うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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極悪非道な国賊を死ぬまで閉じ込めておくためのヴァルカーレ監獄。
そのヴァルカーレ監獄からの脱獄。

王国の緊急事態に私は恐怖と緊張で頭が真っ白になってしまった。兄はそんな私の手を引いて、部下に指示を出しながら廊下を駆ける。

薄暗く細い階段を駆け上がり幾つか角を曲がった後、兄は襟元から紐を手繰り出した。鍵だ。兄はある一室を開錠すると私を先に入れ奥へ奥へと押し込んだ。

凝然と立ち尽くす私の前で兄は抽斗を開け拳銃を取り出し、手荒に音を立てつつ机に置いた。

「俺以外の奴が扉を破って入ってきたら躊躇わずに撃て。おてんば娘ならそれくらいできるだろ」

撃つ?
脱獄犯がこの部屋に入ってきたら、ということ?

「……」

恐ろしい現実に凍り付いた私の頭を、兄がぐしゃりと雑に撫でた。

「!?」

他人からそんなことをされたのは生まれて初めてだった。
私は驚いて少しばかり調子を取り戻した。

「いい子で待ってろ」
「お兄様……」

それ以上のやりとりはなく、兄は入って来た時同様に颯爽と部屋を出ると迅速に施錠した。万が一に備え脱獄犯から私を守る為に監獄長の自室に閉じ込めたのだ。

足音が駆けていく。

「……」

私は呆然と鎖された扉を見つめ立ち尽くした。
やがて窓の外から怒鳴り合う声が聞こえてくる。

「……!」

私はぶるりと震え、机に飛びつき兄が残した拳銃に触れた。
冷たい。

そのひやりとした銃身が私をはっとさせた。

「ニックス……!」

彼らは無事だろうか。
どこで待機させられているのだろう。
私を心配して探し回っているところを脱獄犯の目に触れて傷つけられたりしないだろうか。人質に取られたり、逆に見慣れない平民であることから脱獄の手引きと間違われ看守によって撃ち殺されたりしないだろうか。

「……!」

私は扉に駆け寄り、虚しくガタガタと音を立てながら脱出を試みた。
しかし無駄だとわかり切っていた。

それでもやめられない。

私の都合で引っ張り回し、今日、こんなにも危険な場所に連れて来てしまった。

只の御者ではない。
あまりにも薄気味悪い父よりもずっと傍近くにいたニックス。幼い頃からの思い出が脳裏を駆け巡る。いつも優しい眼差しに助けられた。彼は家族なのだ。

他の三人の命も危険に晒している。

「……っ」

どうしてこう、私は罪ばかり重ねてしまうのだろう。
やはりろくでもない汚れた血が流れているから……

違う。

これは、誰かのせいではない。
私の過ちだ。
私が判断を誤った。

悔しくて唇を噛む。
涙が込み上げる。

私は硬く目を閉じて自身を律し、再び、兄の残してくれた拳銃の方へ戻った。

「お兄様……」

冷えた銃身に触れる。

兄は、可哀相な無実の囚人などではない。
ヴァルカーレ監獄の監獄長だ。

このような暴動も想定されているはずであり、制圧失敗は兄の失脚や死に直結している。

「……」

存在を知り、顔を見た途端、私たち兄妹は死別するのか。
そんな運命があってたまるか。

護身用のものは既に身につけているはずだから、これは予備ということになる。管理を怠るとは思えない。

手に取ってみた。
兄の拳銃は硬く、重く、冷たい。

片手で使える代物ではないし、そもそも私は未経験の素人である。
私がすべきなのは、兄が脱獄犯を捕え騒ぎを収めて戻って来るまで、早まってこの拳銃を暴発させないよう気を付けることだけだ。

私は兄を信じる。

しかし万一に備えることも忘れなかった。
入口を正面から見張る配置の机の上に、目に着いたベッドから枕を拝借し按排よく置いて椅子に腰を下ろす。

私の両腕では拳銃を支える事さえ敵わない。
安定した支えとして兄の枕は最適かに思われた。

普段兄が休息しているはずの椅子に座り直し、机に乗せた枕に両肘を乗せて重さを預け、扉に向け拳銃を構える。

「肘ではないわね」

支えるべきは、手首だ。

私は拳銃を脇に置いた。
ごつりと音がして、それがもう恐ろしくもあったが気づかないふりをして、私は枕を押し出した。
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