婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ

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27(フローラ)

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──私がもっと大人だったら


「ほらほら姫様、笑ってぇ~?」
「……」


──もっと何か


「あらぁ~、お綺麗ですよぉ~?」
「……」
「恐い顔しちゃってぇもぉ!スカーレイ先生の真似でもしてるんですかぁ?」

女の敵ヴィクター・ストールの為に最上級のオシャレをしているかと思うと虫唾が走るとともに殺意しかない私は、忌々しいほどに上機嫌のパウラを鏡越しに睨んだ。

「んまっ。駄目ですよ。ぜんぜん似ていません。ただお可愛らしいだけなんですから」

誰もスカーレイの真似などしていない。
正直なところ、私がもっと大人だったらスカーレイほど恐くはない顔でスカーレイより恐ろしい仕打ちをしてやれるのにと本気で思っている。

アスガルド国王という私の父に当たる偉そうな男が、私の可愛いスノウを傷つけた女の敵であるストールとかいう男の為に祝宴を開くのだという。

しかも、この宮殿の大広間で。

「……死ね」

男なんて嫌い。

「姫様!駄目ですってば!思ってても口に出しちゃいけませんって!」
「……すぃね」
「変に訛らせたって駄目です。スカーレイ先生に叱られますよ?」
「んがぁ!」

私は耐えきれず椅子の上で暴れた。
慣れたパウラは私の手をひょいひょいと避けながら器用に私の髪型を仕上げてしまう。

面倒見のいい愛情深い私の乳母パウラ。
この人がいるから私は宮殿でも孤独ではなかった。

母は私を産み落したと同時に亡くなり、父は王位継承者という理由一つで私を宝物のように思ってはいるようだったが、私自身、フローラという娘には全く興味がない。

父に甘えたいという気持ちを捨てたのは四才、つまり物心ついてすぐだった。
なので今、猛烈にセランデルに会いたい私である。あれは父性というより母性を感じさせる軟弱者だが、なんだかんだ甘やかしてくれる大人の男だ。

「うわあっ!」
「はいはい、吠えちゃいますねぇ。吠え終わっておいてくださいねぇ。もうじき祝宴が始まってしまうんですからねぇ」
「スノウの気持ちはどうなるのよ!!」

私は思いの丈をぶちまけた。これを最後に数時間は口を閉じなければいけないということくらいは一国の姫として弁えているのだ。

絶対に同意してくれると思っていたがパウラは分厚い両掌を私の肩にずしりと置いて、鏡越しにいつもの笑顔で私を見つめ言った。

「今更ですよ」
「……?」

腑に落ちない。
ただ、まあ、少し腑に落ちなかったものの、パウラは飛び抜けて陽気な人だし、なんだかんだスノウはあれからも楽しそうに暮らしているからそれもそうかと思い直した。

「でもストールは許せなくない?」

そこは譲れない。
パウラはニコリと笑って手を離した。

「そうですが、祝宴の最中どんなに苛ついても気をしっかり持ってじっとしていてくださいね。私は傍にいられませんから」
「え?」
「スカーレイ先生が侍女の代わりを務めてくださいますよ」
「なんで?」

あと数年でパウラが乳母から侍女になるものとばかり思っていた私は、女の敵のことは一旦脇に置いて体の向きを変え、化粧道具を片付けるパウラを見上げた。

「ねえ、なんで?」
「私は平民ですから。祝宴には同席できません」

見慣れたパウラの横顔が少し他人行儀に目に映る。

「……」
「姫様ももう八才なんですから、少しずつ、大人の事情も理解しなくてはいけませんよ」
「……昼寝するんでしょ」

鋭く指摘するとパウラが再び私に笑顔を向けた。
それで少し和んだ。

「そりゃそうですよ。姫様の準備でそりゃもう大忙しだったんですから」

パウラが冗談交じりに本気をぶちまけてきたので、私も気が楽になり笑った。

「私が成人したら法律を変える。女が男に悲しめられない国にするのよ」
「がんばってください」
「あと平民が宮殿の行事にも参加できるようにする」
「そうですか」
「仲良くやっていきたいじゃない?だって、アスガルド王国はまだ生まれて二十年ちょっとの赤ちゃん国家だもの。みんなで力を合わせて基盤をかためなくちゃ」

私がもっと大人だったら、こんな無神経な発言はしなかっただろう。
この時パウラは笑顔を見せてくれたが、それは私が八才の子どもだったからだ。

私はこの時のことを酷く後悔するようになる。
私の生まれた意味、アスガルド王国が生まれた意味を、私はまだ正しく理解していなかったのだ。

「難しいことはよくわかりませんけど、素敵なお考えだと思いますよ」

パウラはいつものように、軽くあしらうような口調で笑っていた。
併し、少しだけ声を落としこう締め括ったのだ。

「ずっとそのままの姫様でいてくださいね」

きっとそれがパウラの本音だった。
私はパウラのことを何も知らなかった。知ろうと思わなかった。いつも傍にいてくれたから、私の知るパウラがパウラの全てだと思い込んでいた。

「さ、姫様。お時間です」
「ええ。行くわ。奴を目で殺してやる」

こうして私はアスガルド王国の王女フローラ殿下として最後の祝宴に臨んだ。


呪われた赤子は生きることも許されない。
生き延びたとしても一生命を狙われる。

大人の事情を、私は理解することになる。

この身の全てで。
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