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グレース妃が午睡を嗜まれている間、侍女頭からは傍に居てもいいし、別室で好きに休憩してもいいと言われていた。
彼女たちは王家が選出した侍女たちであり、大貴族の夫人たちだ。夫たちは宮廷で職務に当たっている。
新たな王位継承者の誕生は一大事である。
私が図書室での休憩を選ぶとメイドがお茶を用意してくれた。
読書は好きだ。
王弟クリストファー殿下の住まう城とあって文書館並みの品揃えに私は静かに歓喜した。
併し、読書の時間をそう長くとることは叶わなかった。
セイントメラン城の主、メラン伯爵クリストファー殿下がふらりと帰宅されたからだ。
「オゥ、なるほど。我が城、二頭目の牝豹とはあなただな」
扉を少し開けて、その隙間から悪戯っぽく此方を観察し、爪先程度しか姿を現さないままにそんな第一声を放った人物がこの王国の王子の一人なのだから、私はとんでもないところに来てしまったものだと思う。
素直に本を閉じ、椅子から立ち上がり、机の脇で身を低くして待つ。
相手は王弟クリストファー殿下。私から話しかけることは、たとえ神が許してもこの王国の法と秩序が許さない。
「留守の間、妻の相手をしてくれて感謝している」
と言いながらやっと人並みに扉を開ける。
そして類稀なる品位を纏いながらもお調子者の雰囲気を放つ美形の王弟は、編んで右肩から胸に垂らした髪を猫じゃらしに見立てながらこちらに向かってくる。
歩いてくるとは言えない。
猛獣にひっそりと忍び寄るその足取りは、よもや本気ではないだろう。
この場合、私はガゥとでも言って見せればいいのだろうか?
セイントメラン城ではそのような愉快な振る舞いが望まれている?
「……」
まさか。
もしそうだとしても、最初の挨拶をふざけてはいけない。
「うむ。なんとなくダウエル伯爵の御息女という雰囲気がそこはかとなく漂っている」
当たり前です殿下。
それは父です。
まったく、面白くもなんともない。
「顔をあげてくれ」
それを待っていた。
私は深くお辞儀をしてから姿勢を正し、初めて個人的に王弟クリストファー殿下と対峙した。
「……」
王家は美形揃いだ。
美貌のグレース妃との間に生まれてくる新たな王子か王女が容姿に恵まれることは確実だと、私は思った。
「ようこそ、レイチェル嬢。私はメラン伯爵クリストファー。グレースの愛らしい夫だ。よろしく」
「この度は身に余るお引き立てに感謝しております。御妃様と御子様のご健康を心よりお祈り申し上げるとともに、誠心誠意お尽くし致しますことを、ここに誓います」
「ふっ」
何故、笑われたのかしら?
「……」
「その堅苦しさはいつまでもつかな?あなたは妻と同じ。牝豹だ」
「……」
「いずれ私を目線一つで操るようになる」
「……」
「楽しみだ」
再び毛先をくるんと回し、メラン伯爵クリストファー殿下は親しい友にでもするように笑顔で手を振り図書室を出て行った。
主の立ち去った無人の扉を見つめ、私は一先ず、こう結論付けた。
あの人懐っこさに油断しては身の破滅。
私は自分の立場を見誤ってはいけない。
彼女たちは王家が選出した侍女たちであり、大貴族の夫人たちだ。夫たちは宮廷で職務に当たっている。
新たな王位継承者の誕生は一大事である。
私が図書室での休憩を選ぶとメイドがお茶を用意してくれた。
読書は好きだ。
王弟クリストファー殿下の住まう城とあって文書館並みの品揃えに私は静かに歓喜した。
併し、読書の時間をそう長くとることは叶わなかった。
セイントメラン城の主、メラン伯爵クリストファー殿下がふらりと帰宅されたからだ。
「オゥ、なるほど。我が城、二頭目の牝豹とはあなただな」
扉を少し開けて、その隙間から悪戯っぽく此方を観察し、爪先程度しか姿を現さないままにそんな第一声を放った人物がこの王国の王子の一人なのだから、私はとんでもないところに来てしまったものだと思う。
素直に本を閉じ、椅子から立ち上がり、机の脇で身を低くして待つ。
相手は王弟クリストファー殿下。私から話しかけることは、たとえ神が許してもこの王国の法と秩序が許さない。
「留守の間、妻の相手をしてくれて感謝している」
と言いながらやっと人並みに扉を開ける。
そして類稀なる品位を纏いながらもお調子者の雰囲気を放つ美形の王弟は、編んで右肩から胸に垂らした髪を猫じゃらしに見立てながらこちらに向かってくる。
歩いてくるとは言えない。
猛獣にひっそりと忍び寄るその足取りは、よもや本気ではないだろう。
この場合、私はガゥとでも言って見せればいいのだろうか?
セイントメラン城ではそのような愉快な振る舞いが望まれている?
「……」
まさか。
もしそうだとしても、最初の挨拶をふざけてはいけない。
「うむ。なんとなくダウエル伯爵の御息女という雰囲気がそこはかとなく漂っている」
当たり前です殿下。
それは父です。
まったく、面白くもなんともない。
「顔をあげてくれ」
それを待っていた。
私は深くお辞儀をしてから姿勢を正し、初めて個人的に王弟クリストファー殿下と対峙した。
「……」
王家は美形揃いだ。
美貌のグレース妃との間に生まれてくる新たな王子か王女が容姿に恵まれることは確実だと、私は思った。
「ようこそ、レイチェル嬢。私はメラン伯爵クリストファー。グレースの愛らしい夫だ。よろしく」
「この度は身に余るお引き立てに感謝しております。御妃様と御子様のご健康を心よりお祈り申し上げるとともに、誠心誠意お尽くし致しますことを、ここに誓います」
「ふっ」
何故、笑われたのかしら?
「……」
「その堅苦しさはいつまでもつかな?あなたは妻と同じ。牝豹だ」
「……」
「いずれ私を目線一つで操るようになる」
「……」
「楽しみだ」
再び毛先をくるんと回し、メラン伯爵クリストファー殿下は親しい友にでもするように笑顔で手を振り図書室を出て行った。
主の立ち去った無人の扉を見つめ、私は一先ず、こう結論付けた。
あの人懐っこさに油断しては身の破滅。
私は自分の立場を見誤ってはいけない。
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