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その日、私は全てが崩れ去ることを知らず一日を始めた。

愛ではなく支配と服従でしかなかったヴィクターとの婚約が解消され、普通の恋愛としてジェイドを想える毎日に私は浮かれていた。

そんな日々を与えてくれた国軍の総帥に感謝さえ感じていた。養子になってからも二人で話をするような機会はなかったが、恩人だと思っていた。

「セランデルって暇なのかしら。毎日来るのよ」

授業が終わるとフローラ姫が私と繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら無垢な瞳で見上げて言った。

「私とお茶した後スノウ先生と会っているんでしょう?無粋な真似をする気はないけど、またみんなでお喋りしましょうよ」
「いいですね」

私ではなくスカーレイが答えた。
これには私も驚いてフローラ姫と揃ってスカーレイを凝視してしまった。

スカーレイは教材を片付けながら微笑みすら浮かべており、どちらともなく私とフローラ姫は目を合わせ細やかな困惑を分かち合う。

スカーレイは続けた。

「少数でも人が揃うのであれば、いっそお茶会を主催されては如何です?お身内で主催の練習をなさるのもいい勉強になるでしょう」
「スカーレイ先生も参加するの?……参加なさるの?」
「ええ」
「……」
「嫌ですか?」
「いいえ」

フローラ姫はたじたじと答え、咀嚼を試みているのか真顔で高速の瞬きを繰り返す。
私はフローラ姫と繋いだ両手を励ますように揺らし、微笑んだ。

「楽しいお茶会になりますよ。きっと」

こんな会話があった為、私たちはフローラ姫を乳母のロヴネル夫人へと引渡す間の僅かな時間を惜しんで計画を練っていた。
宮殿の廊下を敢えてゆっくりと歩き、時には足を止めながら、フローラ姫主催の初めてのお茶会について楽しく想像を膨らませていた。

そんな時だった。

「?」

スカーレイが会話の途中で何かに気づいた様子で前方を見つめた。

「それでね、マフィンのてっぺんに木の実を乗っけて、兎みたいに──」

フローラ姫はスカーレイの異変に気付かず熱心に焼き菓子の案を出している。
スカーレイは前方に目を向けたまま簡潔に告げた。

「それならプチシューで白鳥を作れますよ」
「白鳥じゃなくて兎がいいのよ!いいんです……よいのです」
「そうですか」
「ん?……スカーレイ先生?」

フローラ姫も違和感を覚えたようで、手を繋いだままスカーレイの視線の先を眺めてから何があったのかと尋ねる表情で私を見上げた。

私にはわからなかった。

ただ血相を変えて身を翻したスカーレイを見た瞬間、何かよくないことが起きるのだと理解した。

最初スカーレイが視線を投げた方向とは逆の廊下の角から、二人の王室騎士と一人の軍人が物々しい雰囲気で歩いてくる。

「……?」

服装から判断したが三人とも普段顔を合わせることのない人物で、名前も知らない。

騎士の一人が鋭い声を放つ。

「フローラ殿下、こちらへ。その者は殿下のお命を狙う暗殺者です」
「はあ?」

フローラ姫が苛立った声を上げたが、もう一人の騎士が剣を抜いた。

「!」

身が竦む。
全身が冷える。

「……っ」

私だ。
私を疎ましく思う誰かが、私を暗殺者に仕立て上げたのだ。

「えっ?ちょっと、馬鹿じゃないの!?二人は私の家庭教師よ!!」

フローラ姫が前方へ躍り出る。
剣を抜いてはいない方の騎士がフローラ姫を招くよう手を伸ばした。

私は動けない。

次の瞬間、スカーレイが怒号を上げた。

「レイクシア万歳!レイクシアに栄光あれ!!」

一瞬の出来事だった。

何処に隠し持っていたのか刃物を手にしたスカーレイがフローラ姫に襲い掛かった。
二人の騎士と一人の軍人が駆ける。

私は────……

「!」

気づいた時には、フローラ姫を庇うように抱きしめていた。

「セシア伯爵令嬢!国王の命により貴様を逮捕する!」


え?


「……!」

腕の中でフローラ姫がぐったりと崩れ落ちる。驚きと恐怖で気を失ってしまったらしい。小さな体とはいえ体重を支え切れず、私もフローラ姫を庇いながらその場で膝をついた。

「死ね!邪神の娘!」
「!?」

スカーレイが私たちに襲い掛かる。
私はフローラ姫に覆いかぶさり覚悟した。

刺される。
殺される。

でも、どうして?
スカーレイ、どうして……
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