婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
28 / 65

28

しおりを挟む
誰に対しても絶対服従しなければならない身分の私が、婚約者が子持ちになったことについての祝宴で晴れて人の父親となった婚約者の為に踊るよう命じられれば従うよりほかない。国王直々の命令でなくても、私は同じように答えただろう。

「畏まりました」

本来であれば平民以下の私は宮殿の祝宴に参加できないはずだった。
併し、踊り子として余興の為に立ち入るのであれば、今までも幾度も前例があった。

特に夜に行われる宴会ではハレムの女性が踊りで兵士たちを楽しませ、国王の許しを得た男性の夜伽も務めていたはずだ。
国王は当然、ハレムから好きな相手を選びいつでも楽しむことができる。その為のハレムなのだから。

今夜の祝宴にもハレムの女性たちは呼び出された。
祝宴の始まりに妖艶な踊りを披露してからは、国王と大臣たち、総帥と総帥の引き連れて来た上層部の軍人たちに侍り給仕をしている。その中にジェイドもいた。彼はハレムの女性を丁重に断り周囲から笑われていた。

少し、嬉しかった。

私は漆黒のローブを纏い置物のように大広間の隅で控えていた。
ヴィクターは豪勢な祝宴に内心は怖気づいているように見えた。
私でさえ、養子を迎えたくらいで国王直々に祝宴を開くなど大袈裟すぎると思っている。それでも、そう決まったのだから誰も意見は言わないだろう。

国王と総帥、それにフローラ姫とスカーレイが上座のテーブルにつき、祝宴の主役であるヴィクターを眺めている。
共に招かれた王室騎士たちも腑に落ちないながら祝宴自体は楽しもうとしている様子だった。

それにしても幼いフローラ姫に見せていいような祝宴ではない。
呼ばれるまで顔を伏せて待っているよう命じられた私ではあったが、あまりに気になり幾度もフローラ姫の方を盗み見た。
フローラ姫はスカーレイに付き添われ、静かに憤激しているスカーレイの表情を巧く真似てこの場を耐えている。

「……」

私は親の愛など知らないものの、極上の飾り物のように国王の脇に添えられたフローラ姫が可哀相に思えた。
普段の元気溌剌な姿は見る影もなく、フローラ姫の魅力の全てが削ぎ落された、飾りたてられた人形のようだ。よく耐えているフローラ姫の様子を盗み見ていると胸が苦しくなってしまう。

「……」

私は俯いた。
呼ばれるまで、粗末な置物のように待機していなければならない。

賑やかな祝宴だった。
まるで王族の誰かの誕生日か、誰かの軍功を讃えるような規模に思えた。

やがて国王が上機嫌に言った。

「人生の節目を迎えたストール卿に私から贈り物があるのだ」
「それは……至極光栄にございます!」

ヴィクターの声が少しだけ裏返っているのを聞きながら、私は胃の奥に嫌な痛みを感じつつ心を整える。

「さあ、そなたの婚約者、美しい〝罪の子ルビー〟の極上の舞踊を堪能するがいい」
「……は、はい……!」

ヴィクターが喜ぶはずはない。
そんなことはわかっているし、私も喜んでほしいとは思っていない。

ただ私は命じられたまま、人を祝うために踊るだけだ。

私は漆黒のローブを脱いだ。

「……!」

大広間が静まり返る。
私の外見が珍しいのだろう。私の存在が忌まわしいのだろう。
それでも、一応は美しい衣装で身なりを整えた。人の目を惹き付けはするだろう。

私は大広間の中央まで進み出て、呆気に取られた様子のヴィクターの前で跪いた。それから楽の音に合わせ踊った。

それは私にとって取り立てて難しいことでも、恥ずかしいことでもなかった。淡々と踊り、それを終えた。
少しだけ上がった息を整える。

小さな拍手が響き渡った。
フローラ姫が険しい表情のまま、ゆっくり、しっかりと掌を打ち合わせ私を見つめている。僅かに見つめ合い、私は跪き床に額を擦りつけた。

「ふむ。なかなか見映えのするものだった。いい前座になったな、総帥」
「はい、陛下」

国王と総帥の声にフローラ姫が手を止めた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

【完結】六歳下の幼馴染に溺れた夫。白い結婚を理由に離縁を申し立てたら、義弟(溺愛)に全力で求婚されました

恋せよ恋
恋愛
夫が愛でるのは、守ってあげたくなるような「可憐な少女」。 夫が疎むのは、正論で自分を追い詰める「完璧な妻」。 「シンシア、君はしっかりしているから、大丈夫だろう?」 六歳年下の幼馴染ジェニファー子爵令嬢を気遣う貴方。 私たちは、新婚初夜さえ済ませていないのよ? 完璧な家政、完璧な社交。私が支えてきたこの家から、 ニコラス、貴方って私がいなくなったらどうなるか……。 考えたこともないのかしら? 義弟シモンは、学生時代の先輩でもあるシンシアを慕い 兄ニコラスの態度と、幼馴染ジェニファーを嫌悪する。 泣いて縋るあざとい少女と、救世主気取りの愚かな夫。 そして、義姉であるシンシアを慕うシモン。 これは、誇り高き伯爵夫人、シンシアの物語である。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

処理中です...