うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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私には兄がいるのか。

私室に駆け込み乱暴に閉めた扉に背を預け、ふとその事実に思い当たった。
両親の爛れた忌まわしい愛人関係にばかり気を取られていたが、私が産まれるずっと以前、父の子を産んで父の元を去った女がいるのだから、私には顔も知らない腹違いの兄がいるのだ。

「……」

父方、母方、どちらの祖父母も私が物心ついた頃には既に他界していたが、母が子爵家の生まれであることは聞かされていた。
村の子どもたちが思春期を迎える前に城に住むのは吸血鬼などではなく蒼白い顔の領主だと理解するように、母の実家である子爵家が仕えていたのは此処マスグレイヴ伯爵家ではなく全く無関係なライシャワー伯爵家なのだと理解した。

だが違った。
覆された。

無関係どころか、密接に拗れ、汚らわしく爛れた愛人関係にあったのだ。

「……!」

全身に鳥肌が立ち、私は我が身を抱きしめた。抱きしめながら掻き毟った。自分の体に流れる血が忌まわしく思えて仕方がなかった。

何より罪深いのは、腹違いの兄の母親と私の両親という三人、この三人によって父の前妻は苦しめられ死期を早めたに違いないということだ。

只でさえ愛人を持つなど許し難い裏切り行為だというのに、病床の妻に寄り添いもせず、父は二人の愛人の間を行ったり来たりしながら片方とは子どもを作った。

酷い話だ。
酷すぎる。

愛人を作るのも酷ければ、愛人との間に作った子を妻の死で気が滅入ったからと認知せず放置したのも酷い。父の元を去ったライシャワー伯爵夫人は、爵位を継いだ亡き夫の従兄に追放されて行方知れず。

私の兄という人は果たして生きているのだろうか。

私はあんな男の娘なのだ。
愛人を最低でも二人までは囲っていいと婚約者に思われても仕方ない。文句は言えない。
私はあの女の娘なのだ。
愛人を認めて当然と思われても仕方ない。何か一つ違えば私が愛人の娘だったのだから。

母は只の後妻ではない。
幸運な愛人上がりの、恥知らずな元子爵令嬢。

「……っ」

楽譜売りのキャロルの方が、私より、母より、綺麗で潔いではないか。

「……!」

突然、自分の身に降りかかった破局を思い出し、私の感情は怒りや悲しみ、恥ずかしさや悔しさ等、言葉では言い表せない程に混乱を極めた。

私はその場に蹲り暫く泣いていた。
メイドたちは最初こそ私をどうにかしようと気を配っていたが、やがて手が付けられないと悟ったのか気配を消した。

一人きりになりたかった。
だから都合よかった。

それでも一人きりでは砕け散りそうな心を抱えきれなかった。
しかし私には相談できる人など一人もいなかった。本来なら悲しい出来事や迷いなど母に打ち明けたかったが、もう母はそれに値しない人物に成り果てていた。

両親に対し最早、嫌悪しかない。

私は眠れぬ夜を過ごし、早朝、身支度を整え小さな荷物をまとめた。それからこっそりと城内を誰にも見られないよう静かに駆け抜ける。

「ニックス。朝早くにごめんなさい」

御者の一人であるニックスの私室の窓を叩くと、すぐに見慣れた優しい顔が現れた。白髪交じりで、最近では眉毛まで白くなってきた。しかし過酷な旅に誘うのを躊躇わない程度には屈強な体である。

カレブ・ニックスは薄い霧の立ち込める陰気なマスグレイヴ城という環境にありながら私をここまで健康に育て上げるに一役買った立役者だ。

登った木から下りられなくなった私を下ろしたのも、オールを流されてボートで彷徨う私を川から引き揚げたのも、崖を繰り抜いた隠し通路で迷子になった私を見つけ出したのも、このニックスだった。正直、私付きのメイドより信頼している。

「どうしました、お嬢様」
「遠出するの。付き合ってちょうだい」

私は命令したつもりはなく紛れもないお願いだったが、ニックスの立場では断れない。
早起きのニックスは既に身支度が整っており、すぐに私を連れ出してくれた。街道沿いの女子修道院まで片道四日の旅となったが、道中はほとんどピクニックと大差ないと思えるくらい快適だった。
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