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唐突に静かになった。
呆気ない程すんなりと脱獄犯を捕えたのだ。やはり兄は慣れているのかもしれない。
私は大きな溜息をついて机に伏した。
当然、構えていた拳銃も放す。拳銃は机の端でごろりと転がり、小刻みに揺れた。その様を見つめながら私は手首の位置に合わせて置いておいた枕を引き寄せ顎を乗せた。
「ふう」
緊張した。
しかし嵐は去ったようだ。
と、気を抜いたところで素早い開錠と共に扉が開き流れるように兄が滑り込んでくる。
私は枕に顎を乗せたままぎくりとしてから身を起こした。
兄は呆気にとられた顔をした後、大声で笑った。
「ひっ、昼寝じゃないわ……!」
笑った兄が取っつきやすかったのと、気のゆるみでつい幼稚な弁明をしてしまう。
兄には恥ずかしい姿を晒しっぱなしの私だ。辛い。
兄は笑いながら机の横に回り込み、拳銃を検め抽斗に戻しながら私を慰める。
「わかるわかる。お前なりに狙撃姿勢を整えて待機していたんだな。偉いなぁ……恐ろしい伯爵令嬢だな」
最後の呟きにはやや棘があった。
「愛人なんてひっぱたいて追い出したらいいんじゃないか?」
「堂々と宣言するくらいだから次から次に現れるわ。それを片っ端から律儀にひっぱたけと仰るの?忙しいし野蛮です」
「一人ずつとは限らないぞ」
私たち兄妹にとって唯一の共通の話題である。
「面白がっているのね……そんなことより無事に収束したのですか?ヘイズ監獄長」
敢えて肩書で呼んだが兄は肩眉を上げて余裕の表情を見せた。
「ああ。脱獄は間違いだった」
「間違い?」
私は眉を寄せる。
兄が囚人だと勘違いした私ではあるが、脱獄があったと勘違いするような体制には些か疑問を禁じ得ない。しかし口には出さずにおいた。
さっきまで私が腰掛けていた椅子に兄はどかりと腰を下ろした。
そして枕を弄ぶ。ぐうの音も出ない。
「表沙汰にはなっていないが王子への暗殺を企ててぶち込まれた男がいるんだ」
どの王子?
反射的に心に浮かんだ疑問に兄から即座に答えが提示される。
「その脱獄の手引きだと思われた人物が、当のアベル殿下だったというわけさ」
「アベル殿下?」
「ああ。自分に毒を盛ろうとした男の独房の窓まで梯子を掛けて登っていって揶揄っただけだった」
「……」
私は閉口するしかない。
第三王子アベル殿下が度を越してやんちゃであるというのは有名な話だが、具体例を目の当たりにすると確かに酷かった。
兄が枕をベッドに投げる。
無意識に目が枕を追い、ベッドが目に入る。改めて此処が今日初めて会った兄の寝室を兼ねた監獄長の自室であると思い出された。
「困ったよ。贅沢な個室で甘やかして懐柔して、もう少しで首謀者を吐かせそうだったのに。あれは挑発に怒り狂って完全に口を鎖したな」
「振出しに戻ったのね」
驚きと呆れが私の口から滑り出る。
しかし兄は更に強烈だった。
「あの馬鹿王子」
これがヴァルカーレ監獄長の権威というものか。
何れにしても脱獄に付随する最悪の事態は起き得ないという安堵から、私たちはある種の連帯感を以てその場で寛いでしまっていた。
再び足音が近づいてくる。
相手が手に負えない第三王子だっただけで、騒ぎには違いないのだ。監獄長である兄はのんびりしていられないだろう。
私からの交渉は事後処理を待たねばならない。
兄に応じる気があるかにもよるが……
足音が扉の前で止まる。当然ノックの音が続くものと思っていた。
しかしノックも無しに扉は開かれ、眩いばかりの金髪碧眼の美青年が乱入してきた。
「殿下……!」
大慌ての兄の言葉がすべてを物語っている。
「水臭いぞバレット。例の妹とやらを紹介してくれ」
梯子を登っただけある。
それは軽装で若干薄汚れた第三王子アベル殿下に他ならなかった。
呆気ない程すんなりと脱獄犯を捕えたのだ。やはり兄は慣れているのかもしれない。
私は大きな溜息をついて机に伏した。
当然、構えていた拳銃も放す。拳銃は机の端でごろりと転がり、小刻みに揺れた。その様を見つめながら私は手首の位置に合わせて置いておいた枕を引き寄せ顎を乗せた。
「ふう」
緊張した。
しかし嵐は去ったようだ。
と、気を抜いたところで素早い開錠と共に扉が開き流れるように兄が滑り込んでくる。
私は枕に顎を乗せたままぎくりとしてから身を起こした。
兄は呆気にとられた顔をした後、大声で笑った。
「ひっ、昼寝じゃないわ……!」
笑った兄が取っつきやすかったのと、気のゆるみでつい幼稚な弁明をしてしまう。
兄には恥ずかしい姿を晒しっぱなしの私だ。辛い。
兄は笑いながら机の横に回り込み、拳銃を検め抽斗に戻しながら私を慰める。
「わかるわかる。お前なりに狙撃姿勢を整えて待機していたんだな。偉いなