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16(リディ)
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「あんたが可哀相になってきたよ」
襤褸屋を宛がわれて半年もした頃、村人たちの心もようやく綻んできたようだった。
ワイラーは苦虫を噛み潰したような顔で私を見下ろしたかと思うと、顎をしゃくって歩き出す。
慌てて追いかけた私が連れて行かれたのは一軒の家で、他と比べると見るからに広く、この村の基準で言えば邸宅と称してもいいくらいの造りだった。
「爺さん、種を分けてやってくれ」
「ああ、いいよ」
こうして私は作物の種を手に入れた。
敷地という概念が無さそうではあるものの、私の家の周りにはだだっ広い土地と木々と小川がある。
「ありがとうございます……!」
これで頭を下げて回らなくて済む。
夏には自給自足が軌道に乗って、上手く行けば作物を買ってもらえるかもしれない。
希望と種を胸に抱いて帰ると、サディアスが不機嫌な顔をしてテーブルの席に足を組んで座り、つまらなそうに爪先を振っていた。
私は呆れて鼻で笑った。
「帰ったわ」
「うん。おかえり」
「何してたの?」
「考え事」
いつものことだ。
ワイラーに頭を下げて塩を分けてもらうようになってからというもの、ずっと不貞腐れている。
「あっそう」
相手にしていられない。
私は早速もらった種を植えて、サディアスが無駄に集めてくる枝で柵を建てた。
「よし」
見守っていて速く育つならいくらでも眺めていられるが、そうではないし、私には他にやることがある。
プライドばかり高い元貴族の穀潰しに食べさせる夕食を作らないといけないし、自分が寛いで過ごす為に家の中のこともしなくてはならない。
「……」
お腹が空いた。
夕食の前に、朝から晩まで動きっぱなしの私の特権を行使する。
「出かけてくる」
「うん。……夕食は?」
「帰ってから作る」
「鍋に火をかけていけば?」
「たまには自分でやったら?」
「僕はいいよ。君に任せてる」
「そう。じゃあ口出ししないで」
私は村の広場まで取って返し、夕方になると村人が向かうある建物へ向かう。
ヒルダの館。
最初、私はそこが粗末な娼館だと思っていた。
しかし実際は教会から破門されたシスターが小さな教会を運営していた。
ヒルダは修道着ではなく普通の服装だが聖典をすっかり暗記しており、様々な罪によってこの地に追いやられた村人たちに祈りの場を提供するとともに、相談相手になっていたのだ。
ワイラーが表で武力統治している傍ら、精神的な軸として裏で機能しているのがこのヒルダだった。
ヒルダは服装も相まって全くシスターには見えない。
艶やかな黒髪は大胆にうねり、濃いエメラルドの瞳は厳格にも見えれば誘惑しているようにも見える。
この村では強姦は即死罪と定められている。
ヒルダを守る為ワイラーがそうしたのだと聞いた。おかげで私もその心配だけはせずに済んでいた。
ヒルダは私を見つけると口角を上げ、砂糖漬けとパンを分けてくれる。
私はヒルダの家の台所でガツガツとそれを平らげるのが新しい習慣になっていた。
私より先に私の妊娠に気づいたヒルダは、それ以来、誰にも秘密で私に食べ物を多く恵んでくれる。私には二人分必要だと言って、時には肉だって食べさせてくれるのだ。
私にはその権利があると思っていた。
だって私は、こんなに頑張っているのだから。
夫の知らないところでお腹いっぱいになる権利が絶対にあるはずだ。
「そろそろ相手に言わないと。厭でも目立ってくるわよ?」
シスターと言われても疑問しか抱けないほど、ヒルダは酸いも甘いも噛み分けている大人の女の雰囲気で言って溜息をついた。
私は甘くて美味しい砂糖漬けとパンを一緒に咀嚼してそのハーモニーに恍惚となりながら、横目でヒルダに答える。
「言うより見せた方が早いから」
「そう」
呆れと諦めを含む相槌の後、ヒルダは私とお腹の子の為に祈り始めた。
その時ばかりは本物のシスターに見える。
