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34(ジェイド)
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私は咄嗟に彼女の腕を離し、距離を取った。
襲い掛かって来た相手がセシア伯爵令嬢だったこともそうだが、名家の令嬢がこれ程まで動けることに驚いていた。
それに、さすがに此処でセシア伯爵令嬢に殺されるとは思わない。
「何故こんなことを」
私が問いかけたと同時にセシア伯爵令嬢は武器をしまった。
襞の多いドレスの内側に凶器が隠されていたとは、驚きだ。護身用なのだろうか。
「試したくて」
セシア伯爵令嬢は短く答える。
「私を、ですか?」
私は戸惑いを捨てきれず、暗闇の中に目を凝らす。
「お願いがあるの」
セシア伯爵令嬢が暗闇の中で言った。
「あの子を連れて逃げて」
「え?」
「愛しているならできるわね?消えて」
「……あの」
私の計画が露呈していると考えるには若干の違和感が拭えない命令だった。
「あの子と国軍のどちらが大事なの?国軍はあなたが居なくても支障ないけれど、あの子は誰かが守らなくては死んでしまうわ」
「あ、……あなたが一緒に土地を移るというのは?」
「できない」
「そう、ですか……」
セシア伯爵令嬢の心情の全てを理解するのは難しいが、少なくとも本気でスノウを想っていることはわかった。
私はスノウを逃亡させた後、情勢を鑑みて彼女のもとを訪ねる心積もりで動いていた。
だからこそセシア伯爵令嬢が同行してくれたら心強いと思ったが、セシア伯爵令嬢の方では同じような理屈で私を選抜していたらしい。
「あの……」
此方の計画を明かすべきだろうか?
セシア伯爵令嬢は私に腹を割った。私も応じるべきではないか?
「実は、私は──」
「あなたが何をしているかは知りたくない」
セシア伯爵令嬢は冷たい声で早口に言った。
「スノウがあなたを愛しているから生き延びてほしい。それだけよ」
「……」
私は即答を控えた。
夜襲を掛けてまでこれだけ言い切るということは、今後《アヴァロン》に大掛かりな計画があるのかもしれない。
だが今此処で探りを入れるのは不誠実が過ぎる上、下手をするとスノウと引き裂かれ兼ねない。
今夜のスノウの様子から、元婚約者が引き取った赤子が失踪したという話はその耳に届いていないようだった。私も知らないふりをしたが、セシア伯爵令嬢にも同じ態度を貫くことにした。
「ありがとうございます。あなたにお許しを頂けると、心強いです」
「スノウに何かあれば守りきれなかったあなたを殺す」
今日のセシア伯爵令嬢は殺気立っている。
「はい、承知しました」
今度は即答したが、軍人としてこれくらいは尋ねていいだろう。
「でも、何かあるのですか?差し迫った脅威的な何かが」
「……」
「あ、申し訳ありません」
沈黙に不機嫌さを感じ取り私は即座に謝罪した。
併し取り繕うのも忘れなかった。
「いえ、もしそうであれば、私が先に殺害される可能性もあるわけなので」
「そうね」
思いがけずセシア伯爵令嬢が声を和らげ同意する。
その晴れやかな声は実際、私の死を願うかのようでもあった。そして恐らくセシア伯爵令嬢も取り繕ったのだろう。尤もそうにこう言葉を繋げた。
「スノウは〝罪の子〟なのよ。迫害は終わらない。この国では永遠にまともな人生は送れない。総帥の養女になろうと、血が入れ替わるわけではない」
頷ける理屈だ。
私は全面的に同意し頷いてから、相手には見えないと思い声を出した。
「仰る通りです」
「もし、戦争が起きたら」
やはりセシア伯爵令嬢が先に口火を切った。
「生き延びた方がスノウを守りましょう。私もあの子を愛しているの」
並々ならぬ覚悟を感じ私は誠意を以て頷いた。
「承知しました。お約束いたします。スノウを愛し守ります。この命を懸けて」
「ありがとう。お願いね」
この時のセシア伯爵令嬢の声はどこか親しみが込められていたように思う。笑みさえ浮かべていたのではないかと後になって思い返すことになるが、この時の私には状況の整理に集中するあまり彼女の心境まで理解しようと気を配れなかった。
思えば、先に覚悟したのは彼女だった。
私より見極める目を持つ聡明な女性だった。
強く、愛に忠実な人物だった。
「手当して。そう深くはないはずだから」
そう言い残しセシア伯爵令嬢は闇に溶けた。
それから風が分厚い雲を僅かに動かし私に月灯りを届けたが、世界から私一人が取り残されたかのように静寂に包まれていた。
セシア伯爵令嬢が人払いしてまで私にスノウを託したのだと解釈するには充分な、忘れ難い秋の夜。
