その悲劇、大嘘ですよね?元婚約者の私に慰めてもらえるとでも?

希猫 ゆうみ

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ふいに強く抱きしめられ、私は一瞬だけ頭が真っ白になった。

「そなたが過ぎたことだと申すならば、もういい」
「サヘル様……」

サヘル王子の声は切なそうに震えている。
思いがけず顔を埋めたその広い胸は、熱く脈動し、とくん、とくん……と私に鼓動を伝えてくる。

あたたかい。

「……」

熱い。

頬が燃えるように熱い。

「!」

私はサヘル王子の腕の中で身を強張らせた。
全身が熱く燃えあがるようだった。けれどもそれはあまりにも優しい浮遊感と甘い高揚感に満たされた熱であり、私をすぐさま蕩けさせた。

私もサヘル王子の背中に腕を回した。抱き返すと、不思議と体の緊張がほぐれていく。
あたたかく甘い抱擁だった。

そして、許されない抱擁。

「……お役目に、背いてしまったでしょうか……」

腕の中で僅かに身動ぎして問いかける。
見上げようとした私は、頭ごと、サヘル王子の大きな掌に包まれるようにして胸元に抱え直されてしまった。

私を罪から守る為にそうしたのかと一瞬だけ恐れが芽生えたけれど、サヘル王子は私を更に強く抱きしめて胸を弾ませ高らかに言ってくれたのだった。

「まさか!シンシア!ずっと、ずっと、そなたを抱きしめたいと思っていた……!」
「サヘル様……」
「二人を縛る掟などない!妹も応援している!」
「え!?」

私は勢いでサヘル王子の分厚い体を押し返した。
見つめ合うと、サヘル王子の瞳はきらきらと輝いて、私を見つめ揺れている。

そして、はにかむような笑顔。

初めて対峙した時は怜悧な印象を受けたレミア姫の護衛役、厳格な宗教国家イゥツェル神教国の第二王子サヘル殿下。
それなのに今ではこんなにも打ち解けて少年のような笑顔を見せてくれるなんて……思ってもいなかった。

私を見つめる溌溂としてあたたかな笑顔。
私も、この恋に何の恐れも要らないと信じられる。

唯一で最大の気掛りとなるレミア姫の心証も、憂い悩む間もなく解消されてしまった。サヘル王子が此処で嘘をつく理由が考えられない。

互いに口に出さず密かに惹かれ合う私たちを、やはり一番間近で見ていた人だ。咎めるのも、戒めるのも、こうなる前にできた人だ。

レミア様……
レミア様も、応援してくれている恋なら……

「サヘル様、私……」
「何も言うな」

サヘル王子が再び私を抱きしめた。
胸に耳を当てて高鳴る鼓動を聞いていると、嬉しくてたまらなくなる。

サヘル王子の大きな手が私の背中を優しく撫でた。

「否、やはりそなたの口から聞かせて欲しい。先に言おう。シンシア、初めて会ったその日からそなたに惹かれていた。そなたは月の女神テミヴラの如く俺を照らし、癒してくれた。微笑み、声、月夜の清らかな香りのように、そなたは俺を包んでいた」
「サヘル様……」
「そなたに夢中なのだ」

ロマンチックな告白にうっとりと聞き入ってしまう。

厳格な宗教観によって育まれた精神を持つサヘル王子が、私を月の女神にたとえてくれた。それは言葉では言い表せないほどの名誉だ。

「好きだ。愛している」
「……!」

秘かに心惹かれていた人からの熱烈な愛の言葉というだけでも胸が一杯なのに、それぞれ好意を表す別の言葉を理解して用いてくれたのだと思うと感動までこみ上げる。

私はサヘル王子に強くしがみつくような抱擁を返してから、再びそっと体を押し返し、腕の中で彼を見上げた。

「サヘル様、あなたは、太陽のように力強く、優しい方です……それと同時に、太陽の下で燥ぐ獅子の仔のように勇敢さを秘めた無邪気な清らかさが、とても、可愛らしい……」

想いのままにつらつらと言葉を紡いだせいで聴き取り難かったのか、意味を判断し難かったのかわからないけれど、サヘル王子の眉が何かを耐えるようにぴくりと動いた。

せっかくの愛の始まりを台無しにしたくない。

私はサヘル王子の目を見つめ、はっきりと告白した。

「〝サヘル様、お慕いしております〟」
「……っ」
「〝私たちを繋ぐ想いがもっと大きく育まれていくのなら、この上ないしあわ〟────」

熱い口づけに声を奪われる。
初めてのキスは甘く熱く、忽ち私を溶かしていく。

サヘル王子が私の頬を愛しそうに撫でた。
それからはもう、言葉は意味を成さなかった。
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