。
女主として老齢の執事を異常事態に放り出したまま無関心ではいられない。
老体ながら俊足のベイルを追い掛けるのは大変だった。幸い、行先が明確だった。当主の身を案じた執事ベイルはランスの部屋へと直行していた。
ランスの部屋は二階、南側と聞いている。
朝のこの時間は顔の浮腫みを取る為に入浴中で、マッサージを受けている最中かもしれない。
ランスに何かあったのかもしれないと思えば私も配慮を捨てベイルより数秒遅れで部屋に駆けこんだ。
「……!」
そこに、女がいた。
バスローブを羽織り髪を濡らしたランスと、所々が濡れた軽装の従僕デヴィッド、息も乱さず傅く老齢の執事ベイルも視界に入る。
「シルヴィ……!」
ランスが狼狽えた。
私には、それが顔の浮腫みの為とは思えなかった。
ランスの声につられるように女が体ごと振り向いた。一糸乱れぬ姿で帽子を手にしていようと、私の夫の入浴中に部屋にいるとは只ならぬ関係に違いない。
「どなた?」
私の声は我ながら低く棘があり、男たちを狼狽させる。
部外者であるはずの女の方がしっかりしていた。まっすぐに私を見据える美しいその貴婦人は、僅かに目を細め言った。
「ごきげんよう、奥様」
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