真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

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50(サディアス)

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「!?」

幻かのような信じがたい呼び掛けに僕は反射的に扉の方へと振り向き、二度驚愕した。

そこにワイラーがいた。
そしてジェームズがいた。

「……!」

なんということだ。
僕を選んだヒルダを追い掛けてその汚らわしい足で僕の城へ乗り込んで来たというのか。しかも、愛する我が息子ジェームズを人質に取って。

悪魔め。

「貴様!何をしに来た!」
「殿下は何処まで話してくれた?」
「息子を離せ!」

勢いで言ってしまったが、冷静に見てみるとジェームズは捕らえられているわけではなかった。僕は壁際に立つジャクリーンにジェームズを保護するよう目線で命じたが、愚鈍な従妹はただ険しい表情でその場に立ち尽くしている。

母の言う通りだ。
ジャクリーンはまるで役に立たない。

僕に敵意を向けながら何不自由ない暮らしを続け、挙句の果てにはぶくぶくと醜く太り常に僕を不快にさせた。目に入るだけでも嫌悪感で吐きそうになるというのに、寛大に接してきたのはジャクリーンが僕と同等の権利を得てしまっていたからだ。

勘当という愚かな父の過ちは手続きの穴を突くことで撤廃にこぎ着けたが、未だ僕を正当なエヴァンズ伯爵として扱わない輩が多い。
形式上は何故か養女のジャクリーンに権利や効力が及ぶ。だから飼い慣らすしかなかったわけだが、こんな時まで役立たずとはもう我慢ならない。

ヒルダが来てくれた。
僕には王族という後ろ盾ができた。

ジャクリーンを追い出し、ワイラーを殺し、誰にも文句を言わせずに僕はやっと自分の王国を築ける。リディはすっかり老け込んでしまったからさすがに妃の器じゃない。
そこでヒルダだ。リディは妻として尽くしてくれた。一生面倒を見るのは吝かではない。だが僕の妃となる人はヒルダを置いて他にはいない。

今、目の前に待ち望んだ栄光があるというのに、汚らわしい邪魔者が目障りすぎる。

「アンティオネ殿下、ここはお任せください。我が城の警備は……」

ふと、違和感に気づく。

「?」

誰も駆けつけない。
ワイラーのような大男が仰々しい甲冑を纏い小隊を引き連れて城内を歩いたというのに、何故こんなに静まりかえっているのだろうか。

「……」

よく見れば、ジェームズは人質というより、ワイラーの子分に見える。
無垢な息子を誑かされたと気づき、僕は忽ち憤怒に燃えた。

「貴様……ジェームズに何を言った!?」

その問いに答えたのは驚くべきことに愛しい我が息子ジェームズだった。

「お父様。僕は知っているんです。お祖母様が僕の生まれ育った村に火をつけたこと。ジャクリーンを無理矢理連れてきたこと。お父様が母さんだけじゃなく何人もの女の人を苦しめたこと。ヒルダを苛めたこと」
「な……っ」

耳を疑った。
息子は、ジェームズは、とんでもない勘違いをしている。

一つ一つは事実に基づいているのだろうが、意味がまるで違う。ジャクリーンが吹き込んだのか?それともワイラーと密かに通じていた?
何れにしてもジェームズはこの僕が悪人だと思い込んでいる。

「ジェームズ、いいんだよ。大丈夫だ。わかってる。お前は少し混乱しているだけだ」
「違う」
「こっちにおいで」
「僕は間違っていない」
「全て愛の為だったんだ。だからお前が生まれたんだよ。今、お前と僕の親子の愛が試されているんだ。一緒に戦おう。ちゃんと教えただろう?真実の愛に従えばどんな苦難も──」

手を差し伸べる僕に向かって息子は冷たく言い捨てた。

「妄想ですよ」

頭が、真っ白になる。

「……え?」
「あなたにとっては現実なんでしょう。あなたの真実の愛というのは、あなたがあなた自身に注ぐ自己愛です。あなた以外の全ての人間にとって全く関係ない絵空事ですよ」
「お前……」

