真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

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39(イライザ)

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「火を」
「はい?」

小隊を率いる士官に命じたが、相手は無能でこちらの意図を理解できないようだった。

「火を放ちなさい」

愛妻家のブラインは綿密な領地経営計画書を遺してくれたので、私は忠実に従うだけでよかった。
しかし只一点だけ、私が自ら指揮をとらなくてはいけなかったのが息子の捜索だ。ブラインは最期まで勘当を解かなかった。

私は遺言によってエヴァンズ伯爵領の全権を掌握している。
ジャクリーンは期待外れだった。やはり息子でないと駄目。
この私が息子を呼び戻すのだから、誰にも文句は言わせない。

そうして迎えに来てみれば、あろうことか息子は縛り上げられ野蛮な平民たちによって殺されようとしていた。
あまりに許し難い事態だった。

「皆殺しになさるおつもりですか?」
「馬鹿ね。畑を焼きなさいと言ったの。食べる物がなくてはこの土地を離れるよりほかなくなるでしょう。それに飢えたら歯向かう元気もなくなる」
「はぁ……」

私の息子を野蛮な民が痛めつけたのが事実なら、息子が愚かだということもまた事実。
生ける秘宝フェルネから雌猫に乗り換えるような不甲斐ない息子のせいでブラインの寿命は縮まったのだから、手放しに甘やかしてやるつもりは毛頭なかった。
私の為、亡きブラインの愛したエヴァンズ伯領の為、最大限役に立ってもらう。

問題は、息子がこの地に於いて建国の野望を抱いているということだった。

もし明るみに出れば反逆罪として処刑されかねない。これ以上、愚かな過ちを重ねて私を不幸にしないでほしい。

それにこんなみすぼらしい罪人だらけの村で生活していたという事実すら忌々しい。

この村がなくなれば多少なりとも私の苦悩は和らぐのだ。
蛮族の群に慈悲を示す経営手腕に我ながら惚れ惚れする。生かすも殺すも私次第。絶大な権力はブラインを亡くした今の私にとって唯一の娯楽といえる。

少数精鋭で集めた秘密の小隊は、気の利かない無能な士官という問題を除けば実務的能力は優秀だった。
私の指示通り村の畑を焼きながら、迅速に息子を保護した。

「母上!母上、息子が……!」
「?」

馬上で耳を疑う。
保護された息子が必死になって息子の保護を要求している。

「……」

この溝のような村で、子どもを……?
エヴァンズ伯爵家の子孫を、こんな場所で……?

受け入れ難い嫌がらせのようにも思えたが、事実であれば私の孫であり、ブラインの孫でもある。

「まさか……!」

目を凝らすと逃げ惑う野蛮な民の中にあの顔が、憎んでも憎んでも憎み足りない雌猫リディの顔があった。

あの女が、私の孫を?

「……」

許せない。
あの女が全てを壊した。あの女だけはこの場で殺していっていいだろうとさえ思えた。

しかし、息子の指示の下で私の孫らしき幼児を保護した者が、続いて憎きリディまで保護した。

「その女は連れて行きません!」
「母上!何を言うんです!リディは僕の妻です!ジェームズの母親です!リディを連れて行けないなら母上を殺して僕たちみんなで天国に行く覚悟ですよ!!」

半狂乱の息子を説得するのは難しく、仕方なく私は忌々しいリディという雌猫も保護するに至った。

泣き喚く孫に薬を嗅がせ眠らせると、憎らしさの中に微かな愛を覚えた。
ジェームズという名の半分平民の血が混じった私の孫。その寝顔は息子サディアスのそれとそっくりだった。

エヴァンズ伯爵家の未来を担う息子サディアスが、血を分けた息子とその母親をどうしても必要だと思うなら仕方ない。飼う分には僅かな食糧を失うだけで痛くも痒くもない。

私の精神的苦痛も、エヴァンズ伯爵家を守る為と思えば耐えられる。

私は頑なに顔を伏せこちらを見ようともしないどこまでも恩知らずな雌猫に唾を吐き、息子の腕の中で眠る孫を見つめた。

「まったく待ち草臥れましたよ、母上」

馬鹿息子にはほとほと呆れる。
しかし私にはもうサディアスしかいない。

「……」

ジェームズ。お前はジェームズというの。
お前の父親は愚かで残念ね。

お前に爵位は継がせない。
お前の名をエヴァンズ伯爵家の歴史に刻むわけにはいかない。
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