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「あなたも忙しいだろうに、わざわざ迎えに来てくれてあり……っ、……あ……ありが……ウェッキュン!!」
オックススプリング侯領の別荘で春をやり過ごしたが、今年は夏の訪れが早かった。例年よりも荒々しく私を急き立て、私の鼻と目を苛んでいる。デスティニー妃殿下は素面でさえ私を笑った。
「今年の夏はせっかちだな」
「そうね゛……ッキュン!キュン!フギュン!!」
ジェマに介抱されながら馬車に乗り込む。
「あ゛ぁ……何故、こんな目に……」
「泣くな」
「あなたの目を抉り取ってやりたぁ────ッキュン!!」
「……」
夫レジナルドが無言で顔を拭いている。
結婚して徐々に仲が深まったのは事実だが、毎年春がやってきて私たちを停滞させた。一昨年くらいから春の別離に若干の寂寥を覚えるようにはなった。
しかし別離の春を挟むので好機を狙うのは非常に難しかった。
更に丁度よく私たちバラクロフ侯爵夫妻は王家から秘密のお願い事を託されている関係で、暇を持て余すということもなかった。
馬車に乗り込み私の鼻と目に対して安全な距離を進んだ頃、よくやく私の思考が回り始める。
私は馬車の小窓から豊かな夏の大地を眺め、呟いた。
「たまに森を焼いてしまえばいいと思うのよ。しないけど」
「貴重な資材だからな」
「ええ、そう。生き物もいるし」
「森は生きている」
頷きながらレジナルドが地図を広げる。
私は窓枠に肘を乗せ、頬杖をつきながら地図を見下ろした。
レジナルドが指を滑らせ簡潔な説明を始める。
「今年の割り当ては、此処と、此処と、此処が王太子殿下。此処と此処が辺境伯」
「ふぅん……」
春から夏にかけて私の旅程に合わせ捜索予定地を知らせてくるのは、私がその地に訪れるという無駄を省く為。
それは予定地以外をそれとなく通り過ぎてグレイス王太子妃殿下の双子の妹を見かけるという偶然を期待されているということ。
「君はこの辺りを通る」
「緩衝地帯ね」
「ああ。さすがに危険だから私も来た」
「あら、少しでも早く会いたいと思ってくれたのかと期待したわ」
「本気か?」
「言ってみただけ」
もしかすると早く会いたかったのは私の方かもしれない。
何故なら予定より早く顔を見ることができて確実に喜びを感じているからだ。
私はレジナルドに笑顔を向けた。
「でも会えて嬉しいわ。ポーカーしましょう」
「いいだろう」
レジナルドが広げたままの地図の上にジェマが手早くカードを配る。
「アンティオネ殿下とジェマは百戦錬磨のくせにわざと私を勝たせるし、デスティニー妃殿下は酔ってカードを食べるのよ」
「ヤギか」
「言って差し上げて」
「ヤギはああ見えて恐ろしい動物だ。舌が鑢のようで、拷問に用いられもする」
「何を付けて肌を抉るの?」
「塩水」
「恐ろしいわねぇ。デスティニー妃殿下って顔も何処となくヤギに似てる」
「目が細いせいだろう」
「ああ、確かに」
「アンティオネ殿下は甘すぎるんじゃないか?紙を喰わせてないで酒を断たせればいいものを」
「殿下も好きなのよ。お酒と、ヤギのように暴れる妃殿下がね」
「まあ、夫婦とはそういうものだな。他人がとやかく言うものじゃない」
「だけどデスティニー妃殿下って……慣れてくると可愛い」
「わかる」
くしゃみからも解放され、気持ちいい夏の風を感じながら、夫婦で気楽な馬車の旅。
これはこれで楽しめた。離れていても問題ないが、やはり夫婦というのは共に過ごすのが普通であり、在るべき形でいると何事も上手くいくものだ。
数日の旅の末、私たちは目的地である緩衝地帯を通りかかった。
オックススプリング侯領の別荘で春をやり過ごしたが、今年は夏の訪れが早かった。例年よりも荒々しく私を急き立て、私の鼻と目を苛んでいる。デスティニー妃殿下は素面でさえ私を笑った。
「今年の夏はせっかちだな」
「そうね゛……ッキュン!キュン!フギュン!!」
ジェマに介抱されながら馬車に乗り込む。
「あ゛ぁ……何故、こんな目に……」
「泣くな」
「あなたの目を抉り取ってやりたぁ────ッキュン!!」
「……」
夫レジナルドが無言で顔を拭いている。
結婚して徐々に仲が深まったのは事実だが、毎年春がやってきて私たちを停滞させた。一昨年くらいから春の別離に若干の寂寥を覚えるようにはなった。
しかし別離の春を挟むので好機を狙うのは非常に難しかった。
更に丁度よく私たちバラクロフ侯爵夫妻は王家から秘密のお願い事を託されている関係で、暇を持て余すということもなかった。
馬車に乗り込み私の鼻と目に対して安全な距離を進んだ頃、よくやく私の思考が回り始める。
私は馬車の小窓から豊かな夏の大地を眺め、呟いた。
「たまに森を焼いてしまえばいいと思うのよ。しないけど」
「貴重な資材だからな」
「ええ、そう。生き物もいるし」
「森は生きている」
頷きながらレジナルドが地図を広げる。
私は窓枠に肘を乗せ、頬杖をつきながら地図を見下ろした。
レジナルドが指を滑らせ簡潔な説明を始める。
「今年の割り当ては、此処と、此処と、此処が王太子殿下。此処と此処が辺境伯」
「ふぅん……」
春から夏にかけて私の旅程に合わせ捜索予定地を知らせてくるのは、私がその地に訪れるという無駄を省く為。
それは予定地以外をそれとなく通り過ぎてグレイス王太子妃殿下の双子の妹を見かけるという偶然を期待されているということ。
「君はこの辺りを通る」
「緩衝地帯ね」
「ああ。さすがに危険だから私も来た」
「あら、少しでも早く会いたいと思ってくれたのかと期待したわ」
「本気か?」
「言ってみただけ」
もしかすると早く会いたかったのは私の方かもしれない。
何故なら予定より早く顔を見ることができて確実に喜びを感じているからだ。
私はレジナルドに笑顔を向けた。
「でも会えて嬉しいわ。ポーカーしましょう」
「いいだろう」
レジナルドが広げたままの地図の上にジェマが手早くカードを配る。
「アンティオネ殿下とジェマは百戦錬磨のくせにわざと私を勝たせるし、デスティニー妃殿下は酔ってカードを食べるのよ」
「ヤギか」
「言って差し上げて」
「ヤギはああ見えて恐ろしい動物だ。舌が鑢のようで、拷問に用いられもする」
「何を付けて肌を抉るの?」
「塩水」
「恐ろしいわねぇ。デスティニー妃殿下って顔も何処となくヤギに似てる」
「目が細いせいだろう」
「ああ、確かに」
「アンティオネ殿下は甘すぎるんじゃないか?紙を喰わせてないで酒を断たせればいいものを」
「殿下も好きなのよ。お酒と、ヤギのように暴れる妃殿下がね」
「まあ、夫婦とはそういうものだな。他人がとやかく言うものじゃない」
「だけどデスティニー妃殿下って……慣れてくると可愛い」
「わかる」
くしゃみからも解放され、気持ちいい夏の風を感じながら、夫婦で気楽な馬車の旅。
これはこれで楽しめた。離れていても問題ないが、やはり夫婦というのは共に過ごすのが普通であり、在るべき形でいると何事も上手くいくものだ。
数日の旅の末、私たちは目的地である緩衝地帯を通りかかった。
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