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51(ジェームズ)
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城門を出て少し歩いた先に王太子一行が待機していた。
北の通用門から無事に母とトラヴィスとエリスも合流していたけれど、天幕の中には入らず、傍で騎士に付き添われている。
「母さん」
僕が声を掛けると母は覚悟を決めたような顔を上げた。
ジャクリーンが先に天幕に入っていき、僕は母の手を引いて追いかけた。小さな弟と妹は騎士に任せておけば安心だ。
母は一歩足を踏み入れたところで跪き、それから微動だにしなくなった。僕のことさえ忌避する母を王太子の前に引き出すのはさすがに酷だと思い直す。母の肩をそっと撫でて勇気付けてから僕は王太子の元へ向かった。
王太子は執政官補佐を含む複数の従者と近衛兵を伴い、エヴァンズ伯爵家の手続きのためにここにいる。
僕はジャクリーンの隣で跪いた。
「ジェームズ」
「はい」
「貴殿の祖父ブライン卿は立派な人格者だった。私は貴殿がブライン卿の孫として立派に成長すると信じている」
「ありがとうございます」
「それで、その決意に変わりはないのかな?」
この時の王太子の声が少し優しかったことを、僕は生涯、忘れなかった。
「はい」
僕が父との関係を断ち切りジャクリーンの養子になることで、正式な後継者としてエヴァンズ伯爵となる未来を提示されていた。
だが僕には半分しか貴族の血が流れていないし、それは嫌悪する父から受け継いだものだ。もし権力を握ったら、その血がいつ僕を悪魔に変えるかわからない。
それに僕は、懐かしいあの村での暮らしに戻りたかった。
優しく、長閑で、贅沢じゃなくても楽しく暮らせる豊かな日々に。
母と一緒に畑を耕して、優しい誰かと手を繋いで歩いて、その日に獲れた物をみんなで食べて、助け合って、生きていく。
そうやって小さな幸せを喜び合って助け合いながら生きている人たちを守れる大人になりたい。
「ワイラーのもとで騎士として生きていきたいです」
「わかった。ジャクリーン、君は実家に帰るんだね?」
「はい」
「では、少し多いが、各々署名を」
こうしてエヴァンズ伯爵家はその歴史に幕を閉じた。
最後の領主は祖父、エヴァンズ伯爵ブライン卿。
人徳によって慕われたが跡継ぎには恵まれなかったと未来の人が思ってくれるよう、綺麗に記録してくれると王太子は約束してくれた。
この手続きのあと、王太子は天幕の入口で跪いていた母の元へと足を運んだ。
母は這い蹲るような姿勢で頭を垂れたまま石のように固まっていたが、王太子は片膝をついて柔らかな口調で語りかけてくれた。
「あなたも生き直して欲しい。まだ終わりではないのだから」
「……」
「例えば、ヒルダのもとでシスターとして──」
そこで母が激しく首を振った。
全てなかったことにしたいのか。それともヒルダに合わせる顔がないと思っているのか。僕にはわからなかった。
王太子が屈みこみ、母に何やら耳打ちをする。
すると母が小さく頷いた。
随分と後になってワイラーからの伝聞で知ったけれど、この時、王太子は『遠くへ逃げたいですか』と尋ねたらしい。居た堪れない様子の母に、誰とも関与せずに済む全く新しい環境が必要だと思ったそうだ。
母は一人の騎士に護送され、消えてしまった。
三人の子どもを残して行ったのは、自分が育てるよりいい人生を送れるはずだと考えてのことだろうと、僕は思いたかった。
現実から目を背けてはいけない。
だけど、これだけはどうしても、そう信じる心を止められなかった。
涙を堪える僕と泣きじゃくるトラヴィスの頭を、悔しそうに目を潤ませた王太子が撫でてくれたこともまた僕は一生忘れなかった。
