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総帥の足元に跪き額を地面にこすりつける。
複数の足音が私を踏み越えていく。
「なんだ。どうした。言ってみろ」
総帥が初めて私にかけた言葉はこんなものだった。
「恐れながらお許しを受け申し上げます」
「おい、お前」
総帥は笑った。
笑いながら私の為に膝をつき、屈みこみ、労わるような手つきで私の腕を左右から掴んだ。
「父に向って何を恐れる?さあ、顔を上げろ。呼んでくれ。お父さん、と」
「……」
腑に落ちなかったが時間がなかった。
それに総帥には私を養女にした理由があるはずであり、その片鱗を充分すぎるほどに纏った提案だった。
私は身を起こした。
膝をつき私の顔を覗き込むようにして、やはり総帥はこちらの様子を伺う為の他意のない笑みを浮かべていた。
どうして、笑っていられるのか。
併し今、総帥の心境は重要ではない。
「総帥」
「お父さん、だ」
「……お父様」
「まあ、いいだろう」
総帥が目を細めて笑った。
間違いない。この状況を楽しんでいるのは確かだった。
背後に控えている五人の軍人が私たちを見て何を思うか、一瞬頭の隅に懸念が過る。私はそれを無視した。
総帥を見つめ、訴える。
「スカーレイ様を──」
「ああ。さっき、息を引き取った」
「……」
音が消えた。
風の音。足音。
全て消えた。
辺りを染める紅い夕陽が漆黒に染まり、その闇さえも塗りつぶす影が私を覗き込んでいる。
「……え……?」
「名門貴族セシア伯爵家の令嬢、レディ・スカーレイは死んだ」
「……う、そ……」
「自ら命を絶った。尋問前に毒を飲み、自白の後レイクシアの神に祈りを唱えながら美しい最期を迎えた」
「……うそ、嘘、嘘ッ!!」
総帥に掴み掛かり、揺さぶり、私は声の限りに叫んだ。
「嘘よ!嘘言わないで!!スカーレイ様に会わせて!!」
「ああ、後で会わせてやる。安心しろ。綺麗な遺体だ」
「嘘!嘘!嘘!!」
「本当だ。一緒に来い。陛下に暗殺者の獄死を報告せねばなるまい」
「嘘よぉッ!いやあぁぁっ!!」
泣き叫んでいた。
総帥と私の傍に軍医のエクブロム大尉が跪き、私の肩に手を置いた。
「残念だ」
「嘘言わないで、お医者様でしょう!?すぐに診て!診てください!スカーレイ様が亡くなるなんて……」
自分の口で言ってしまった瞬間、それが現実だと、私は理解してしまった。
「い、いや……嘘……っ、ああああああっ!!」
嫌。
嘘。
どんなにそう叫んでも、総帥と軍医は認めはしない。改めてくれない。
体が震えた。
喉が破れるほど泣き叫んだ。
髪を掻き毟って泣き叫ぶ私を総帥は馴れ馴れしく抱きしめて、背中を摩りさえした。
「そうか。特別な絆があったんだな。いいことだ」
「いやぁ……っ」
「乗り越えられる」
総帥の慰めなど意味もない。
私は先方に見える美しい建物に手を伸ばした。
あそこでスカーレイが眠っている。
眠っている。
眠って……
「スカーレイ様ぁ……っ、いやぁ……っ」
「言い残された言葉があったはずだ。それを忘れないことが、彼女が最も喜ぶ別れだろう」
軍医の言葉が記憶に割り込んでくる。
──あなたは愛されて生まれたのよ。生きて。
「言い残された言葉?なんだ、それは」
総帥の声が部下に対する厳格なものに変わる。
軍医が遜って答えた。
「逮捕の時、別れを告げたように見えましたので」
「何を言われた?」
総帥が一変して厳しい声を私にかけた。それは紛れもなく命令だった。
「……っ」
私は口を噤んだ。
言いたくなかった。
言うはずない。
スカーレイの遺言は、一生、私だけのものだ。
「言え、ルビー。父に秘密を持つな」
「……」
「ルビー」
たとえ暴行を受けようと絶対に口を割るものか。
私は決意して身構えたが、総帥は困ったように溜息をついただけだった。そこへ軍医が口を挟む。
「総帥。姉妹のように親密だった二人です。他愛ないもので、政治的な指示ではないと思われます」
