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60(カイン)

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マーレエル伯爵が幽閉先から奪還されたという報せと同時に、少年騎士団の団長を含む八人の義勇軍を粛清したという報せが届いた。

マーレエル伯爵には元軍人で誘拐犯となった非嫡出子ジェイド・セランデルの逃亡を助けた疑いがあったが、焼死体が提出されていることから処刑反対派に擁護され、幽閉という形で生き延びていたのだ。救出したのは無論、義勇軍を名乗る国賊共だ。

雪が解けた途端、奴らは動き出した。

二度の宗教戦争は敵対する狂信者たちを争わせる形で民を救い出す尊い戦いだった。一度目は感謝されたが、二度目はそうではなかった。
薄情な民たちは私を独裁者と呼んだ。

養女に迎えたスノウを邸宅内に幽閉したのは非人道的だと?
笑わせるな。
お前たちが〝罪の子〟と呼び迫害してきた女だ。私は多くを与えた。役割を終えた後も生かしてやった。それはあの美しい偶像の中に人の血が流れているからだ。

だが、神への妄想が凝縮された血だ。
スノウ。ルビー。
悍ましい女だった。

覚えている。

瞼の裏に焼き付いている。

ミアが絶叫し、肉が裂かれ、血が噴き出すその瞬間に、あの女は恍惚と笑っていた。
自らが選んだ生贄の血を浴びて陶酔する紅の瞳の女。全て赤く染まった、あの女の声を覚えている。

母親の生き写しだった。
これが、最後の神の呪いだ。

血を求め堕ちていくスノウを見ていると愉快だった。

何処に逃げようとあの紅い瞳が血を求めるだろう。私が手を下さなくとも、誰かが、復讐する。
セランデルがスノウを連れ逃げ延びたとしても、待っているのは血祭。破局と慟哭。必ずそうなるだろう。その為に私がこの手で壊してやったのだから。

そう。

この手で、レイクシアの狂信者共をこの世から消し去った。
満足だ。

「カイン。もう終わりだ」

エクブロムがかつてのように、友であった頃のように、私に語り掛ける。

「私は神の呪いから民を解放した。……英雄になりたかったわけじゃない」
「わかっている」

かつての友の手には小瓶がある。

「疲れただろう。もう、休んだらどうだ?」

私に敗北を認めさせ、静かな眠りへと誘おうとしているのだ。

エクリプティカ解放軍は私が育て上げた完璧な私兵となるはずだった。二十三年かかった。私の計画に狂いはない。そう信じて突き進んだ。

だが綻びが生じていた。
無論、あり得ないことなどと甘い考えは持っていなかった。

併しパウラの憐れみと呆れが混ざった冷たい眼差しを受けた瞬間から、何か嫌な予感がしていた。私は気付かないふりをし、目を背け、己の夢を追い続けた。

カイン・ガルムステットは神殺しの独裁者。
民を惑わし支配する敵として、私は今や、愛しい民に死を望まれている。

義勇軍を率いるのは、名もなきかつての英雄。
私の影に身を潜め、友と家族を愛し歴史の表舞台から退いたアイザック・ロヴネルだった。だからエクブロムは私の引き際を示唆したのだ。

アイザックが手塩に掛け育てあげた、少年騎士団の騎士団長。
その命を私の私兵が奪ったと聞いた時、ミアの声が聞こえた。

兄さん。
兄さん──と。

私は誘われている気配を認めざるを得ない気持ちになりはしたが、それは疲弊したわけではない。

私は復讐をやり遂げた。
併し、パウラの言う通り、民を巻き込んでしまった。

私はあの幼い日に見たアスガルド教団と同じ方法で、悲願を達成していたのだ。

でも、仕方ないではないか。
それしか方法を知らない。

だが、他者に理解しろと強いるのも到底無理な話だとわかっている。

奪われた者は、奪った者へ、情けなどかけない。
よく知っている。

「攻め込まれたのか」
「そうだ」

けたたましい乱闘の音が、怒号が、皮膚を這う虫のように私に迫っていた。
恐れも悔いもない。

私は至って健康だったが、逃げも隠れもせず、時を待っている。

エクブロムは私の足元に小瓶を置くと静かに去って行った。
私は血塗れのミアではなく、無邪気な笑顔を思い出し微笑んでいた。

やがて執務室の扉が破られ義勇軍が突入してきた。
先頭を切る男は知らない。十八人中、五人目にルーカスがいた。出会った頃のアイザックによく似ている。

私は今や、ルーカスの友の命を奪った男なのだ。

かつて私は義勇軍を率いて民を救った。
私を取り囲む男達が英雄であることを、私は誰よりもよく知っていた。

「カイン・ガルムステット、あなたは人道に対する罪を犯しました。あなたの命令で数多の尊い命が失われました。また、あなたは権力を乱用しこの国を破滅させました。国軍及び国庫を私物化し、多くの民を苦しめました。あなたの支配は終わりました。あなたは民の意志によって裁かれなければなりません」

抵抗は死を意味する。

「あなたは逮捕されます」

私は彼らを歓迎する。
民を愛し、守り、救う、英雄たちを誇らしく思う。

その勝利を見届けたい。

私は心からの笑みで彼らを迎え、両手を広げた。
ルーカスの瞳に宿る義憤を見つめながら。

満足だ。

国は栄え、民は幸いを得るだろう。
その名を知る必要は、もうない。
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