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8(リディ)
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「さあ、リディ。ここが今日から我が家だよ。僕らの愛の巣といったところかな」
村はずれの朽ちかけた小屋を前にして、元貴族のサディアスが揚々と言い放つ。薄汚れた身形にそぐわない輝きを宿した碧い瞳が、襤褸屋から私へと視点を移した。
「……」
「よかったね。これで野宿は終わりだ。雨風凌げて夜はベッドで眠れるよ」
「……」
言葉もない。
私には、この朽ちかけた小屋の住環境を整えない限り安眠は得られないように思われた。屋根があるだけましか。
所謂、村長と呼ばれる立ち位置にいるのは仲間を8人殺して逃げ延びてきたという元騎兵ワイラーという中年男だった。
誰も彼には逆らえないようで、村の男たちは忠誠心とは別の仲間意識によって一応の団結を見せている。
サディアスは自分がこの村を一国の国にするためやってきた流れ者の貴族だと名乗り早速反感を買ったため、この小屋を宛がわれてしまったのだ。
追放され、また早速、追放されかけている。
中央の集会所付近に空き地があった。
あの場所に小さな小屋でも建てたりした方がまだましだが、もう望みは薄い。
余所者でありながら初手で王様気取りをかましたサディアスに手を貸そうという男が現れる見込みは到底なかった。
「うん。風格のある扉だね」
言葉を失くした私を余所に、サディアスはぼろぼろの扉に手を掛ける。
「あ」
押してもダメ。
引いてもダメ。
サディアスと扉の闘いが始まった。
「……」
どうしようもない。
私は蔦の絡まる窓枠に歩み寄り、中を覗き込んでみた。
村はずれとはいってもワイラーたちの目は行き届いているようで、言われた通り、誰も住み着いている気配はない。
ガラスは元から填め込まれていなかったか雨風に破られたかしたようで、私の体形であれば侵入は可能だ。
「あれ?開かないな。リディ、ちょっと待っててね」
「……はぁ」
頼りにならない元貴族。
私は周囲を見渡し手頃な枝を拾い上げ、窓枠に絡まる蔦を排除する作業にかかった。
「大丈夫だよ、リディ。休んでいて。僕がなんとかするから」
とても素直に頷けない。
私は窓から侵入する自らの計画に専念した。
程なくして蔦の排除が済み、息を切らせながら額の汗を拭いて窓枠に手を掛ける。
そこでやっとサディアスがこちらの達成率に気づき、笑顔で傍に寄ってきた。
「さすがだね、リディ。ここから入るの?」
「はい」
「はい、どうぞ」
サディアスが私の腰を掴みひょいと持ち上げる。それで楽に窓枠を潜り抜けられたのは事実だが、埃塗れの床に着地した私の背後でサディアスまで無理矢理その体をねじ込もうとしている気配に焦りと衝撃を同時に受けて、恐る恐る肩越しに振り仰いで、見て、絶望した。
「んっ、よいしょ……あれ?」
やっぱり、馬鹿なの?
いくらスマートとはいっても、成人男性が通れるような大きさではない。
「あっ」
肩が挟まり抜けなくなった。
「た、助けてリディ……動けない……!」
「……ぅ」
涙が込み上げ、私は蹲って耐える。
情けない。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私はここで、何をしているの?
