婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ

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「総帥の御呼出しなのですが……」

宮殿内の緊迫感は尋常なものではなかった。
スカーレイがフローラ姫の暗殺を企てていたという事件は大きな影を落としている。昨日までとは全く違う空気がアスガルド王国全体に満ちているかのようだった。

「さあ。聞いていないが」
「……」

王室騎士の他、国軍から派遣された軍人たちが警備に当たっている。
私は総帥に会う為に国軍本部へと向かおうとしたが、一人では外出が許可されず門番に止められてしまった。併し総帥の養女になっていたことから、以前のように暴力で従わされたり鎖に繋がれ連行されるということもなかった。

何度か試みたが全て失敗に終わり、ついに昼食が運ばれてきた。

朝食は簡単なものなので気づかなかったが、今日の昼食はスカーレイがいないにも関わらず豪華だった。
それを見て〝罪の子〟ではなく〝総帥の娘〟として扱われているのだと実感した私は、総帥からの呼出があったという嘘を信じてくれる軍人を求めて手あたり次第に声を掛け続けた。

宮廷人たちは私を忌避していた。
それも今までの嫌悪からではなく、関与を疑われることを恐れているようだった。スカーレイに庇護されていた私がフローラ姫暗殺計画の一端を担っていたと誤解されるのは当然といえば当然だ。

「聞いておりません」

「迎えが来るまで部屋でお待ちください」

「任務中なので」

ひたすらあしらわれ続けていたが、ついに一人の軍人がこう返した。

「ああ、証言ですか?」

鼓動が激しく脈打ち今にも叫び出しそうになるのを堪え、私は困惑を演じる。

「……わかりません。昼過ぎに来るようにと仰っているとのことなのですが、その、出してもらえなくて……」
「大事件ですから。混乱の中で伝達に不備があったのかもしれません。少々お待ちを」

その軍人は周囲の数人と少し話をすると私の元に戻り申し出てくれた。

「お連れします。総帥に逆らうとなれば軍規違反になりますからね」
「ありがとうございます」
「但し、セシア伯爵令嬢との関係を考慮し警護を付けさせて頂きます」
「わかりました」

私は顔色を変えないよう努めた。

ジェイドがいてくれたら苦労する必要もなかっただろう。
でも、ジェイドの姿がないのは、きっと必要な手を打つために奔走してくれているからだ。私はそう信じていた。

何の躊躇いもなく手首を揃えて差し出すと、軍人は怪訝な表情でしばし沈黙し、私の手をそっと下ろさせた。

「……?」

てっきり連行されると思ったのに、違うらしい。

総帥の養女になったからといって私が〝罪の子〟であることには変わりないのに、態度が違い過ぎる。
スカーレイの安否に加え自身の待遇に対する困惑も私を悩ませた。

呆然としている私を五人の軍人が囲む。そのまま一台の馬車に誘われたが、恐怖を感じることもなく私は乗り込んだ。

とにかく、一刻も早く国軍本部に赴き総帥に会わなくてはならない。
もし私の中に一つも交渉材料がなかったとしたら、必死で嘆願するまでだ。

今まではどれだけ慣れようと自分が傷つけられるのが恐かった。痛みそのものの齎す耐え難い苦痛や、底知れぬ絶対的な恐怖は、常に私自身と切り離せないものだった。

今は違う。

もう何があってもいい。
何をされてもいい。

スカーレイを失いたくない。苦しんでほしくない。

フローラ姫の命を狙うなど、とても許されない罪だとわかっている。
でもそれは本来であれば存在することさえ許されない〝罪の子〟の私よりも深い罪なのだろうか。

本当にフローラ姫の暗殺を企てていたのだとしたら、私がその罰を引き受ける。私は〝罪の子〟で、罰せられる為に生かされてきた。
スカーレイに救われて今日まで生きてきた。

私ができること。
私は、私を差し出すことができる。

「……」

でも、必要ないかもしれない。
上手く総帥の協力を得られたら、スカーレイの減刑や、そもそもの嫌疑を晴らすことができるかもしれない。

「……」

只一つ気掛りなのはフローラ姫の心の傷だったが、こうなってしまってはもうダンス教師としての任を解かれるはずであり、私のような身分の者が王族の傍近くに仕えるなどという夢のような日々も終わったと考えるのが妥当だ。
私にはもう、フローラ姫を心配する資格もない。

素晴らしい思い出を頂いた。
これからはフローラ姫の名を口にするのも憚られる卑しい者として、王国の繁栄を願い続ける。

「……っ」

スカーレイがフローラ姫を暗殺だなんて、嘘だ。
嘘であってほしい。

私は願うことをやめられなかった。
最後まで希望に縋るしかなかった。

やがて馬車は国軍本部に到着した。
要塞を思わせる物々しい建造物かと思い込んでいたが、比較的美しい建物だった。

冷たい秋の風が吹いていた。

鉄の門が開いた。

私が五人の軍人に囲まれながら鉄の門をくぐると、前方から丁度、総帥とあの軍医が歩いてくるのが目に入った。


紅い夕陽の中、私は駆けた。
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