「うむ。そうか。まあいい」
総帥はあっさりと追及を諦めると、私の腕を力強く叩いた。痛みはなく、それは私が覚悟した暴力ではなかった。
「立て。一緒に行こう、ルビー」
「……」
「お前が姉と慕った勇気ある暗殺者の最期をアスガルド国王に伝えるんだ。お前から。なあ、それがいい」
「……」
「ルビー」
親しみの込められた総帥の声が私を変えたのかもしれない。
私は、総帥を睨みつけた。
不思議と涙は止まっていた。
「私は、スノウ」
「……」
総帥は暫し私を見つめ、頷いた。
「ああ、そうだった。我が娘、スノウ」
「スカーレイ様の葬儀を、私に」
「いいだろう。遺体は丁重に保管してある。お前の好きにすればいい」
スカーレイを思うと再び涙が込み上げた。
だが憤りと哀しみが私を奮い立たせていた。私が総帥の娘でいる限り、私には、〝罪の子〟とは比べ物にならない自由と権力が与えられている。
スカーレイは陥れられ、命を落とした。
それが私の信じる、真実だった。だから、私は総帥の隣に立つのだ。娘として。
「……っ」
決意したものの、立ち上がろうとしても足に上手く力が入らなかった。
そんな私を、総帥が、まるで大切なものを扱うかのような手つきで支え、充分に注意を払いながら立たせた。ふらふらとしながらも私が自分の足で立つと、総帥は私の手首を掴んだ。
「さあ行こう。スノウ」
私は頷いた。
総帥は私が手を握り返すことを期待していたかもしれない。手つきでそう感じた。
私は娘として総帥の手を握り返しはしなかったが、総帥は多少強引ではあるものの痛みを感じる程でもない力加減を保ちつつ馬車へと誘った。
私の乗って来た国軍所有の馬車ではない。
アスガルド国軍総帥の紋章が輝く、特別な馬車だ。
私はもう、守られてばかりの〝罪の子〟ではない。
裁きを下す者に成った。この幸運は永遠に続きはしないだろう。
早く。
今の内に。
誰かを見つけなくては。
スカーレイを死に至らしめた、誰かを。
複数の足音が私を踏み越えていく。
「なんだ。どうした。言ってみろ」
総帥が初めて私にかけた言葉はこんなものだった。
「恐れながらお許しを受け申し上げます」
「おい、お前」
総帥は笑った。
笑いながら私の為に膝をつき、屈みこみ、労わるような手つきで私の腕を左右から掴んだ。
「父に向って何を恐れる?さあ、顔を上げろ。呼んでくれ。お父さん、と」
「……」
腑に落ちなかったが時間がなかった。
それに総帥には私を養女にした理由があるはずであり、その片鱗を充分すぎるほどに纏った提案だった。
私は身を起こした。
膝をつき私の顔を覗き込むようにして、やはり総帥はこちらの様子を伺う為の他意のない笑みを浮かべていた。
どうして、笑っていられるのか。
併し今、総帥の心境は重要ではない。
「総帥」
「お父さん、だ」
「……お父様」
「まあ、いいだろう」
総帥が目を細めて笑った。
間違いない。この状況を楽しんでいるのは確かだった。
背後に控えている五人の軍人が私たちを見て何を思うか、一瞬頭の隅に懸念が過る。私はそれを無視した。
総帥を見つめ、訴える。
「スカーレイ様を──」
「ああ。さっき、息を引き取った」
「……」
音が消えた。
風の音。足音。
全て消えた。
辺りを染める紅い夕陽が漆黒に染まり、その闇さえも塗りつぶす影が私を覗き込んでいる。
「……え……?」
「名門貴族セシア伯爵家の令嬢、レディ・スカーレイは死んだ」
「……う、そ……」
「自ら命を絶った。尋問前に毒を飲み、自白の後レイクシアの神に祈りを唱えながら美しい最期を迎えた」
「……うそ、嘘、嘘ッ!!」
総帥に掴み掛かり、揺さぶり、私は声の限りに叫んだ。
「嘘よ!嘘言わないで!!スカーレイ様に会わせて!!」
「ああ、後で会わせてやる。安心しろ。綺麗な遺体だ」
「嘘!嘘!嘘!!」
「本当だ。一緒に来い。陛下に暗殺者の獄死を報告せねばなるまい」
「嘘よぉッ!いやあぁぁっ!!」
