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35-2※

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「!」

外したのだろうか。
無謀着な背中ではなく、スカーレイは私の右腕を僅かに切りつけると肩をつかんだ。そして無理矢理フローラ姫から引き剥がそうとした。

そうしながら私の顔を覗き込んだ。

「!?」

彼女は穏やかな微笑みで私にこう言いかけた。

「スノウ。あなたを──」

併し、美しい碧い瞳を僅かに揺らし、優しく囁く。

「あなたは愛されて生まれたのよ。生きて」

恐怖と混乱で涙が溢れた。
スカーレイは涙が伝う私の頬を指先で撫でた直後、一人の騎士によって拘束されると恐ろしい暗殺者の顔になって怒号を上げた。

「レイクシアに栄光あれ!神よ!邪教の民を滅ぼし賜え!」
「スカーレイ様……?」

おかしい。

何かおかしい。

こんなのは間違っている。

フローラ姫を横たえ、私は騎士の拘束の中で暴れるスカーレイに手を伸ばした。

私の視界を遮るように軍人が膝をつく。

「総帥の目に狂いはなかったようだ。よくぞ殿下を守られた」
「……え、あの、そうではなくて……」

スカーレイが暗殺者だという話は誰かの陰謀だ。嘘だ。そんなことが、あるはずない。

そう訴えかけるには、スカーレイの言動はあまりにも不利だった。
彼女は口を塞がれるまでずっと、レイクシア万歳、レイクシアに栄光あれ、そう叫び続けた。

「く、苦しめないで……お願いします……っ!」

私は掠れてどうしようもない声を絞り出し、なんとかそう懇願する。

「殺しはしない。情報を引き出し、仲間も炙り出す必要がある。囚人として丁重に持成すはずだ」
「……でも……っ」

泣きじゃくる私の肩を軍人は一度だけ強く揉んだ。
命令にも、励ましにも感じられた。

ジェイド……
ジェイドが此処にいてくれたら……

「こんな……嘘……っ」

私は泣き崩れた。
軍人はもう私に構うことなく立ち上がり、二人の騎士に拘束されているスカーレイの鼻元に小瓶を近づける。薬を嗅がされたスカーレイは即座に意識を失い、左右から腕を掴まれ、罪人か荷物のように引き摺られていってしまった。

私は泣くことしかできなかった。
横たわるフローラ姫の傍に座り込み、フローラ姫のどこかに触れながら、ただ、号泣し続けた。

どれくらいの時間が経ったのだろうか。
帰りの遅いフローラ姫を心配したのか、スカーレイ逮捕の報せを聞いたのか、ロヴネル夫人が私たちを迎えに来た。

正気を失い泣き喚いていた私をロヴネル夫人は親切に介抱してくれた。
併しフローラ姫が目を覚まし、手から血を流し泣いている私を見て夢ではなかったと理解してしまい泣き出した。その痛々しい姿に私も泣いていられなくなり、嗚咽を堪え、フローラ姫を抱きしめた。

フローラ姫が私にしがみ付いて号泣している。
私も縋るようにフローラ姫を抱きしめていた。そんな私ごとロヴネル夫人が抱きしめ、背中や腕を摩ってくれる。

「大変なことになりましたね」

今日ばかりはロヴネル夫人の声も深刻だった。


セシア伯爵家の令嬢、スカーレイの逮捕。
王族の暗殺未遂。

王国を揺るがす大事件だ。
併し、これは始まりに過ぎないのだと私は後から身を以て知ることとなる。

その日、全てが崩れ去り、私は泣いて泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いて、知るのだ。


悪を。
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