その悲劇、大嘘ですよね?元婚約者の私に慰めてもらえるとでも?

希猫 ゆうみ

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「我が子と添い寝している間に、そんな面白い事件が……」

ファロン王子が若干の悔しさを隠さずに言った。
夕食後の団欒の席でのことである。

「ん、ば、だ」
「ヒューソン伯爵家に連帯責任がないことを誰か早急に伝えてあげてほしいわ」

レミア姫はオーティス・ティウ王子をあやしている。

「ただでさえ私の輿入れを優先してもらって大切な結婚式を延期させてしまったのよ。これ以上お二人の婚礼にケチをつけるのはよくないわ。愚妹は今や愚妻でヒューソン伯爵家とはもう関係ない人だもの。でも善良なヒューソン伯爵は気にしてしまうでしょう?」
「だろうなぁ」
「ファロン、上手くやっておいて」
「わかった」

夫婦の力関係は歴然である。

「ちょっとダルネル卿と話してくるよ」

ファロン王子が腰を上げた。
レミア姫はオーティス・ティウ王子をあやしながら親密な信頼の篭った眼差しで夫ファロン王子を見上げる。

「早く戻って来てね」

早く家族水入らずで過ごしたいという意味と共に、早期解決する能力があると期待しているという意味でもあると思われた。

ファロン王子がオーティス・ティウ王子の薄い頭を指先で撫でてから退室すると、レミア姫が赤子を抱いたままあどけない笑顔で私を見て言った。

「これで私もビビアンのお芝居に登場できるかしら?」

気持ちは理解できる。
私も、私の役が端役とはいえ特別扱いで登場しただけでとてつもない高揚感を得た。

「どうでしょう。宮廷お抱えの劇団と言っても彼らの半数は特別な才能を持って生まれた平民です。歴史的な異国間の結婚でお迎えした姫君の役を務めるのは、劇中で一番勇気が要るのではないでしょうか」

団長の心労も膨れ上がりそうで気がかりだ。
レミア姫は複数のデザートを選ぶときのような嬉しそうな思案顔をしてから頷いた。

「そう。ファロンに言ってもらうわ。私も出たいって」
「え……レミア様ご自身が……?」
「そうしたいけれど、それは公私混同というものでしょう。私は背が低いから、最年少の娘にやってもらうのはどう?四才から八才くらいの」

どうしても登場させたいらしい。

「早く喜劇にしてしまわなければ、ビビアンが気に病んでしまうわよ」

口実のようでいてそれは確かにそうだった。

「シンシアの元婚約者は愚かだけれど領主としては悪人ではないでしょう。思い詰めて自害などされたら地獄へ落ちてしまうから、笑い者にして長く生殺しにしている間に改心させましょう。度々宮廷で話題になれば、理想的な省み方に自ずと気づくはずよ」
「〝併し、女の方は延々と増長するでしょう〟」

サヘル王子が自国の言葉でレミア姫に意見を述べる。
レミア姫はあくまで私に向けて、嫁ぎ先であるレロヴァス王国を尊重する意味も込めて、ずっとレロヴァス王国の言葉で話している。

あっけらかんと笑ってレミア姫が答えた。

「平気よ。あれはもう呪ったから」
「……」
「……」

私とサヘル王子は同時に言葉を失い、どちらともなく顔を見合わせた。
そして──

「しまった!」
「大変!」

同時に跳ねるようにして腰を上げる。
そして手に手を取り合って駆け出した。

廊下を走る私たちにレミア姫が可愛い声を掛け続ける。

「もう遅いわよー!何時間も経ってるのよー!」

うっかり失念していた。
賓客カシュミラ姫はイゥツェル神教国の加護を担う程の人物なのだ。夜は一人で静かな時間を過ごすという意味かと思っていたけれど、違う。

サヘル王子と共に駆け込んだ最上級の客室の中で、果たして、カシュミラ姫はしっかり呪いの儀式を実行していた。
私はそっと宝具の幾つかをずらしてからサヘル王子に目で訴え、呪詛を止めてもらったけれど、その後のラムリー伯爵家の顛末を思うとやはり呪いの効力を疑わずにはいられない。

レミア姫は笑い話になるようにと努めてくれたものの、事態を重く見た国王陛下によりラムリー伯爵家は爵位返上を促され、若き伯爵は国王の意思に従った。

あくまで自身の意思で爵位を返上した形になったパトリックにはある程度の恩情が集まり、喜歌劇の影響もあってあちこちの貴族が代わる代わる食客として養いもてなしていたけれど、次第にその風潮も収まっていき、やがて下級貴族の家庭教師に落ち着いた。

リリアナは義父によって女子修道院に入れられたものの奇行を繰り返し、度々悪魔祓いの儀式で教会を疲弊させているらしい。
ヒューソン伯爵家には批判と同情が同じだけ集まり、ダルネル卿とビビアンに対する宮廷の人気と相殺され、やがて人気が批判を凌駕した。

因みに国王陛下は平民となっても尚パトリックとリリアナの離婚を認めないと公言している。
パトリックが教会からリリアナを引き取るよう命じられているらしいという噂を耳にした私は、二人が正しい人生に立ち返れるよう祈りつつ、自身の結婚準備に臨んでいる。

私は自分が薄情とは思わない。
歴史は絶え間なく流れ続ける。私たちはその短い一瞬、人生が交わったに過ぎない。

荘厳であり、奇妙であり、愛らしくもあり、ちょっと可笑しくもある、歴史的なイゥツェル神教国王家との縁談。
そこに少しの花を添えた脇役に過ぎないのだ。

私も、彼らも。

只一つ確かなことは、巡り会えた愛する人と真摯に向き合う。
それが人間一人に与えられた掛け替えのない人生だということだろう。そこには脇役も主役もない。

ただ愛があるだけである。

宮廷騎士師団長メイウェザー伯爵令息ダルネル卿とヒューソン伯爵令嬢ビビアンの結婚式が、王宮礼拝堂にて大々的に執り行われた。
その宴の席でサヘル王子と私の婚約が公的に発表され、翌月、私は花嫁となるのだった。
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