この時、私は絶大な味方を得た気分に浸っていた。
後に手酷く裏切られるとは想像もしていなかった。
襤褸屋を宛がわれて半年もした頃、村人たちの心もようやく綻んできたようだった。
ワイラーは苦虫を噛み潰したような顔で私を見下ろしたかと思うと、顎をしゃくって歩き出す。
慌てて追いかけた私が連れて行かれたのは一軒の家で、他と比べると見るからに広く、この村の基準で言えば邸宅と称してもいいくらいの造りだった。
「爺さん、種を分けてやってくれ」
「ああ、いいよ」
こうして私は作物の種を手に入れた。
敷地という概念が無さそうではあるものの、私の家の周りにはだだっ広い土地と木々と小川がある。
「ありがとうございます……!」
これで頭を下げて回らなくて済む。
夏には自給自足が軌道に乗って、上手く行けば作物を買ってもらえるかもしれない。
希望と種を胸に抱いて帰ると、サディアスが不機嫌な顔をしてテーブルの席に足を組んで座り、つまらなそうに爪先を振っていた。
私は呆れて鼻で笑った。
「帰ったわ」
「うん。おかえり」
「何してたの?」
「考え事」
いつものことだ。
ワイラーに頭を下げて塩を分けてもらうようになってからというもの、ずっと不貞腐れている。
「あっそう」
相手にしていられない。
私は早速もらった種を植えて、サディアスが無駄に集めてくる枝で柵を建てた。
「よし」
見守っていて速く育つならいくらでも眺めていられるが、そうではないし、私には他にやることがある。
プライドばかり高い元貴族の穀潰しに食べさせる夕食を作らないといけないし、自分が寛いで過ごす為に家の中のこともしなくてはならない。
「……」
お腹が空いた。
夕食の前に、朝から晩まで動きっぱなしの私の特権を行使する。
「出かけてくる」
「うん。……夕食は?」
「帰ってから作る」
「鍋に火をかけていけば?」
「たまには自分でやったら?」
「僕はいいよ。君に任せてる」
「そう。じゃあ口出ししないで」
私は村の広場まで取って返し、夕方になると村人が向かうある建物へ向かう。
ヒルダの館。
最初、私はそこが粗末な娼館だと思っていた。
しかし実際は教会から破門されたシスターが小さな教会を運営していた。
ヒルダは修道着ではなく普通の服装だが聖典をすっかり暗記しており、様々な罪によってこの地に追いやられた村人たちに祈りの場を提供するとともに、相談相手になっていたのだ。
ワイラーが表で武力統治している傍ら、精神的な軸として裏で機能しているのがこのヒルダだった。
ヒルダは服装も相まって全くシスターには見えない。
艶やかな黒髪は大胆にうねり、濃いエメラルドの瞳は厳格にも見えれば誘惑しているようにも見える。
この村では強姦は即死罪と定められている。
ヒルダを守る為ワイラーがそうしたのだと聞いた。おかげで私もその心配だけはせずに済んでいた。
ヒルダは私を見つけると口角を上げ、砂糖漬けとパンを分けてくれる。
私はヒルダの家の台所でガツガツとそれを平らげるのが新しい習慣になっていた。
私より先に私の妊娠に気づいたヒルダは、それ以来、誰にも秘密で私に食べ物を多く恵んでくれる。私には二人分必要だと言って、時には肉だって食べさせてくれるのだ。
私にはその権利があると思っていた。
だって私は、こんなに頑張っているのだから。
夫の知らないところでお腹いっぱいになる権利が絶対にあるはずだ。
「そろそろ相手に言わないと。厭でも目立ってくるわよ?」
シスターと言われても疑問しか抱けないほど、ヒルダは酸いも甘いも噛み分けている大人の女の雰囲気で言って溜息をついた。
私は甘くて美味しい砂糖漬けとパンを一緒に咀嚼してそのハーモニーに恍惚となりながら、横目でヒルダに答える。
「言うより見せた方が早いから」
「そう」
呆れと諦めを含む相槌の後、ヒルダは私とお腹の子の為に祈り始めた。
その時ばかりは本物のシスターに見える。
この時、私は絶大な味方を得た気分に浸っていた。
後に手酷く裏切られるとは想像もしていなかった。
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