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6(ソレーヌ)

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ガイウスがヴェロニカを見ている。
優しい眼差しには、父親のような、愛情が篭っている。

ヴェロニカを通して、ガイウスは私とは望めない未来を見ている。
ヴェロニカさえ現れなければ、ガイウスは私と二人きりの未来を見続けていたはずなのに。

私はフェラレーゼ伯爵家の跡継ぎを産むことができない。

だけど、そう。
ヴェロニカならばできるだろう。

どんな男の胤でも宿し、どんな可愛い子も産むだろう。
誰からも愛され、誰からも歓迎され、誰からも祝福されるだろう。

「ガイウス」
「うん?」

きっと可愛い、ガイウスそっくりな男の子も、産めるだろう。

「先日のパーティーで、跡継ぎのことを言われたと話したでしょう?」
「ああ、その話か。気にしなくていい。親戚はたくさんいるのだから、私たちは自由を謳歌しよう」

自由……

「でも」

あなたの自由を奪った鎖こそ、この私だから……

「直系の跡継ぎを残せないのは、ガイウス、あなたにとってやはり不幸よ」
「ソレーヌ」
「私はあなたを不幸にする妻のままではいられない」

ガイウスが真剣な表情で私を抱きしめた。
だが、正直なところ腕力では未だ負けない自信はある。

私はガイウスの健康的で分厚い体を押し返し、真剣に見つめ返した。

「私の人生が、私から子を産む力を奪ったのは事実よ」
「ソレーヌ。あなたが責任を感じることでは──」
「あなたの妻として真剣に跡継ぎのことを考えたいの」
「気持ちは嬉しい。だが、あなたは」
「私には産めない」
「それは罪でも落ち度でもない」
「自分の弱さから逃げている間に、敵は力を蓄えるものよ。ガイウス」

そこでガイウスは少し怒ったような顔になり、私の目を覗き込んだ。

「別れない」

低く宣言すると、私の返事を待たず、熱いキスで私の口を封じる。

「……」

甘い、必死なキス。
生きていることの証明のような、キス。

それが私に相応しいキス?

ヴェロニカとだったら、もっと熱く盛り上がる?

「……ソレーヌ。愛している」
「わかってる。私も、あなたを愛してる。だから言うの」
「ソレーヌ」



「ヴェロニカに子どもを産んでもらいましょう」



暫く、時が止まったようだった。
一瞬と呼ぶには長すぎる沈黙が、この先、どう展開していくのか、私は見極めようとしていた。

やがてガイウスが焦ったように頭を振った。

「なにもないよ」

私がヴェロニカとの仲を疑ってそう言ったと思ったようだ。
だが私は誤解などしていない。

「わかってる。ヴェロニカとあなたに何かあるとは思っていないの」

ないものを作ってほしいの。

「それじゃあ、どうして」
「誰よりも信頼できるからよ。ヴェロニカは信頼できる」
「……ああ、それは、確かにそうだが」

ガイウスは混乱しているようだ。
私は年下の夫の可愛さに胸打たれ、大きな手を握り込んで、勇気付けるように揺すった。

「あなたの愛を疑ったりしない。でも、私にはあなたの子が産めないのよ。だから、この世界で誰よりも信頼できるヴェロニカに託したいの。お願いしたいのよ、あなたの子どもを、一人でいいから、この世に生み出してほしいって」
「ソレーヌ……できないよ」
「そうかしら。ヴェロニカにはできない?」
「私ができないんだ!あなたを愛している!それに、ヴェロニカは年の離れた妹か、姪みたいな存在で、私にとってそういう対象ではないよ」
「目を瞑って、私だと思って抱いて」
「……」

ガイウスが言葉を失った。
正に呆然自失といった様子で私の前に佇む。

併しそれもほんの数秒だった。

ガイウスは辛そうに息をひきつらせたかと思うと、厳しく頭を振り、それまでの混乱が嘘のように明確に言葉を紡いだ。

「ヴェロニカの人生に疵を残すことになる。できないよ」
「私の傷に比べれば小さなものよ」
「ソレーヌ……どうしたんだ」
「妻の私が認めるの。何も問題はないでしょう」
「疲れているんだ。ソレーヌ、少し休んだ方がいい」
「これほど穏やかな日々を送るのは初めてよ、ガイウス」
「そのせいかもしれない。女傑のあなたに、田舎の伯爵夫人は暇すぎたのかもしれないね。そうだ。今から遠乗りでもしよう。競争だ」

ガイウスは笑い話にしようと努めたようだった。
私はゆっくりと頭をふり、ガイウスの目を覗き込んだ。

「私は血も能力も、その資格を持たない伯爵夫人です。それでも、果たすべき責任はわかります。私はその責任を果たしたい。あなたの子を、フェラレーゼ伯爵家の跡継ぎを、信頼できる母親に託したいの」
「ソレーヌ」
「あなたの為に」

抱きしめられる前に、抱きしめる。

純粋な心を持ったまま大人になった可愛い夫に、大人の覚悟を、教える為に。
血に濡れた私が、命を奪った私が、血を流すことも命の扱い方も教えてあげるのだ。

「私以外の誰かにお願いするしか、方法はないのよ」
「ソレーヌ。跡継ぎは大勢いる親戚から……」
「必要ない。あなたの子孫を残せるの。あなたの代で血を途絶えさせなくていいのよ、ガイウス」

想像して、と。
私は囁いた。

「ヴェロニカが産んだあなたの子は、きっと、可愛いでしょうね」
「…………」

ガイウスは何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。

私はガイウスの背中を撫でた。
その迷いが断ち切られるように。弱い心が、強く、育つように。

「父親になって。フェラレーゼ伯爵」

そっと、そっと。
丁寧に、確かに、囁き続ける。

いつかそうやって愛馬の鬣を撫でていた……そんな夜を思い出した。
あの日、隣にいた男の熱を思い出さないように、いつしか私は必死でガイウスに縋りついていた。
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