その悲劇、大嘘ですよね?元婚約者の私に慰めてもらえるとでも?

希猫 ゆうみ

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32(最終話)

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私がかつて夢見ていた結婚式は、職務に差し障りのない程度の休暇を貰い、厳粛且つ迅速に執り行うものだった。
可能であれば格式の高い厳格な教会で、身内だけの少ない参列者に見守られ、静けさの中に鐘の音だけが響き渡るような、ひっそりとした節目を夢見ていた。

今、空を揺らすような高らかな鐘の音が重なり、花びらが舞い散る中、多くの祝福を受け私は歩いている。

夫となったサヘル王子と腕を組み、この身ひとつでは抱えきれない程の喜びに震えながら。

ついさっきバージンロードを歩いて辿り着いた伴侶の姿は、見慣れないレロヴァス王国風の花婿姿。共にこの日を喜びながらも、サヘル王子のはにかんだ笑顔が特別愛しく目に映った。

短期間で三回続いた王宮礼拝堂での結婚式の締めくくりとなったこの結婚式には、謂わば共に祝いあったよく知った顔が集っている。
共に何かを成し遂げたかのような達成感や連帯感が生まれていた。

私の結婚は、かつて私が夢見た結婚式とは真逆のものになっている。
けれど私一人で描いた夢より力強く現実的であり、喜びと輝きに満ち溢れている。

喜びも、幸せも、一人では叶えられない領域がある。
私が踏みしめる一歩一歩に、幾つもの人生が絡み合い、交わり合っている。

一人で生きているのではない。
人と人が繋がり愛し合う意味を実感できるからこそ、結婚式はこんなにも美しく祝福に満ちている。

祝福する側ではわからなかった幸せの意味が今、私の目を開かせていた。

世界はまるで違って見える。
昨日までと同じ愛すべき人生が色を増し続いていくだけなのだ。愛を知り、人は少しずつ変わっていくのだろう。

「おめでとうございます!」
「おめでとう、シンシア!」

祝福の声の中にレミア姫の可愛らしくも力強い声が混じる。

「おめでとうございます!」
「お似合いですぞ、サヘル殿下!」
「お幸せに!!」

祝福の声の中に、初めて披露されたレロヴァス王国風の姿のサヘル王子を讃える大臣の声が混じる。

サヘル王子が私に耳打ちした。

「俺はそなたに似合うようだ」
「〝そのようですね〟」

私は意味をわかっていながら囁き返し、見慣れない格好のサヘル王子にまた見惚れときめく。

「俺にはそなたしかいない」
「〝はい〟」
「そなたの口からも言ってくれ」
「〝私のただ一人のあなた。サヘル様、愛しています〟」
「ああ、愛している。シンシア。愛している……」

見つめ合うサヘル王子の瞳が熱く潤んだ矢先、視界の隅にイゥツェル神教国の国王夫妻がすっと入り込み私を熱く見つめた。

「〝サヘル様、陛下が〟」
「ぬ?」
「おめれどうおじゃります、シンソア!息子をちゃのみます!」
「ありじゃどうおじゃります、ソンスァ!サヘルをお好きにやっておじゃりゃす!」

感動と熱い親愛に返す言葉を失ってしまう。

国王夫妻はレロヴァス王国の外交姿勢に友好関係を結ぶ決断を下した時、同時に、初めて外国語を学ぶ決意をしたという。
末子の姫君であるレミア姫がファロン王子への恋心も手伝って誰よりも早く正確にレロヴァス王国の言葉を習得したのとは反対に、国王夫妻は公務と祭祀に外交が加わり長く通訳が意思疎通の要となっていた。

それはレロヴァス王国も同じことであり、王族の中では外交を率いたクラリス王女と同行したファロン王子以外はそこまでイゥツェル神教国の言葉を話せない。

ファロン王子とレミア姫の結婚では、やはり祭祀を司る姫君を嫁がせるとあって結婚式そのものが祭祀のひとつと考えられ厳粛な態度は崩れなかった。

イゥツェル神教国の国王夫妻が人の親の顔を見せてくれたのは、これが初めてだったのだ。
その上、慣れない外国語で私に直接語り掛けてくれた。
私の義理の父となる人が、義理の母となる人が、私に思いを伝えてくれた。

