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ヴィクターの剣は真っ直ぐに私を狙い振り下ろされた。それは続いて薙ぎ払いになり、突き刺しになり、叩きつけになった。
私はそれらの全てを難なく躱した。自分の体に備わった俊敏さという意味で、私は自分を信頼していた。
それに、傷つけられても構わなかった。
私が息の根を止められなくても、エクリプティカ解放軍はレイクシアの残党を殲滅する。
「ふふ……っ」
笑いが洩れた。
復讐を成し遂げられるであろうという希望が、私を笑わせた。
「神よぉッ!!」
涎を垂らし、酷い顔つきでヴィクターが救いを叫ぶ。
今やヴィクターの仲間たちは、私とヴィクターが喜劇を演じていると思い込んでいるかのように笑い転げている。きっとヴィクターの剣の腕が意外な程しっかりしているからだろう。
それに、私が笑ったからだ。
みんな楽しそうに酒宴に興じている。
天幕がエクリプティカ解放軍に囲まれていないから安心したのだろう。
彼らは氷の下に身を潜ませているが、湖には女神が眠っていると信じて疑わないレイクシアの元貴族たちは、氷が繰り抜かれて空洞になることや、埋め立てる過程で地下通路じみた設備が整っていたことなど想像もできないのだろう。
私は踊りながらヴィクターの仲間の一人の膝に座った。
ハレムの下働きという時期があった私は、男の膝の上でどのように笑えばいいかを朧げに覚えていた。やってみると忌まわしくて寒気がした。
レイクシアの神というものに心酔しているはずの男は、裸同然の私にだらしない笑顔を見せながら、私目がけて振り下ろされたヴィクターの剣によって絶命した。
「ぎゃはははは!」
それさえ彼らにとっては喜劇らしい。
我を忘れたヴィクターは剣を振り回して私を追いかけてくる。
それと同時に私の正面で氷が割れ、養父の部下たちが俊敏に這い上がってくる。
ヴィクターは私を追いかけていて気付かない。
笑いながら踊る私に養父の部下たちは奇妙そうな目を向けたが、それは一瞬だけのことで、彼らは基本的に軍人だった。彼らは私の憎しみやスカーレイの恨みなどお構いなしにレイクシアの残党を始末し始めた。
私は笑うのをやめた。
台無しにされた気分で、足も止まった。とても踊れる気分ではなくなった。
「うあああああっ!!」
ヴィクターが私に襲い掛かる。
恐くはなかった。
私には、私に剣を振り下ろそうとするヴィクターを取り囲むエクリプティカ解放軍が五人見えていた。
私がお願いしたのだ。
私を囮に誘き出してヴィクターを殺して欲しいと。
私はただ、その場に立ち尽くしていた。
ヴィクターの剣は一人によって弾き飛ばされ、ヴィクターの膝が一人によって砕かれ、ヴィクターの体は二人によって刺し貫かれ、ヴィクターの首がもう一人によって────
「スノウ!!」
ジェイドの声が、突然、聞こえた。
「……」
私はヴィクターの生暖かい血を浴びていた。
その瞬間、私は感じたのだ。壮絶な哀しみと、安堵を。
私の罪はジェイドの目に晒されてしまう。
悲しい。私はもうジェイドには相応しくいない。
でも。
私は。
「スカーレイ様と同じ色になった」
私はそれらの全てを難なく躱した。自分の体に備わった俊敏さという意味で、私は自分を信頼していた。
それに、傷つけられても構わなかった。
私が息の根を止められなくても、エクリプティカ解放軍はレイクシアの残党を殲滅する。
「ふふ……っ」
笑いが洩れた。
復讐を成し遂げられるであろうという希望が、私を笑わせた。
「神よぉッ!!」
涎を垂らし、酷い顔つきでヴィクターが救いを叫ぶ。
今やヴィクターの仲間たちは、私とヴィクターが喜劇を演じていると思い込んでいるかのように笑い転げている。きっとヴィクターの剣の腕が意外な程しっかりしているからだろう。
それに、私が笑ったからだ。
みんな楽しそうに酒宴に興じている。
天幕がエクリプティカ解放軍に囲まれていないから安心したのだろう。
彼らは氷の下に身を潜ませているが、湖には女神が眠っていると信じて疑わないレイクシアの元貴族たちは、氷が繰り抜かれて空洞になることや、埋め立てる過程で地下通路じみた設備が整っていたことなど想像もできないのだろう。
私は踊りながらヴィクターの仲間の一人の膝に座った。
ハレムの下働きという時期があった私は、男の膝の上でどのように笑えばいいかを朧げに覚えていた。やってみると忌まわしくて寒気がした。
レイクシアの神というものに心酔しているはずの男は、裸同然の私にだらしない笑顔を見せながら、私目がけて振り下ろされたヴィクターの剣によって絶命した。
「ぎゃはははは!」
それさえ彼らにとっては喜劇らしい。
我を忘れたヴィクターは剣を振り回して私を追いかけてくる。
それと同時に私の正面で氷が割れ、養父の部下たちが俊敏に這い上がってくる。
ヴィクターは私を追いかけていて気付かない。
笑いながら踊る私に養父の部下たちは奇妙そうな目を向けたが、それは一瞬だけのことで、彼らは基本的に軍人だった。彼らは私の憎しみやスカーレイの恨みなどお構いなしにレイクシアの残党を始末し始めた。
私は笑うのをやめた。
台無しにされた気分で、足も止まった。とても踊れる気分ではなくなった。
「うあああああっ!!」
ヴィクターが私に襲い掛かる。
恐くはなかった。
私には、私に剣を振り下ろそうとするヴィクターを取り囲むエクリプティカ解放軍が五人見えていた。
私がお願いしたのだ。
私を囮に誘き出してヴィクターを殺して欲しいと。
私はただ、その場に立ち尽くしていた。
ヴィクターの剣は一人によって弾き飛ばされ、ヴィクターの膝が一人によって砕かれ、ヴィクターの体は二人によって刺し貫かれ、ヴィクターの首がもう一人によって────
「スノウ!!」
ジェイドの声が、突然、聞こえた。
「……」
私はヴィクターの生暖かい血を浴びていた。
その瞬間、私は感じたのだ。壮絶な哀しみと、安堵を。
私の罪はジェイドの目に晒されてしまう。
悲しい。私はもうジェイドには相応しくいない。
でも。
私は。
「スカーレイ様と同じ色になった」
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