真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
9 / 58

9(リディ)

しおりを挟む
「このベッド汚いなぁ」

サディアスのあっけらかんとした呟きに最早驚くまでもなかった。

「うん、でも、そこまで硬くな……ゲホッ」
「まずは掃除からですね。少しずつでも修繕しないと住めたものではありません」

埃の被った古いベッドを手荒く押して噎せているサディアスに対し、私は事実を突き付ける。
サディアスは噎せる口を覆いながら振り返り、まだ笑顔を浮かべていた。

そして言った。

「奥さんの腕の見せ所だね」
「……」

素直に、言葉を失う。
こんな襤褸屋に住まなければいけないのはサディアスのせいだというのに、私一人に掃除を押し付けるつもりだろうか。

まさか。

「一人ではとても手が回りません。サディアス様も一緒に……」
「いやいや、謙遜しないでくれよ。それにもう夫婦なんだから、可愛く呼び捨てにしておくれ」
「サディアス」

憎しみが声に乗る。

「うん?」
「謙遜ではありません」
「もう、リディは律儀だね。そういうところも好きだよ。でも、もう君はメイドじゃない」

あなたも貴族じゃない。

「僕らは対等な夫婦だよ。敬語はおしまいにしよう」
「……わかった」

私は低く頷いてからサディアスにはっきりと告げる。

「ここは人が住める状態じゃないわ。ましてこんなベッド、寝ていたら病気になってしまう。日が暮れるまでにせめてベッド周りだけでも綺麗にしないと野宿と変わりないわよ」
「頼もしいねぇ」

喜んでいる。
煌めく碧い瞳に二本の指を突っ込んでやりたい。

「あなたも、やるのよ。掃除を」

あはは、と、サディアスは大きく仰向いて笑った。
怒りより驚愕に近い感情。度を越えた呆れが私を呆然とさせる。呆れ果てた先の更に先の最果ての感情だ。

この男、状況を全く理解していない。

「僕は専門外だよ。そういうのは君の得意分野だろう?」
「サディアス……」
「元メイドの実力を期待しているよ」
「じゃあ、あなたは何をするのよ」

呆然と問いかけた私の肩を素早く抱き寄せて、サディアスはまるで仲睦まじい新婚夫婦のように額に唇を押し付けてくる。

「……」

思考が追いつかない。

「日が暮れる前に焚火を準備しないと。僕は枝を集めてくるから、しっかり頑張って」
「……サディ」

唇を塞がれ、名前を最後まで呼ぶことは不可能だった。
でも呼んだところでどうというわけではない。サディアスに何を尋ねたかったのかすら自分でもわからない。

荒れた小屋の中に呆然と佇む私を残し、サディアスは口笛を吹きながら外へ向かう。

「──」

まさか、このまま逃げる気?

「!」

捨てられるのは御免だ。
この状況で一人だけ逃げるなんて許せない。

私はサディアスの背中にしがみ付く。

「もう、甘えん坊だなぁ」
「……」

サディアスが穏やかな甘い声でそう言って、くるりとふり向き私をぎゅっと抱きしめた。
私は夫と言い張る男の腕の中で目を瞠りその真意を探る。

「サディアス……」
「大丈夫だよ、どこへも行ったりしない。リディ。君を愛しているんだ。ここを僕たちの最初の城にしよう」
「……」
「だから君は掃除、僕は焚火の準備を、お互いに頑張ろう」
「……ええ」

いつも通りの甘く優しいサディアスのようなので、私は一応、信じて送り出してみた。
すると確かに周囲の木々の間を練り歩きながら枝を集め始めたので、一応、本人の中で嘘は一つもないのかもしれないと納得してみる。

でも、私には見過ごせない現実があった。

小屋の横に薪割りのスペースが既にあり、古い斧が切り株の横に転がっているのだ。
火を熾したいならあの薪を割ればいい!

「んがっ!」

怒りに任せた意味を成さない妙な叫び声が喉を割る。
呪いの言葉を吐かなかっただけ、ありがたく思って欲しい。

私は黙々と掃除を始めた。
今夜、絶対にベッドで眠り自分を労わる為に。
しおりを挟む
感想 125

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

殿下、もう何もかも手遅れです

魚谷
恋愛
偉大なる国王が崩御した。 葬儀の場で、王太子アドルフォスは、父王が病床にいるのを良いことに国を思うがままにしようとする、婚約者である公爵令嬢ロザリンデと、その父である宰相を断罪しようと決意する。 全ては自分が次の王に相応しいことを、その場にいる全ての貴族たちに示すため。 アドルフォスは自分の勝利を信じて疑わなかった。 自分には、麗しい子爵令嬢で、数百年に一度生まれる聖女の力に覚醒したエレインという心強い味方がいるのだから。 勝利は揺るぎないはずだった……そう、アドルフォスの頭の中では。 これはひとつの国の終わりの物語。 ★他のサイトにも掲載しております ★13000字程度でサクッとお読み頂けます

王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました

鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた 貴族令嬢ミディア・バイエルン。 だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、 彼女は一方的に婚約を破棄される。 「戻る場所は、もうありませんわ」 そう告げて向かった先は、 王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。 権力も、評価も、比較もない土地で、 ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。 指示しない。 介入しない。 評価しない。 それでも、人は動き、街は回り、 日常は確かに続いていく。 一方、王都では―― 彼女を失った王太子と王政が、 少しずつ立ち行かなくなっていき……? 派手な復讐も、涙の和解もない。 あるのは、「戻らない」という選択と、 終わらせない日常だけ。

処理中です...