嬉しかった。

私はサヘル王子の腕から離れ駆け寄ると、身を低く頭を垂れ、レロヴァス王国風ではなくイゥツェル神教国風の御辞儀をした。
義理の娘として最初の誓いを立てる。

「〝至らないですが生涯サヘル様を愛し敬い支え続けるとお誓いします〟」
「ああっ、シンソア!ありがっちょ!」
「ソンスァ!ありじゃどう……ありじゃどう!」

婚約期間、レミア姫を交えた話し合いの末、サヘル王子は王位継承権を保ったままクレイン伯爵家へ婿入りすることが正式に決まった。

私たち夫婦はレロヴァス王国に嫁いできたレミア姫に生涯仕える為、第二王子の故郷であるイゥツェル神教国には居を移さずレロヴァス王国に永住する。

とりわけレミア姫が重視したのは、私がイゥツェル神教国の王家に嫁ぎ娘を産んだ場合、私の娘は祭祀を司る巫女にならなければならないという掟だった。

レロヴァス王国の貴族の血を引く娘が強制的にイゥツェル神教国の聖職者とされ厳しい掟に縛られる人生は、本人がそう望まない限り、押し付けるのは酷だというレミア姫の配慮が決定打となったのだ。
ファロン王子とレミア姫の国際結婚には、私の知らない壮絶な物語や葛藤が秘められているのかもしれない。

サヘル王子が真後ろに立ち、私の肩をそっと掴み姿勢を直すように促した。

「〝母上アキュラ様、父上、恐れながら申し上げますが、シンシアです〟」
「〝おお、サヘル!お前には勿体ない伴侶だぞ。シンソアに生涯よく仕えるように〟」
「〝ソンスァを悲しませるようなことをしたならば、息子よ、安らかには眠らせぬぞ〟」

レミア姫の片鱗を見て、また嬉しさが膨らんだ。

「〝陛下。私の前ではどうぞイゥツェル神教国のお言葉でお話しください〟」

サヘル王子の妻となっただけでなく、本来レミア姫の侍女である私には、此方の言葉を使う気遣いは無用と伝えたつもりだった。
しかし義母アキュラ王妃は目を丸くして唐突にサヘル王子の腕を叩いた。

「〝ソンスァにいつまで気を遣わせるつもりなのだ。息子よ、愛しているならばありのままの言葉を聞くがよい〟」
「……」

サヘル王子と私はどちらともなく互いを見つめた。

確かに私たちは互いを思うあまりつい相手の国の言葉で話しがちだ。
それができるからこその敬意の表し方であり、一欠けらの迷いもなかった。恐らくはサヘル王子もそうだろう。

けれど言われてみて初めて、ありのまま気兼ねなしに自国の言葉を話している時のサヘル王子の声や表情を思い出し、特別愛おしく感じた。

私に合わせて私の為にレロヴァス王国の言葉で話すサヘル王子も愛しく、其々の魅力がある。
比べられない。同じ人物なのだから比べようはない。

それでも、ありのままの姿は、特別愛おしい。

私の言葉ではなく、あなたの言葉で……

同じ気持ちに誘われ、私たちはまた祝福の中へと歩き出す。
そして誓いあった愛が永遠であるようにという祈りと祝福を抱く人々の視線を浴びながら、互いにしか聞こえない声で愛を囁いた。

「愛しています、サヘル様」
「〝シンシア、愛している。永遠に〟」

ああ、本当だ……
ありのままのサヘル王子は、やはり特別愛おしい。

同じ気持ちを抱いたのだろう。サヘル王子も嬉しそうに笑った。
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みんなの感想(65件)

miyabi
2024.04.25 miyabi
ネタバレ含む
2024.04.25 希猫 ゆうみ

ご感想ありがとうございます!
完結済の作品でお楽しみ頂けてとても嬉しいです!

シンシアの爆発的に可愛い魅力を感じて頂けたことも、とてもとても嬉しいです❤
この物語は明るいので、ぜひハッピーエンドまで一直線でお楽しみいただけましたら幸いです。

解除
かずさ
2024.01.31 かずさ
ネタバレ含む
2024.01.31 希猫 ゆうみ

ああ……っ、マスクを……!
す、すみません…!!

きっと、優しい電車の民が、冬だから咳き込まれただけだと思って健康を願ってくれたと思います。大丈夫です。
よきかなよきかな。

解除
かずさ
2024.01.31 かずさ
ネタバレ含む
2024.01.31 希猫 ゆうみ

ご感想ありがとうございます!
渾身の16からの17は私も深い思い入れがありますので、笑って頂けてとてもとても嬉しいです。
電車で……すみません……
結構ダークな展開も他の作品では書いてしまうのですが、こちらではこのままの気分でお楽しみ頂けるはずなのでご安心ください😊
拙い物語ですが、ハッピーエンドまでお楽しみ頂けたら幸いです。

解除

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