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落下した私を受け止めるという奇跡は、ジェイドに酷い怪我を負わせ記憶を失わせてしまった。それでもジェイドの人格そのものは変わらなかった。思えば当たり前かもしれない。

でも、私を忘れたなら、私はそれを知った瞬間にジェイドのもとを去ればよかったのだ。私は酷く混乱していてそれに気づかなかった。

現実的に二人とも捕らえられそうな状況に陥ると、ジェイドに誘われるまま逃亡する以外に選択肢はなかった。

ジェイドは穏やかな瞳で馬と短い挨拶を交わし、私を乗せ、背中から抱き込むように自身も馬に跨った。
それからは夢を見ているようだった。悪夢でも、良い夢でもない。現実味を徐々に与えてくれたのは、痛いほどの寒さと追い迫る怒号だった。

併しジェイドは頭を打った衝撃なのかさほどの緊迫感も見せなかった。巧みに馬を走らせて追手を巻いてしまった。記憶喪失ではあるものの、やはりジェイドは軍人なのだった。

極寒の冬のはずが雪がやみ、息もできないほどの寒さのはずがほとんど晩秋程度の厳しさしか感じられない。
私たちの逃亡を助けてくれたのと同じだけ、エクリプティカ解放軍の追跡も助けるだろう。

ジェイドはどうなってしまうのだろう。
もし捕らえられた時は、今度こそ、次こそは、せめて、私の身を呈してジェイドを守ろう。

そんなことを考えていた。

暫く馬で雪原を走っていると川に差し掛かった。

追跡は巻いていたが、橋の傍に貴族の馬車が停まっていた。最初それが視界に入った時、何かしらの事情があって移動していたものの橋に問題があり立ち往生しているのかもしれないなどと楽観的な考えが浮かんだ。

すぐそうではないと気づいた。

馬車から降り立った壮年の貴族が一人馬に跨りこちらに疾走してきた。

「ジェイド……!」

手綱を握るジェイドの手を思わず掴み、強く揺すった。
ジェイドは僅かに馬の足を緩め対峙する姿勢を見せた。その理由はすぐ私にもわかった。ジェイドが私と同じ理由だったとは思えない。でも、私は納得した。

夕陽が雪原を赤く染め始めていた。
だから、その瞳の色まではわからなかった。

ただその人物は口髭を蓄え目尻に皴が刻まれていたが、それでもジェイドとよく似ていた。
マーレエル伯爵だ。

「……」

最初、馬上で私たちは三人とも口を噤んでいた。
口火を切ったのはマーレエル伯爵だった。

「処刑命令が出たぞ」
「……はあ」

ジェイドに背中を預けている形の私から、ジェイドの表情は見えない。ジェイドははっきりしない返答をしてから言った。

「すみませんが、少し混乱していて。逃げるべきだと判断しましたが、私はやはり罪を犯した側の人間なのでしょうか?」

マーレエル伯爵は無言で三回頷いた。

「あなたは知り合いですか?何故か、妙に安心するのですが」

マーレエル伯爵は継続的に頷き続けながら懐から革袋を取り出し此方に投げる。そうしながら私の養父が敷いた包囲網について早口でジェイドに伝えた上で持論を述べた。

「わざわざ私に洩らすということは罠だろう」

政治や軍事のことがわからない私でもそう思った。

「ふむ。それは大変ですね」

ジェイドがやや呑気な口調で同意を示した。
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