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9(リディ)
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「このベッド汚いなぁ」
サディアスのあっけらかんとした呟きに最早驚くまでもなかった。
「うん、でも、そこまで硬くな……ゲホッ」
「まずは掃除からですね。少しずつでも修繕しないと住めたものではありません」
埃の被った古いベッドを手荒く押して噎せているサディアスに対し、私は事実を突き付ける。
サディアスは噎せる口を覆いながら振り返り、まだ笑顔を浮かべていた。
そして言った。
「奥さんの腕の見せ所だね」
「……」
素直に、言葉を失う。
こんな襤褸屋に住まなければいけないのはサディアスのせいだというのに、私一人に掃除を押し付けるつもりだろうか。
まさか。
「一人ではとても手が回りません。サディアス様も一緒に……」
「いやいや、謙遜しないでくれよ。それにもう夫婦なんだから、可愛く呼び捨てにしておくれ」
「サディアス」
憎しみが声に乗る。
「うん?」
「謙遜ではありません」
「もう、リディは律儀だね。そういうところも好きだよ。でも、もう君はメイドじゃない」
あなたも貴族じゃない。
「僕らは対等な夫婦だよ。敬語はおしまいにしよう」
「……わかった」
私は低く頷いてからサディアスにはっきりと告げる。
「ここは人が住める状態じゃないわ。ましてこんなベッド、寝ていたら病気になってしまう。日が暮れるまでにせめてベッド周りだけでも綺麗にしないと野宿と変わりないわよ」
「頼もしいねぇ」
喜んでいる。
煌めく碧い瞳に二本の指を突っ込んでやりたい。
「あなたも、やるのよ。掃除を」
あはは、と、サディアスは大きく仰向いて笑った。
怒りより驚愕に近い感情。度を越えた呆れが私を呆然とさせる。呆れ果てた先の更に先の最果ての感情だ。
この男、状況を全く理解していない。
「僕は専門外だよ。そういうのは君の得意分野だろう?」
「サディアス……」
「元メイドの実力を期待しているよ」
「じゃあ、あなたは何をするのよ」
呆然と問いかけた私の肩を素早く抱き寄せて、サディアスはまるで仲睦まじい新婚夫婦のように額に唇を押し付けてくる。
「……」
思考が追いつかない。
「日が暮れる前に焚火を準備しないと。僕は枝を集めてくるから、しっかり頑張って」
「……サディ」
唇を塞がれ、名前を最後まで呼ぶことは不可能だった。
でも呼んだところでどうというわけではない。サディアスに何を尋ねたかったのかすら自分でもわからない。
荒れた小屋の中に呆然と佇む私を残し、サディアスは口笛を吹きながら外へ向かう。
「──」
まさか、このまま逃げる気?
「!」
捨てられるのは御免だ。
この状況で一人だけ逃げるなんて許せない。
私はサディアスの背中にしがみ付く。
「もう、甘えん坊だなぁ」
「……」
サディアスが穏やかな甘い声でそう言って、くるりとふり向き私をぎゅっと抱きしめた。
私は夫と言い張る男の腕の中で目を瞠りその真意を探る。
「サディアス……」
「大丈夫だよ、どこへも行ったりしない。リディ。君を愛しているんだ。ここを僕たちの最初の城にしよう」
「……」
「だから君は掃除、僕は焚火の準備を、お互いに頑張ろう」
「……ええ」
いつも通りの甘く優しいサディアスのようなので、私は一応、信じて送り出してみた。
すると確かに周囲の木々の間を練り歩きながら枝を集め始めたので、一応、本人の中で嘘は一つもないのかもしれないと納得してみる。
でも、私には見過ごせない現実があった。
小屋の横に薪割りのスペースが既にあり、古い斧が切り株の横に転がっているのだ。
火を熾したいならあの薪を割ればいい!