まるで赤の他人のように素っ気なく息子が僕をあなたと呼んだ。
胸が抉られるように痛み、僕はその場に崩れ落ちた。

「お前……本気でそう言ってるわけじゃないんだろう……?誰かに、そう言えと言われたのかな……?ジャクリーンかい……?」
「誰に言われなくても僕はあなたが嫌いです」
「馬鹿を言うな!」

僕は叫んでいた。
辛くて、悲しくて、胸が痛くて……

他の全てがどうでもよくなるほど、息子からの否定は耐えられない拷問だった。

「お前は僕の息子だぞ!?僕は、父親だ!お前をこんなにも愛しているのに、その僕にお前はどうしてそんな酷いことが言えるんだ……!僕に会う為に生まれてきたんだろう!?僕を愛してるお前はどこに行った!?」
「あなたの言うことは何一つとして理解できない」
「まさか!そんなはずない!だって、お前は僕じゃないか!!」

僕は泣き叫んでいた。
叫んだことで本心に気づき、感動した。

ああ、そうだったんだ。
人の親になるって、こんなに、幸せなことなんだ。

愛する我が息子ジェームズ。
お前に会えて嬉しい。お前を誰よりも愛している。

お前の為なら死んでもいい。

真実の愛に辿り着いた僕は幸福感に包まれて息子を見つめた。
しかし、息子は僕を愛してはいなかった。

「僕はあなたの複製じゃありません」
「………………え?」

意味がわからない。
僕の深い愛に気づき、感謝して、喜んでこの胸に飛び込んできてくれるはずだった愛しい息子ジェームズが僕の全てを否定する。

その時。

「うんざりだ」

背後から言葉相応の声がした。
泣きながら声の方を見ると第二王子の妃デスティニー妃殿下が僕を軽蔑の眼差しで見下していた。いつの間にかその手には猟銃が握られている。

「──」

あれ?
これ、もしかして、僕……

え?

デスティニー妃殿下が僕に狙いを定めている。嬉しくない。

「貴様の罪は二つ。王国への反逆思想、及び聖職者への暴行」
「未遂」

間髪入れずヒルダが庇ってくれた。
僕の胸に再び希望が湧き上がり、愛を込めてヒルダに笑みを向けたが、何故か彼女はもう僕を愛してはいないようだった。

「……ヒルダ?」
「ワイラーのおかげで暴行は未遂に終わりましたが、本来、邪な心を抱き目に映すだけでも追放に値する重罪です」
「だって……君、喜んでいたじゃないか……僕を迎えに来てくれたじゃないか……!」
「問題は、その建国という夢」

ヒルダがまるでヒルダではないような雰囲気でものを言うから、もうわけがわからなかった。ジェームズの冷たい否定で心が壊れそうな僕にとって、ヒルダだけが唯一の希望だったのに。

ヒルダもジェームズのように、僕の愛を拒むのか。
その答えは直後、思いがけない単語によって示される。

「私は夫を脅かす存在を生かしてはおけません」
「え?な、なんて……?」

もしかして、ヒルダじゃない……?
そっくりな……双子の……

ま、まさか。

「妹を脅かす存在もまた、生かしてはおけません」
「王太子妃殿下……?」
「殺して」

その短い呟きを聞いた直後、僕は必死で身を翻した。

「なるほど、悪運が強いなぁ」

第二王子の呑気な声を背中に受けて、僕はこの国の未来を嘆かずにはいられなかった。
なんてことだ。妃に武器を持たせ、人を襲わせ、それを鑑賞する王子だなんて。こんな世界だから僕の愛が通じなくても不思議じゃないかもしれない。

でも僕には息子が、ジェームズがいる。
なんだかんだ言っても実の父親が命を取られようとしているところで平気でいられるわけがない。

僕は転びそうになりながら息子の方へ走った。
ところが息子のジェームズはジャクリーンと共に退室するところだった。

「ジェームズ!?」

ジェームズはジャクリーンを押し出しながら肩越しに振り返り、氷のような目で僕を見つめ、短い言葉を残して立ち去った。

「さよなら、パパ」

ワイラーが僕を掴んだ。
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