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59(ジェイド)
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マーレエル伯爵と親子の会話を交わすのはこれが初めてだった。
それでも親子の会話と称するのが適切かどうか疑わしいとは自覚している。
だが私は今日、この瞬間、父親を理解した。
私たちはよく似ているのだ。私たちは為政者や契約より感情を優先する社会性の欠落した落伍者だった。だから父親マーレエル伯爵は私の母と恋愛し、私をこの世に送り出した。
私がスノウを愛するあまり軍人としての道を踏み外しているのを聞き及び、ついに自分の息子だという実感が湧いたのだろう。
同情か、親愛か。
定かではないが、私はマーレエル伯爵の中に策略が無いのを本能的に理解していた。
マーレエル伯爵が投げて寄こした重い革袋は全部で七つ。正直、これは重い。併し私の所持金は長い逃亡生活に耐えうるものではなかったので、有難かった。
私とスノウを捕らえる為の包囲網を告げたあと、マーレエル伯爵は自身の計画を告げた。マーレエル伯爵は既に三人の商人と話をつけ、二つの陸路と一つの海路を確保していた。考えることは同じらしい。
「信用できますか?」
「人質をとってある」
「そうですか。それでは、早めに済ませて解放しないといけませんね」
「そうだ」
マーレエル伯爵は不愛想だったが、私の逃走資金と逃走経路を確保した上で私の行動を的確に先読みしていた。若干の感動を覚えたが表に出すわけにはいかない。
「何故、ここまでしてくださるんです?」
一応、記憶喪失を装っているからには聞いておかなければならない。
マーレエル伯爵は無表情で瞬きしたが、それで私は、父親が息子の嘘に嘘と承知で付き合っている状態だと感じた。
「落ち着いたら自分の妻に聞けばいい」
素っ気ないこの言葉と同時に投げられた七つ目の革袋が、物量的に限界を迎えて落ちかける。するとスノウが私には真似できない柔軟性と俊敏性を発揮し、落下を防いだ。
「あ、ご、ごめんなさい」
何についての謝罪だったのか私にはわからなかった。
それより、マーレエル伯爵の言葉選びから私たち二人の未来を認めている気配が微かながらに感じられ、スノウの背中を守っている現状にやや陶酔した。
それは私の気のせいではなかった。
マーレエル伯爵は一瞬だけ穏やかな微笑を浮かべてスノウに告げた。
「遠くで幸せになりなさい。頭を打ったくらい、どうということはない」
スノウは返答に困っていたが、それはそうだろう。
私は無言のままマーレエル伯爵と視線を交わし、その短い沈黙を最後の挨拶として別れた。向こうがどう思っているかは想像の域を出ないが、私は不義の子でありながら父親に命を救われたという事実に、愛情と同じだけの安堵を感じていた。
私は不義の子として生きてきた。
存在を認められない命だという事実を受け入れてきた。
だが、違ったのだ。
非難される命だったのは事実だが、私は、人と人が愛しあって生まれてきた。
生かされるに値する命だった。
愛するスノウと共に生き延びること。
それが私が生まれた意味と信じることを、もう、身勝手と自責する必要はないだろう。
スノウがこれ以上、要らぬ傷を負わないように。
ただ抱きしめて愛を囁くだけでは足りない、単純に笑って生きていけるわけではない。それでも、この人生を共に歩んでいく。その人生を愛おしいと思える。
私は、幸せだ。
産み落とされたこと自体に感謝し、目頭が熱くなった。
私はスノウの華奢な体を庇いながら愛馬を走らせ、陸路で国外逃亡を果たした。そして遠くへ、遠くへと、旅を続けた。
それでも親子の会話と称するのが適切かどうか疑わしいとは自覚している。
だが私は今日、この瞬間、父親を理解した。
私たちはよく似ているのだ。私たちは為政者や契約より感情を優先する社会性の欠落した落伍者だった。だから父親マーレエル伯爵は私の母と恋愛し、私をこの世に送り出した。
私がスノウを愛するあまり軍人としての道を踏み外しているのを聞き及び、ついに自分の息子だという実感が湧いたのだろう。
同情か、親愛か。
定かではないが、私はマーレエル伯爵の中に策略が無いのを本能的に理解していた。
マーレエル伯爵が投げて寄こした重い革袋は全部で七つ。正直、これは重い。併し私の所持金は長い逃亡生活に耐えうるものではなかったので、有難かった。
私とスノウを捕らえる為の包囲網を告げたあと、マーレエル伯爵は自身の計画を告げた。マーレエル伯爵は既に三人の商人と話をつけ、二つの陸路と一つの海路を確保していた。考えることは同じらしい。
「信用できますか?」
「人質をとってある」
「そうですか。それでは、早めに済ませて解放しないといけませんね」
「そうだ」
マーレエル伯爵は不愛想だったが、私の逃走資金と逃走経路を確保した上で私の行動を的確に先読みしていた。若干の感動を覚えたが表に出すわけにはいかない。
「何故、ここまでしてくださるんです?」
一応、記憶喪失を装っているからには聞いておかなければならない。
マーレエル伯爵は無表情で瞬きしたが、それで私は、父親が息子の嘘に嘘と承知で付き合っている状態だと感じた。
「落ち着いたら自分の妻に聞けばいい」
素っ気ないこの言葉と同時に投げられた七つ目の革袋が、物量的に限界を迎えて落ちかける。するとスノウが私には真似できない柔軟性と俊敏性を発揮し、落下を防いだ。
「あ、ご、ごめんなさい」
何についての謝罪だったのか私にはわからなかった。
それより、マーレエル伯爵の言葉選びから私たち二人の未来を認めている気配が微かながらに感じられ、スノウの背中を守っている現状にやや陶酔した。
それは私の気のせいではなかった。
マーレエル伯爵は一瞬だけ穏やかな微笑を浮かべてスノウに告げた。
「遠くで幸せになりなさい。頭を打ったくらい、どうということはない」
スノウは返答に困っていたが、それはそうだろう。
私は無言のままマーレエル伯爵と視線を交わし、その短い沈黙を最後の挨拶として別れた。向こうがどう思っているかは想像の域を出ないが、私は不義の子でありながら父親に命を救われたという事実に、愛情と同じだけの安堵を感じていた。
私は不義の子として生きてきた。
存在を認められない命だという事実を受け入れてきた。
だが、違ったのだ。
非難される命だったのは事実だが、私は、人と人が愛しあって生まれてきた。
生かされるに値する命だった。
愛するスノウと共に生き延びること。
それが私が生まれた意味と信じることを、もう、身勝手と自責する必要はないだろう。
スノウがこれ以上、要らぬ傷を負わないように。
ただ抱きしめて愛を囁くだけでは足りない、単純に笑って生きていけるわけではない。それでも、この人生を共に歩んでいく。その人生を愛おしいと思える。
私は、幸せだ。
産み落とされたこと自体に感謝し、目頭が熱くなった。
私はスノウの華奢な体を庇いながら愛馬を走らせ、陸路で国外逃亡を果たした。そして遠くへ、遠くへと、旅を続けた。
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