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57(ジェイド)
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私は賭けに出た。
死を希う程の人生を、私が、スノウの代わりに深淵へと葬ったのだ。
騙し通せる自信があったわけではないが、希望は見出していた。スノウは純粋なのだ。更に傷つき疲れ果てた今、敢えて私を疑いはしないだろう。
更に、私には絶対的な切り札がある。
生き延び、心の整理がついたならば、知りたいはずだ。
彼女の行方を。
「……んん……、どう、されました……?」
「ジェイド……?」
「いったい、なにが……」
私は激痛を堪える男を演じつつ身を起こした。
スノウは怯えている。
「失礼。……大丈夫ですか?」
「あなた……」
「何が起きたのです……うっ!」
決定的な印象を植え付ける為に、ここで額をおさえ呻っておく。
「ジェイド!」
スノウが悲鳴を上げた。
私は記憶喪失を装うために、スノウが気を失っている僅かな間、自身の手で軽く頭部を傷つけておいた。スノウは驚愕し、恐怖している。
そう。
私は、落下するスノウを守る為に身を呈し、その衝撃で記憶を失った男。
ジェイド・セランデルではない男となった。
「それは……」
額を押さえつつ、必死で記憶を手繰るふりをする。
狼狽したスノウは泣いていることも忘れているらしく、滂沱の涙を流しながら息を震わせつつ私を覗き込んだ。
「ジェイド、覚えてないの……?」
「ジェイド?」
「そうよ……?」
「それは……それが、私の名前ですか?」
「ああ……っ」
スノウが顔を覆って泣き崩れた。
スノウは今、酷い罪悪感に打ちひしがれているだろう。
傷付けているのはわかっている。だが、死を希う彼女を生かす為、生きる選択をしてもらうためにはどうしても必要だった。
生き続ける理由が。
「すみません。少し……考えさせてください」
「ごめんなさい、ジェイド。私のせいよ」
嗚咽混じりにスノウが詫びる。
私の心も悲鳴を上げる。
だが、今は、どれだけ心に傷を負おうと肉体を生かし続けるべき時だ。
「ジェイド……!」
スノウの声とは思えないほど低くしゃがれた慟哭が、私の名を象る。
私が突発的にとった利己的な打開策でこれ以上スノウの心に傷を負わせるのは本望ではなかった。罪悪感より、使命感に気を取られてほしかった。
その為の芝居だ。
どこまで騙せるか、私は賭けに出る。
「何か、悪いことが起きたんですね……すみません、今、少し混乱していて……待ってください」
「私のせいよ……ごめんなさい……っ」
「いえいえ、落ち着いて。私はジェイドですね?すみませんが、今だけ教えてください。あなたは?」
スノウは首をふり慟哭しながら蹲ってしまった。
スノウが私を視界に収めていない間、私は密かに気合いを入れた。
いつまでも雪の中に座ってはいられない。
「寒いですね……冬なんですね。馬がいる……私の馬なんですね、きっと……何があったか、今はわかりませんが、とにかく、あなた寒いでしょう?中に入りましょう」
「!」
スノウが起き上がり硬直する。
それから辺りを見回し、さすがの軽い身のこなしで立ち上がると私の腕を掴んだ。
「立って」
「え?」
「お願い。隠れないといけないの」
「馬は?」
「……」
「では、逃げます?」
一瞬迷った後スノウは小刻みに頷いた。
「わかりました。うっ、よいしょ」
体が痛むふりも忘れない。
「ジェイド?」
私の負傷を心配しスノウが狼狽えた。私は笑顔で応じた。
「大丈夫ですよ。どうも、私の体は頑丈なようです」
「セランデル!」
怒号が轟き、この瞬間から私たちは逃亡者となった。
死を希う程の人生を、私が、スノウの代わりに深淵へと葬ったのだ。
騙し通せる自信があったわけではないが、希望は見出していた。スノウは純粋なのだ。更に傷つき疲れ果てた今、敢えて私を疑いはしないだろう。
更に、私には絶対的な切り札がある。
生き延び、心の整理がついたならば、知りたいはずだ。
彼女の行方を。
「……んん……、どう、されました……?」
「ジェイド……?」
「いったい、なにが……」
私は激痛を堪える男を演じつつ身を起こした。
スノウは怯えている。
「失礼。……大丈夫ですか?」
「あなた……」
「何が起きたのです……うっ!」
決定的な印象を植え付ける為に、ここで額をおさえ呻っておく。
「ジェイド!」
スノウが悲鳴を上げた。
私は記憶喪失を装うために、スノウが気を失っている僅かな間、自身の手で軽く頭部を傷つけておいた。スノウは驚愕し、恐怖している。
そう。
私は、落下するスノウを守る為に身を呈し、その衝撃で記憶を失った男。
ジェイド・セランデルではない男となった。
「それは……」
額を押さえつつ、必死で記憶を手繰るふりをする。
狼狽したスノウは泣いていることも忘れているらしく、滂沱の涙を流しながら息を震わせつつ私を覗き込んだ。
「ジェイド、覚えてないの……?」
「ジェイド?」
「そうよ……?」
「それは……それが、私の名前ですか?」
「ああ……っ」
スノウが顔を覆って泣き崩れた。
スノウは今、酷い罪悪感に打ちひしがれているだろう。
傷付けているのはわかっている。だが、死を希う彼女を生かす為、生きる選択をしてもらうためにはどうしても必要だった。
生き続ける理由が。
「すみません。少し……考えさせてください」
「ごめんなさい、ジェイド。私のせいよ」
嗚咽混じりにスノウが詫びる。
私の心も悲鳴を上げる。
だが、今は、どれだけ心に傷を負おうと肉体を生かし続けるべき時だ。
「ジェイド……!」
スノウの声とは思えないほど低くしゃがれた慟哭が、私の名を象る。
私が突発的にとった利己的な打開策でこれ以上スノウの心に傷を負わせるのは本望ではなかった。罪悪感より、使命感に気を取られてほしかった。
その為の芝居だ。
どこまで騙せるか、私は賭けに出る。
「何か、悪いことが起きたんですね……すみません、今、少し混乱していて……待ってください」
「私のせいよ……ごめんなさい……っ」
「いえいえ、落ち着いて。私はジェイドですね?すみませんが、今だけ教えてください。あなたは?」
スノウは首をふり慟哭しながら蹲ってしまった。
スノウが私を視界に収めていない間、私は密かに気合いを入れた。
いつまでも雪の中に座ってはいられない。
「寒いですね……冬なんですね。馬がいる……私の馬なんですね、きっと……何があったか、今はわかりませんが、とにかく、あなた寒いでしょう?中に入りましょう」
「!」
スノウが起き上がり硬直する。
それから辺りを見回し、さすがの軽い身のこなしで立ち上がると私の腕を掴んだ。
「立って」
「え?」
「お願い。隠れないといけないの」
「馬は?」
「……」
「では、逃げます?」
一瞬迷った後スノウは小刻みに頷いた。
「わかりました。うっ、よいしょ」
体が痛むふりも忘れない。
「ジェイド?」
私の負傷を心配しスノウが狼狽えた。私は笑顔で応じた。
「大丈夫ですよ。どうも、私の体は頑丈なようです」
「セランデル!」
怒号が轟き、この瞬間から私たちは逃亡者となった。
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