「んがっ!」
怒りに任せた意味を成さない妙な叫び声が喉を割る。
呪いの言葉を吐かなかっただけ、ありがたく思って欲しい。
私は黙々と掃除を始めた。
今夜、絶対にベッドで眠り自分を労わる為に。
サディアスのあっけらかんとした呟きに最早驚くまでもなかった。
「うん、でも、そこまで硬くな……ゲホッ」
「まずは掃除からですね。少しずつでも修繕しないと住めたものではありません」
埃の被った古いベッドを手荒く押して噎せているサディアスに対し、私は事実を突き付ける。
サディアスは噎せる口を覆いながら振り返り、まだ笑顔を浮かべていた。
そして言った。
「奥さんの腕の見せ所だね」
「……」
素直に、言葉を失う。
こんな襤褸屋に住まなければいけないのはサディアスのせいだというのに、私一人に掃除を押し付けるつもりだろうか。
まさか。
「一人ではとても手が回りません。サディアス様も一緒に……」
「いやいや、謙遜しないでくれよ。それにもう夫婦なんだから、可愛く呼び捨てにしておくれ」
「サディアス」
憎しみが声に乗る。
「うん?」
「謙遜ではありません」
「もう、リディは律儀だね。そういうところも好きだよ。でも、もう君はメイドじゃない」
あなたも貴族じゃない。
「僕らは対等な夫婦だよ。敬語はおしまいにしよう」
「……わかった」
私は低く頷いてからサディアスにはっきりと告げる。
「ここは人が住める状態じゃないわ。ましてこんなベッド、寝ていたら病気になってしまう。日が暮れるまでにせめてベッド周りだけでも綺麗にしないと野宿と変わりないわよ」
「頼もしいねぇ」
喜んでいる。
煌めく碧い瞳に二本の指を突っ込んでやりたい。
「あなたも、やるのよ。掃除を」
あはは、と、サディアスは大きく仰向いて笑った。
怒りより驚愕に近い感情。度を越えた呆れが私を呆然とさせる。呆れ果てた先の更に先の最果ての感情だ。
この男、状況を全く理解していない。
「僕は専門外だよ。そういうのは君の得意分野だろう?」
「サディアス……」
「元メイドの実力を期待しているよ」
「じゃあ、あなたは何をするのよ」
呆然と問いかけた私の肩を素早く抱き寄せて、サディアスはまるで仲睦まじい新婚夫婦のように額に唇を押し付けてくる。
「……」
思考が追いつかない。
「日が暮れる前に焚火を準備しないと。僕は枝を集めてくるから、しっかり頑張って」
「……サディ」
唇を塞がれ、名前を最後まで呼ぶことは不可能だった。
でも呼んだところでどうというわけではない。サディアスに何を尋ねたかったのかすら自分でもわからない。
荒れた小屋の中に呆然と佇む私を残し、サディアスは口笛を吹きながら外へ向かう。
「──」
まさか、このまま逃げる気?
「!」
捨てられるのは御免だ。
この状況で一人だけ逃げるなんて許せない。
私はサディアスの背中にしがみ付く。
「もう、甘えん坊だなぁ」
「……」
サディアスが穏やかな甘い声でそう言って、くるりとふり向き私をぎゅっと抱きしめた。
私は夫と言い張る男の腕の中で目を瞠りその真意を探る。
「サディアス……」
「大丈夫だよ、どこへも行ったりしない。リディ。君を愛しているんだ。ここを僕たちの最初の城にしよう」
「……」
「だから君は掃除、僕は焚火の準備を、お互いに頑張ろう」
「……ええ」
いつも通りの甘く優しいサディアスのようなので、私は一応、信じて送り出してみた。
すると確かに周囲の木々の間を練り歩きながら枝を集め始めたので、一応、本人の中で嘘は一つもないのかもしれないと納得してみる。
でも、私には見過ごせない現実があった。
小屋の横に薪割りのスペースが既にあり、古い斧が切り株の横に転がっているのだ。
火を熾したいならあの薪を割ればいい!
「んがっ!」
怒りに任せた意味を成さない妙な叫び声が喉を割る。
呪いの言葉を吐かなかっただけ、ありがたく思って欲しい。
私は黙々と掃除を始めた。
今夜、絶対にベッドで眠り自分を労わる為に。
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