人生を狂わせるだけの価値が、一端の貴族令息に備わっていなかっただなんて……
「……っ」
悔しい。
「!」
でも、泣いていても始まらない。
気持ちを切り替えた私は涙を呑んで立ち上がり、振り返り、サディアスの汚れた金髪頭を力いっぱい押し返した。
「ああっ、いいっ、いいねっ、それっ、もっと!」
「……くっ」
憎しみを込める。
サディアスがポンと抜けた。
どさりと尻もちをついた気配に苛立ちは更に募り、私は拳を震わせながら扉に向かった。
「!」
怒りに任せて蹴る。
扉は呆気なく開いた。
「……なんなのよ、あのぼんくら令息……!」
私の呟きが聞こえるはずもない当のサディアスが、気まずそうな苦笑を浮かべ頭を掻きながらさも当然のように扉から現れる。
「あはは。ただいま、奥さん」
一生帰って来なくてもいい。
一人で暮らした方がまだ精神的にも楽な気さえしてくる。
そもそも駆け落ちはしたが結婚式は挙げていない。
こんな使えない元貴族に奥さんなどと呼ばれるのは心底不愉快だった。
人生を返してほしい。
「んむーっ」
おかえりのキスを求め唇を窄めるサディアスのにやけた顔が憎い。
横っ面をひっぱたいてやりたかった。でも機嫌を損ねて更に使えない男になっても面倒だ。
「ん」
私は触れるだけのキスをして背を向けた。
村はずれの朽ちかけた小屋を前にして、元貴族のサディアスが揚々と言い放つ。薄汚れた身形にそぐわない輝きを宿した碧い瞳が、襤褸屋から私へと視点を移した。
「……」
「よかったね。これで野宿は終わりだ。雨風凌げて夜はベッドで眠れるよ」
「……」
言葉もない。
私には、この朽ちかけた小屋の住環境を整えない限り安眠は得られないように思われた。屋根があるだけましか。
所謂、村長と呼ばれる立ち位置にいるのは仲間を8人殺して逃げ延びてきたという元騎兵ワイラーという中年男だった。
誰も彼には逆らえないようで、村の男たちは忠誠心とは別の仲間意識によって一応の団結を見せている。
サディアスは自分がこの村を一国の国にするためやってきた流れ者の貴族だと名乗り早速反感を買ったため、この小屋を宛がわれてしまったのだ。
追放され、また早速、追放されかけている。
中央の集会所付近に空き地があった。
あの場所に小さな小屋でも建てたりした方がまだましだが、もう望みは薄い。
余所者でありながら初手で王様気取りをかましたサディアスに手を貸そうという男が現れる見込みは到底なかった。
「うん。風格のある扉だね」
言葉を失くした私を余所に、サディアスはぼろぼろの扉に手を掛ける。
「あ」
押してもダメ。
引いてもダメ。
サディアスと扉の闘いが始まった。
「……」
どうしようもない。
私は蔦の絡まる窓枠に歩み寄り、中を覗き込んでみた。
村はずれとはいってもワイラーたちの目は行き届いているようで、言われた通り、誰も住み着いている気配はない。
ガラスは元から填め込まれていなかったか雨風に破られたかしたようで、私の体形であれば侵入は可能だ。
「あれ?開かないな。リディ、ちょっと待っててね」
「……はぁ」
頼りにならない元貴族。
私は周囲を見渡し手頃な枝を拾い上げ、窓枠に絡まる蔦を排除する作業にかかった。
「大丈夫だよ、リディ。休んでいて。僕がなんとかするから」
とても素直に頷けない。
私は窓から侵入する自らの計画に専念した。
程なくして蔦の排除が済み、息を切らせながら額の汗を拭いて窓枠に手を掛ける。
そこでやっとサディアスがこちらの達成率に気づき、笑顔で傍に寄ってきた。
「さすがだね、リディ。ここから入るの?」
「はい」
「はい、どうぞ」
サディアスが私の腰を掴みひょいと持ち上げる。それで楽に窓枠を潜り抜けられたのは事実だが、埃塗れの床に着地した私の背後でサディアスまで無理矢理その体をねじ込もうとしている気配に焦りと衝撃を同時に受けて、恐る恐る肩越しに振り仰いで、見て、絶望した。
「んっ、よいしょ……あれ?」
やっぱり、馬鹿なの?
いくらスマートとはいっても、成人男性が通れるような大きさではない。
「あっ」
肩が挟まり抜けなくなった。
「た、助けてリディ……動けない……!」
「……ぅ」
涙が込み上げ、私は蹲って耐える。
情けない。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私はここで、何をしているの?
人生を狂わせるだけの価値が、一端の貴族令息に備わっていなかっただなんて……
「……っ」
悔しい。
「!」
でも、泣いていても始まらない。
気持ちを切り替えた私は涙を呑んで立ち上がり、振り返り、サディアスの汚れた金髪頭を力いっぱい押し返した。
「ああっ、いいっ、いいねっ、それっ、もっと!」
「……くっ」
憎しみを込める。
サディアスがポンと抜けた。
どさりと尻もちをついた気配に苛立ちは更に募り、私は拳を震わせながら扉に向かった。
「!」
怒りに任せて蹴る。
扉は呆気なく開いた。
「……なんなのよ、あのぼんくら令息……!」
私の呟きが聞こえるはずもない当のサディアスが、気まずそうな苦笑を浮かべ頭を掻きながらさも当然のように扉から現れる。
「あはは。ただいま、奥さん」
一生帰って来なくてもいい。
一人で暮らした方がまだ精神的にも楽な気さえしてくる。
そもそも駆け落ちはしたが結婚式は挙げていない。
こんな使えない元貴族に奥さんなどと呼ばれるのは心底不愉快だった。
人生を返してほしい。
「んむーっ」
おかえりのキスを求め唇を窄めるサディアスのにやけた顔が憎い。
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私は触れるだけのキスをして背を向けた。
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