右腕の創傷がじくりと痛み、深くこの身に刻まれた。
襲い掛かって来た相手がセシア伯爵令嬢だったこともそうだが、名家の令嬢がこれ程まで動けることに驚いていた。
それに、さすがに此処でセシア伯爵令嬢に殺されるとは思わない。
「何故こんなことを」
私が問いかけたと同時にセシア伯爵令嬢は武器をしまった。
襞の多いドレスの内側に凶器が隠されていたとは、驚きだ。護身用なのだろうか。
「試したくて」
セシア伯爵令嬢は短く答える。
「私を、ですか?」
私は戸惑いを捨てきれず、暗闇の中に目を凝らす。
「お願いがあるの」
セシア伯爵令嬢が暗闇の中で言った。
「あの子を連れて逃げて」
「え?」
「愛しているならできるわね?消えて」
「……あの」
私の計画が露呈していると考えるには若干の違和感が拭えない命令だった。
「あの子と国軍のどちらが大事なの?国軍はあなたが居なくても支障ないけれど、あの子は誰かが守らなくては死んでしまうわ」
「あ、……あなたが一緒に土地を移るというのは?」
「できない」
「そう、ですか……」
セシア伯爵令嬢の心情の全てを理解するのは難しいが、少なくとも本気でスノウを想っていることはわかった。
私はスノウを逃亡させた後、情勢を鑑みて彼女のもとを訪ねる心積もりで動いていた。
だからこそセシア伯爵令嬢が同行してくれたら心強いと思ったが、セシア伯爵令嬢の方では同じような理屈で私を選抜していたらしい。
「あの……」
此方の計画を明かすべきだろうか?
セシア伯爵令嬢は私に腹を割った。私も応じるべきではないか?
「実は、私は──」
「あなたが何をしているかは知りたくない」
セシア伯爵令嬢は冷たい声で早口に言った。
「スノウがあなたを愛しているから生き延びてほしい。それだけよ」
「……」
私は即答を控えた。
夜襲を掛けてまでこれだけ言い切るということは、今後《アヴァロン》に大掛かりな計画があるのかもしれない。
だが今此処で探りを入れるのは不誠実が過ぎる上、下手をするとスノウと引き裂かれ兼ねない。
今夜のスノウの様子から、元婚約者が引き取った赤子が失踪したという話はその耳に届いていないようだった。私も知らないふりをしたが、セシア伯爵令嬢にも同じ態度を貫くことにした。
「ありがとうございます。あなたにお許しを頂けると、心強いです」
「スノウに何かあれば守りきれなかったあなたを殺す」
今日のセシア伯爵令嬢は殺気立っている。
「はい、承知しました」
今度は即答したが、軍人としてこれくらいは尋ねていいだろう。
「でも、何かあるのですか?差し迫った脅威的な何かが」
「……」
「あ、申し訳ありません」
沈黙に不機嫌さを感じ取り私は即座に謝罪した。
併し取り繕うのも忘れなかった。
「いえ、もしそうであれば、私が先に殺害される可能性もあるわけなので」
「そうね」
思いがけずセシア伯爵令嬢が声を和らげ同意する。
その晴れやかな声は実際、私の死を願うかのようでもあった。そして恐らくセシア伯爵令嬢も取り繕ったのだろう。尤もそうにこう言葉を繋げた。
「スノウは〝罪の子〟なのよ。迫害は終わらない。この国では永遠にまともな人生は送れない。総帥の養女になろうと、血が入れ替わるわけではない」
頷ける理屈だ。
私は全面的に同意し頷いてから、相手には見えないと思い声を出した。
「仰る通りです」
「もし、戦争が起きたら」
やはりセシア伯爵令嬢が先に口火を切った。
「生き延びた方がスノウを守りましょう。私もあの子を愛しているの」
並々ならぬ覚悟を感じ私は誠意を以て頷いた。
「承知しました。お約束いたします。スノウを愛し守ります。この命を懸けて」
「ありがとう。お願いね」
この時のセシア伯爵令嬢の声はどこか親しみが込められていたように思う。笑みさえ浮かべていたのではないかと後になって思い返すことになるが、この時の私には状況の整理に集中するあまり彼女の心境まで理解しようと気を配れなかった。
思えば、先に覚悟したのは彼女だった。
私より見極める目を持つ聡明な女性だった。
強く、愛に忠実な人物だった。
「手当して。そう深くはないはずだから」
そう言い残しセシア伯爵令嬢は闇に溶けた。
それから風が分厚い雲を僅かに動かし私に月灯りを届けたが、世界から私一人が取り残されたかのように静寂に包まれていた。
セシア伯爵令嬢が人払いしてまで私にスノウを託したのだと解釈するには充分な、忘れ難い秋の夜。
右腕の創傷がじくりと痛み、深くこの身に刻まれた。
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