後になって、王太子が民の一人として母を愛そうとしてくれたのだとわかったが、それは誰にも言わずにおいた。
エリスは何も覚えていない。
北の通用門から無事に母とトラヴィスとエリスも合流していたけれど、天幕の中には入らず、傍で騎士に付き添われている。
「母さん」
僕が声を掛けると母は覚悟を決めたような顔を上げた。
ジャクリーンが先に天幕に入っていき、僕は母の手を引いて追いかけた。小さな弟と妹は騎士に任せておけば安心だ。
母は一歩足を踏み入れたところで跪き、それから微動だにしなくなった。僕のことさえ忌避する母を王太子の前に引き出すのはさすがに酷だと思い直す。母の肩をそっと撫でて勇気付けてから僕は王太子の元へ向かった。
王太子は執政官補佐を含む複数の従者と近衛兵を伴い、エヴァンズ伯爵家の手続きのためにここにいる。
僕はジャクリーンの隣で跪いた。
「ジェームズ」
「はい」
「貴殿の祖父ブライン卿は立派な人格者だった。私は貴殿がブライン卿の孫として立派に成長すると信じている」
「ありがとうございます」
「それで、その決意に変わりはないのかな?」
この時の王太子の声が少し優しかったことを、僕は生涯、忘れなかった。
「はい」
僕が父との関係を断ち切りジャクリーンの養子になることで、正式な後継者としてエヴァンズ伯爵となる未来を提示されていた。
だが僕には半分しか貴族の血が流れていないし、それは嫌悪する父から受け継いだものだ。もし権力を握ったら、その血がいつ僕を悪魔に変えるかわからない。
それに僕は、懐かしいあの村での暮らしに戻りたかった。
優しく、長閑で、贅沢じゃなくても楽しく暮らせる豊かな日々に。
母と一緒に畑を耕して、優しい誰かと手を繋いで歩いて、その日に獲れた物をみんなで食べて、助け合って、生きていく。
そうやって小さな幸せを喜び合って助け合いながら生きている人たちを守れる大人になりたい。
「ワイラーのもとで騎士として生きていきたいです」
「わかった。ジャクリーン、君は実家に帰るんだね?」
「はい」
「では、少し多いが、各々署名を」
こうしてエヴァンズ伯爵家はその歴史に幕を閉じた。
最後の領主は祖父、エヴァンズ伯爵ブライン卿。
人徳によって慕われたが跡継ぎには恵まれなかったと未来の人が思ってくれるよう、綺麗に記録してくれると王太子は約束してくれた。
この手続きのあと、王太子は天幕の入口で跪いていた母の元へと足を運んだ。
母は這い蹲るような姿勢で頭を垂れたまま石のように固まっていたが、王太子は片膝をついて柔らかな口調で語りかけてくれた。
「あなたも生き直して欲しい。まだ終わりではないのだから」
「……」
「例えば、ヒルダのもとでシスターとして──」
そこで母が激しく首を振った。
全てなかったことにしたいのか。それともヒルダに合わせる顔がないと思っているのか。僕にはわからなかった。
王太子が屈みこみ、母に何やら耳打ちをする。
すると母が小さく頷いた。
随分と後になってワイラーからの伝聞で知ったけれど、この時、王太子は『遠くへ逃げたいですか』と尋ねたらしい。居た堪れない様子の母に、誰とも関与せずに済む全く新しい環境が必要だと思ったそうだ。
母は一人の騎士に護送され、消えてしまった。
三人の子どもを残して行ったのは、自分が育てるよりいい人生を送れるはずだと考えてのことだろうと、僕は思いたかった。
現実から目を背けてはいけない。
だけど、これだけはどうしても、そう信じる心を止められなかった。
涙を堪える僕と泣きじゃくるトラヴィスの頭を、悔しそうに目を潤ませた王太子が撫でてくれたこともまた僕は一生忘れなかった。
後になって、王太子が民の一人として母を愛そうとしてくれたのだとわかったが、それは誰にも言わずにおいた。
エリスは何も覚えていない。
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