泣き叫んでいた。
総帥と私の傍に軍医のエクブロム大尉が跪き、私の肩に手を置いた。
「残念だ」
「嘘言わないで、お医者様でしょう!?すぐに診て!診てください!スカーレイ様が亡くなるなんて……」
自分の口で言ってしまった瞬間、それが現実だと、私は理解してしまった。
「い、いや……嘘……っ、ああああああっ!!」
嫌。
嘘。
どんなにそう叫んでも、総帥と軍医は認めはしない。改めてくれない。
体が震えた。
喉が破れるほど泣き叫んだ。
髪を掻き毟って泣き叫ぶ私を総帥は馴れ馴れしく抱きしめて、背中を摩りさえした。
「そうか。特別な絆があったんだな。いいことだ」
「いやぁ……っ」
「乗り越えられる」
総帥の慰めなど意味もない。
私は先方に見える美しい建物に手を伸ばした。
あそこでスカーレイが眠っている。
眠っている。
眠って……
「スカーレイ様ぁ……っ、いやぁ……っ」
「言い残された言葉があったはずだ。それを忘れないことが、彼女が最も喜ぶ別れだろう」
軍医の言葉が記憶に割り込んでくる。
──あなたは愛されて生まれたのよ。生きて。
「言い残された言葉?なんだ、それは」
総帥の声が部下に対する厳格なものに変わる。
軍医が遜って答えた。
「逮捕の時、別れを告げたように見えましたので」
「何を言われた?」
総帥が一変して厳しい声を私にかけた。それは紛れもなく命令だった。
「……っ」
私は口を噤んだ。
言いたくなかった。
言うはずない。
スカーレイの遺言は、一生、私だけのものだ。
「言え、ルビー。父に秘密を持つな」
「……」
「ルビー」
たとえ暴行を受けようと絶対に口を割るものか。
私は決意して身構えたが、総帥は困ったように溜息をついただけだった。そこへ軍医が口を挟む。
「総帥。姉妹のように親密だった二人です。他愛ないもので、政治的な指示ではないと思われます」
「うむ。そうか。まあいい」
総帥はあっさりと追及を諦めると、私の腕を力強く叩いた。痛みはなく、それは私が覚悟した暴力ではなかった。
「立て。一緒に行こう、ルビー」
「……」
「お前が姉と慕った勇気ある暗殺者の最期をアスガルド国王に伝えるんだ。お前から。なあ、それがいい」
「……」
「ルビー」
親しみの込められた総帥の声が私を変えたのかもしれない。
私は、総帥を睨みつけた。
不思議と涙は止まっていた。
「私は、スノウ」
「……」
総帥は暫し私を見つめ、頷いた。
「ああ、そうだった。我が娘、スノウ」
「スカーレイ様の葬儀を、私に」
「いいだろう。遺体は丁重に保管してある。お前の好きにすればいい」
スカーレイを思うと再び涙が込み上げた。
だが憤りと哀しみが私を奮い立たせていた。私が総帥の娘でいる限り、私には、〝罪の子〟とは比べ物にならない自由と権力が与えられている。
スカーレイは陥れられ、命を落とした。
それが私の信じる、真実だった。だから、私は総帥の隣に立つのだ。娘として。
「……っ」
決意したものの、立ち上がろうとしても足に上手く力が入らなかった。
そんな私を、総帥が、まるで大切なものを扱うかのような手つきで支え、充分に注意を払いながら立たせた。ふらふらとしながらも私が自分の足で立つと、総帥は私の手首を掴んだ。
「さあ行こう。スノウ」
私は頷いた。
総帥は私が手を握り返すことを期待していたかもしれない。手つきでそう感じた。
私は娘として総帥の手を握り返しはしなかったが、総帥は多少強引ではあるものの痛みを感じる程でもない力加減を保ちつつ馬車へと誘った。
私の乗って来た国軍所有の馬車ではない。
アスガルド国軍総帥の紋章が輝く、特別な馬車だ。
私はもう、守られてばかりの〝罪の子〟ではない。
裁きを下す者に成った。この幸運は永遠に続きはしないだろう。
早く。
今の内に。
誰かを見つけなくては。
スカーレイを死に至らしめた、誰かを。
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