真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
28 / 58

28

しおりを挟む
「実は折り入ってちょっとしたお願いがあるのです」

王太子夫妻と私たちバラクロフ侯爵夫妻、夫婦二組だけの贅沢且つ細やかなお茶会が始まるや否や王太子妃グレイスの口からそれとなく本題が放たれる。

無論、動じる私ではない。

「──と、仰いますと?」

レジナルドが迅速に茶器を下ろす。
夫の祖父は一度王家から拒絶された過去がある為、多少の動揺を見せてもおかしくはないが、レジナルドはその点落ち着いている。

「難しいお話じゃありません。只……」

不穏とも取れる前置きは私たちバラクロフ侯爵夫妻に拒否権がないことを物語っている。
私は遠いとはいえ親戚である。ここで命を取られるわけでもあるまい。

若干の警戒を杞憂とすべきか否か、グレイス妃殿下のちょっとしたお願いとは以下の通り。

「フェルネ、あなたは旅がお好きだとか」

これは前置き。
私は余所行きの微笑みを貼り付け、傾げているとも頷いているとも取れる角度に首を倒す。

「お恥ずかしい話です。アンティオネ殿下とデスティニー妃殿下に尋ねて頂ければおわかりになるでしょうけれど、春はくしゃみが止まりません」
「オックススプリングのマグ・ティアは夏からだから、帰るタイミングを計るのに丁度いいわけだ」

エヴァレット王太子殿下が気品あふれる笑顔で応じてくれるが、さすが兄弟、言うことは同じ。

「はい」
「それでフェルネ。もし病の分布図作成に協力して下さるという名目で旅をして頂けるなら、探して欲しい人物がいるのです」

それとなく要求を重ねてくるグレイス妃殿下だが、強かさが滲み出るその美貌からして驚く程のことでもなかった。

「人探しですか?」
「ええ。無理にお願いするわけではないのです」

ほほう。
というレジナルドの心の声が聞こえる。

「実は、こちらこそお恥ずかしい話ですが、私の故郷レーヴェンガルト辺境伯領に於いて教会で不祥事が起きました」
「そうですか」

公表されていない。
理由があり国か領主が隠匿しているということだ。

余計な秘密を知ってしまった。

「私の双子の妹ヒルダはシスターでしたが、全ての罪を着せられて破門されました。その後、口封じの為に命を狙われ、何処へともなく消えてしまったのです」
「……」

大変余計な秘密を知らされてしまった。

「ヒルダは私と瓜二つ。見ればすぐにわかります。もし見かけたらでいいのです。保護をとまでは申しません。それとなく私に知らせてくださったらそれで充分です」
「バラクロフ侯爵、これは貴殿や夫人に対する極秘の捜索命令という大仰なものではない。本当に旅の途中で偶然見かけたら報告してほしいと、それだけの話なんだ」

王太子夫妻を前にして夫レジナルドには拒否権がない。これは本当にそうなので、私がくすりと威圧的に笑っておいた。

「できるだけお役に立ちたいという気持ちはあるにはあるのですが、私、出産を予定しておりまして。そう世界中を巡るわけにもいかないこの頃なのです」
「否、わかっている!」

親戚の王太子エヴァレット殿下が慌てて身を乗り出してくる。

「今言ったように命令ではないんだ。これは王家とレーヴェンガルト辺境伯の抱える問題であり、妻グレイスの排斥を狙う派閥の陰謀か否かも現在まだ調査中という状況で……信用できる人間にただ協力を仰いでいるに過ぎない」

熱心に弁明した親戚の王太子エヴァレット殿下が真顔でグレイス妃殿下の頬を両手で挟んで見せる。

「この顔だ。この顔を見たら、これは保護対象だと、ただそれだけ覚えていて欲しい。そして他に悟られないようそれとなく極自然な感じで『いたよ』と教えて欲しい。わかってる!今、君たちは新婚真っ盛り。邪魔はしない。もうしたくない。でもフェルネはあちこち旅をする理由があるわけだから、もし見かけたら、私に『いたよ』と、こっそり教えて欲しい。それだけなんだ」

妻の為に必死な王太子を見ていると多少は無下にできない気になってくる。

「殿下は私の為に必死で妹を探してくださっていましゅ」

見ればわかる。
そして頬を挟まれたグレイス妃殿下は妖艶な微笑みを浮かべていようと語尾に支障が出ていて、やや可笑しい。私は目を逸らした。

「気を悪くしないでくれ!フェルネ、フェルネ!無条件で協力しろと言ったりしない。フェルネ、君が男児を産んだ場合には必ず私の代で王位継承権を授ける」
「え?」

話が大きくなり過ぎた。
私が眉を顰め事態が思わしくないと悟ったらしい王太子は、探り探りの様子で言葉を繋げた。

「勿論、現実的に順位はその……末端の方になるが」
「よかった」

緊張していたのかレジナルドが心の声を口から洩らす。私はレジナルドの膝を叩いて戒めた。

「お話確かに伺いました。私たちバラクロフ侯爵家は旅の途中でグレイス妃殿下によく似た方を偶然見かけた際に取るべき行動を弁えます」
「ありがとう、フェルネ。あと、今年は本当に結婚おめでとう」
「どうも」

こうして王太子夫妻との細やかなお茶会第一回目は終了した。
煌びやかな宮殿の通路で交わした夫婦の会話はとても簡潔かつ確実なものである。

「くしゃみが酷いだけなのに」
「大変だ」
「娘が欲しいわね」
「ああ」

妃殿下の生き別れとなった無実の妹君を偶然見つけることについては満更ではない。
だが王位継承権など、バラクロフ侯爵家からすれば争いの種を拾う以外の何物でもないのだ。

案外、私たちは気の合う夫婦だった。
しおりを挟む
感想 125

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

殿下、もう何もかも手遅れです

魚谷
恋愛
偉大なる国王が崩御した。 葬儀の場で、王太子アドルフォスは、父王が病床にいるのを良いことに国を思うがままにしようとする、婚約者である公爵令嬢ロザリンデと、その父である宰相を断罪しようと決意する。 全ては自分が次の王に相応しいことを、その場にいる全ての貴族たちに示すため。 アドルフォスは自分の勝利を信じて疑わなかった。 自分には、麗しい子爵令嬢で、数百年に一度生まれる聖女の力に覚醒したエレインという心強い味方がいるのだから。 勝利は揺るぎないはずだった……そう、アドルフォスの頭の中では。 これはひとつの国の終わりの物語。 ★他のサイトにも掲載しております ★13000字程度でサクッとお読み頂けます

王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました

鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた 貴族令嬢ミディア・バイエルン。 だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、 彼女は一方的に婚約を破棄される。 「戻る場所は、もうありませんわ」 そう告げて向かった先は、 王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。 権力も、評価も、比較もない土地で、 ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。 指示しない。 介入しない。 評価しない。 それでも、人は動き、街は回り、 日常は確かに続いていく。 一方、王都では―― 彼女を失った王太子と王政が、 少しずつ立ち行かなくなっていき……? 派手な復讐も、涙の和解もない。 あるのは、「戻らない」という選択と、 終わらせない日常だけ。

処理中です...