婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ

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52(ヴィクター)

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俺は今、レイクシアの神に導かれ聖なる女神のもとへと辿り着いた。

神を謗る呪われた男カイン・ガルムステットはアスガルド教団とその架空王国を滅ぼすと、今度はエクリプティカ解放軍を名乗り、一度は手中に収めたはずのレイクシア神聖八氏族の殲滅作戦を進めたが、何れも俺が一歩先を走っている。

ついに恐れを覚えたか。
神は、あの男に畏怖を賜った。

だからルビーは俺の元へ戻ってくるのだ。

「ついに、あの男がレイクシアの神の御前で跪く」

俺は神殿兵として相応しい同胞を残し、守備を固めている。
俺たちは復活の聖戦士となり、復活を果たしたレイクシア王国で未来永劫称えられる。

ガルムステットは凍てついた湖の上に天幕を張り、酒宴に俺を招いた。俺は七人の聖戦士を引き連れ、神の加護の下で女神の眠る湖の上に足を進めた。

「ルビー。久しぶりだな」
「……」

氷上の酒宴にしては、ルビーは裸同然のハレムの女たちと似通った格好をしている。シルクのリボン数本を纏っただけと言ってもいい妖艶な姿は、かつてはレイクシアの秘宝と呼ばれていたその美貌と相まって、凄味さえ感じる美しさだ。

この女を手放したのは、さすがに惜しかったか。
そう思わせるくらいには、ルビーは美しかった。

レイクシアの秘宝ルビーはハレムの女のように天幕の中心で跪き、王を迎えるように俺を迎える。

「美しい。会いたかったか?」
「はい」

ルビーの声は初めて聞く固さで、寒さと恐怖に震えている。

愉快だ。
俺は今、アレス王子の名代として、レイクシアの偉大なる王と等しいすべてのものを与えられた。

神は俺を選んだ。
レイクシアの歴史の中にヴィクターという王の名を刻んだのだ。

「俺も会いたかった」

俺が優しく声を掛けると、ルビーは更に頭を低くしてからしなやかに立ち上がり、俺たちを席に誘った。
天幕に沿ってぐるりと配置された席には既に酒と料理が整えられており、ぽっかり空いた中心部には上質な絨毯が敷かれている。

ルビーは俺たち全員の酒を注ぐと中央の絨毯の上にしずしずと戻っていき、艶めかしい踊りを始めた。

ハレム育ちのルビーが、神に選ばれ世界を統べるに至った新たな王ヴィクターに自らを捧げようと、自身ができる精一杯の持て成しをしているのだ。
健気ではないか。

晴々としつつ愉快でもありながら、俺は微かな切なさを禁じ得ない。

かつて、ルビーは俺の婚約者であった女だ。
今〝罪の子〟である自身を心から恥じるに至ったレイクシアの秘宝は、俺の手で磨かれ、その輝きを取り戻したいと心の底から望んでいるのだろう。

レイクシア復活の礎として湖に沈める前に、女の幸せを教えてやってもいいかもしれない。そう強く望んでいたのを俺は忘れてはいなかった。

「……」

どの道、ルビーの半分はアスガルドの邪神に穢されている。
汚れた分を俺の恩情で浄めてやるのは、スカーレイを尊い生贄に作り直してやったのと同じように慈悲深い神の行為だ。

「……」

これ見よがしに敷かれた絨毯がその証ではないか?
あの下賤な呪われた男は、男として、同じ男である俺へと最適な提案をしたのではないか?

神が定め導いたこの酒宴であれば、その可能性は大きい。

逆に考えてもそうだ。

あの呪われた男はレイクシアの儀式の尊さが理解できない。
だから、レイクシアの〝狂信者〟がこれ以上〝忌まわしい生贄〟を求めないように、民を救うために……笑えるが民を救えると信じて、養女にした女を俺に差し出しているのだとも考えられる。

神に顔を背けられた愚かな人間というのは、何処までも馬鹿だ。
生きる価値もないような虫けらに息をさせ続けている神のなんと慈悲深いことか。

「……」

今、この足元の氷を踏み破り、湖の女神を目覚めさせたなら、エクリプティカなどという地獄は女神の腹に呑み込まれ消滅するだろう。

邪悪な時代が終わる。

この俺が、終わらせる。

「美しい……」
「楽園だぁ……」

俺にも楽園が見えた。

「──」

俺は唐突に正気を取り戻した。

何故、気づかなかったのだろう。
ルビーは俺を恐れると同時に、俺を恨んでいてもおかしくなかった。不遇な人生から救い出す救世主として現れ、婚約という形で愛の幻想を与え、それを取り上げたのだ。

俺からカイン・ガルムステットの手に渡り、神を謗る呪われた男を手玉に取り、俺に復讐したいと望んでも不思議ではない。

油断していたと気づいた時には酒をだいぶ飲んでいた。
同胞たちは酒に含まれた薬によって、美酒による心地よい酔いとは全く別の陶酔と恍惚に浸っている。
いみじくも俺だけが婚約関係にあったという情から必要以上にルビーの姿態に夢中になり、飲んだ酒の量が少なかったのだろう。

まさか。

邪神に穢された〝罪の子〟に、ここまでやるだけの頭があったとは。

「ルビー……貴様……!」

ルビーは妖艶に身を翻し、まるで空を滑るように、天幕の中を舞っている。
美しく彩られた指先が、その爪が、あまりにも長いことが唐突に目についた。今まで装身具の一つでしかなかった付け爪が剣と同じ威力があるかのように思えた。

俺は剣を抜いて立ち上がった。
幸い、俺の膝は何某かの怪しげな薬には勝利していた。

美しく舞うルビーが俺に冷たい一瞥を注ぐ。
真紅の瞳が、さも俺を侮蔑するかのように逸れた。

「ルビー!」

俺自身の怒鳴り声が異様なほど遠くから聞こえる。

その時、俺は最悪の可能性に行きついた。
自身の境遇が全て俺のせいだと逆恨みし、俺にだけ別の薬を盛ったのではないか?

例えば、痛覚を損なわせない為に。

この酒宴が俺を殺す為の罠だったとしたら───……
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