はい、私がヴェロニカです。

希猫 ゆうみ

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12(ヴェロニカ)

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私は過ちを犯した。

醜い己の本性を見た。

私は、誰かの代わりに身篭って出産するのは倫理的に間違っているから、拒絶して然るべきだと考えていた。
不妊の悩みから来る気の迷いを真に受けてしまえば、ソレーヌ本人を傷つけるだけだと考えていた。そして責めてはいけないと信じていた。

その建前の奥に、私の願望が目を塞ぎ蹲り、隠れていたのだ。

ガイウスと愛しあえるなら彼の子どもを産みたい。
ガイウスへの信愛と感謝という愛情が男女の恋愛感情になってしまうとは、思ってもみなかった。

一度のキスで全てが変わった。
ガイウスは自分の過ちだからと言うけれど、私には私の過ちがあるのだ。

私は、あの瞬間から確かにガイウスに恋をした。
愛していた。彼への気持ちの全ては、彼を求める愛だったのだと気づかされた。

私は、拒むこともできた。
彼を打とうとした。

でも、しなかった。

あの夜、あの瞬間、全てを失っても構わないと思える程にガイウスが欲しくなった。

幸せな夜だった。
私は、生涯背負うべき罪の代償として、あの幸福感に溺れたのだ。

ガイウスの妻が望んだことだから……というような恥知らずな希望は少しもなかった。もっと悪い。
私とガイウスの間に彼女がいるのだという現実が苦々しく思えてならないのだ。身の程知らずも甚だしい身勝手な不満だと頭では理解していた。

でも、私が何を理解しているかなど、もう関係ない。
私がガイウスの愛を受け入れて、肉体関係を持った。これだけなのだ。これだけが、この先、私の人生になる。

母が私を身籠ったように。

母が私を愛していたこと。
優しい笑顔。声。
親子二人でも幸せそうに暮らしていた日々。

全て、意味がわかった。

誰かに祝福されなくても、母は幸せだったのだ。

母が非難されず宮廷での職に就けていたのは、祖父のおかげだけとは考えにくい。
私の父親が誰なのか、口にせずとも、宮廷は知っていて容認していたのだ。そうでなければあの好待遇には説明がつかない。

私は、そんな母とは違う。

もう誰にも申し開きはできない。
私は妻がいる男性と理解していて、一時は彼を励まし夫婦の幸せを祈るなんて言っておきながら、彼と一夜を共にしたのだから。

綺麗な愛ではない。
美しい恋ではない。

でも、それでも、私たちは只の肉欲に溺れたわけではなかった。
私は彼だけが欲しくて、彼は、私を求めていた。

「……」

腹部に手を当てる。

一夜明け、私は使用人から食客の扱いを受ける身分になり、上等な客室に移った。
どれだけ居心地のいい部屋だとしても、私は姦淫の罪を犯した女だ。上等の客室は、私が身篭ったかもしれない次期当主を育むための安全な揺り籠。

「……もし、あなたがいるなら」

静かな涙が溢れてくるけれど、自分がなぜ泣いているのかわからない。
でもなぜ微笑んでいるのかはわかる。

会いたい。
もし、私の中に命が宿っているなら、あなたに会いたい。

「どうか幸せに……」

私はフェラレーゼ伯爵家の跡継ぎを産むかもしれない。
私の子ではなく、ガイウスとソレーヌの子として生きていく子を。

別れなければいけない。

もしかすると、それが悲しくて泣いているのかもしれなかった。
もしそうだとすれば甘えでしかないとわかっている。私が選んだ人生だ。泣き言も、弁解も口にしてはいけない。

私の罪は私のもの。

もし、あなたがいるなら……
あなたの人生は神様が与えてくれた奇跡。

「母さん」

口から洩れた自分の声を聞いて、私はやっと自分がなぜ泣いているのか、その答えに気づいた。

心細い。
誰かに、傍に居て欲しい。

母のぬくもりが恋しくて泣いていたのだ。

「……っ」

両手で腹部を抱えて泣いた。
私は、抱きしめてあげられないだろう。ソレーヌは優しい母親になってくれるだろうか。

「……」

ガイウス……

あなたはいい父親になってくれる。
信じている。

信じたいから願うのか、願いたいから信じるのか。
答えを出すことはできなかった。

それから静寂に満ちた孤独な毎日が続いた。
余所余所しい使用人たちから食事を世話され、特に体調の変化も感じないまま、徐々に罪の意識も薄らいでいくのが不思議だった。

ガイウスとも顔を合わさないまま一ヶ月経ち、予兆を感じた。
更に一ヶ月経ち、確信を得た。

私はガイウスの子を身籠っていた。
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