はい、私がヴェロニカです。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
6 / 28

6(ソレーヌ)

しおりを挟む
ガイウスがヴェロニカを見ている。
優しい眼差しには、父親のような、愛情が篭っている。

ヴェロニカを通して、ガイウスは私とは望めない未来を見ている。
ヴェロニカさえ現れなければ、ガイウスは私と二人きりの未来を見続けていたはずなのに。

私はフェラレーゼ伯爵家の跡継ぎを産むことができない。

だけど、そう。
ヴェロニカならばできるだろう。

どんな男の胤でも宿し、どんな可愛い子も産むだろう。
誰からも愛され、誰からも歓迎され、誰からも祝福されるだろう。

「ガイウス」
「うん?」

きっと可愛い、ガイウスそっくりな男の子も、産めるだろう。

「先日のパーティーで、跡継ぎのことを言われたと話したでしょう?」
「ああ、その話か。気にしなくていい。親戚はたくさんいるのだから、私たちは自由を謳歌しよう」

自由……

「でも」

あなたの自由を奪った鎖こそ、この私だから……

「直系の跡継ぎを残せないのは、ガイウス、あなたにとってやはり不幸よ」
「ソレーヌ」
「私はあなたを不幸にする妻のままではいられない」

ガイウスが真剣な表情で私を抱きしめた。
だが、正直なところ腕力では未だ負けない自信はある。

私はガイウスの健康的で分厚い体を押し返し、真剣に見つめ返した。

「私の人生が、私から子を産む力を奪ったのは事実よ」
「ソレーヌ。あなたが責任を感じることでは──」
「あなたの妻として真剣に跡継ぎのことを考えたいの」
「気持ちは嬉しい。だが、あなたは」
「私には産めない」
「それは罪でも落ち度でもない」
「自分の弱さから逃げている間に、敵は力を蓄えるものよ。ガイウス」

そこでガイウスは少し怒ったような顔になり、私の目を覗き込んだ。

「別れない」

低く宣言すると、私の返事を待たず、熱いキスで私の口を封じる。

「……」

甘い、必死なキス。
生きていることの証明のような、キス。

それが私に相応しいキス?

ヴェロニカとだったら、もっと熱く盛り上がる?

「……ソレーヌ。愛している」
「わかってる。私も、あなたを愛してる。だから言うの」
「ソレーヌ」



「ヴェロニカに子どもを産んでもらいましょう」



暫く、時が止まったようだった。
一瞬と呼ぶには長すぎる沈黙が、この先、どう展開していくのか、私は見極めようとしていた。

やがてガイウスが焦ったように頭を振った。

「なにもないよ」

私がヴェロニカとの仲を疑ってそう言ったと思ったようだ。
だが私は誤解などしていない。

「わかってる。ヴェロニカとあなたに何かあるとは思っていないの」

ないものを作ってほしいの。

「それじゃあ、どうして」
「誰よりも信頼できるからよ。ヴェロニカは信頼できる」
「……ああ、それは、確かにそうだが」

ガイウスは混乱しているようだ。
私は年下の夫の可愛さに胸打たれ、大きな手を握り込んで、勇気付けるように揺すった。

「あなたの愛を疑ったりしない。でも、私にはあなたの子が産めないのよ。だから、この世界で誰よりも信頼できるヴェロニカに託したいの。お願いしたいのよ、あなたの子どもを、一人でいいから、この世に生み出してほしいって」
「ソレーヌ……できないよ」
「そうかしら。ヴェロニカにはできない?」
「私ができないんだ!あなたを愛している!それに、ヴェロニカは年の離れた妹か、姪みたいな存在で、私にとってそういう対象ではないよ」
「目を瞑って、私だと思って抱いて」
「……」

ガイウスが言葉を失った。
正に呆然自失といった様子で私の前に佇む。

併しそれもほんの数秒だった。

ガイウスは辛そうに息をひきつらせたかと思うと、厳しく頭を振り、それまでの混乱が嘘のように明確に言葉を紡いだ。

「ヴェロニカの人生に疵を残すことになる。できないよ」
「私の傷に比べれば小さなものよ」
「ソレーヌ……どうしたんだ」
「妻の私が認めるの。何も問題はないでしょう」
「疲れているんだ。ソレーヌ、少し休んだ方がいい」
「これほど穏やかな日々を送るのは初めてよ、ガイウス」
「そのせいかもしれない。女傑のあなたに、田舎の伯爵夫人は暇すぎたのかもしれないね。そうだ。今から遠乗りでもしよう。競争だ」

ガイウスは笑い話にしようと努めたようだった。
私はゆっくりと頭をふり、ガイウスの目を覗き込んだ。

「私は血も能力も、その資格を持たない伯爵夫人です。それでも、果たすべき責任はわかります。私はその責任を果たしたい。あなたの子を、フェラレーゼ伯爵家の跡継ぎを、信頼できる母親に託したいの」
「ソレーヌ」
「あなたの為に」

抱きしめられる前に、抱きしめる。

純粋な心を持ったまま大人になった可愛い夫に、大人の覚悟を、教える為に。
血に濡れた私が、命を奪った私が、血を流すことも命の扱い方も教えてあげるのだ。

「私以外の誰かにお願いするしか、方法はないのよ」
「ソレーヌ。跡継ぎは大勢いる親戚から……」
「必要ない。あなたの子孫を残せるの。あなたの代で血を途絶えさせなくていいのよ、ガイウス」

想像して、と。
私は囁いた。

「ヴェロニカが産んだあなたの子は、きっと、可愛いでしょうね」
「…………」

ガイウスは何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。

私はガイウスの背中を撫でた。
その迷いが断ち切られるように。弱い心が、強く、育つように。

「父親になって。フェラレーゼ伯爵」

そっと、そっと。
丁寧に、確かに、囁き続ける。

いつかそうやって愛馬の鬣を撫でていた……そんな夜を思い出した。
あの日、隣にいた男の熱を思い出さないように、いつしか私は必死でガイウスに縋りついていた。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

夏の眼差し

通木遼平
恋愛
 伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。  家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。 ※他サイトにも掲載しています

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。 「さっさと死んでくれ」 フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。 愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。 嘘つきな貴方なんて、要らない。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 11/27HOTランキング5位ありがとうございます。 ※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。 1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。 完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

処理中です...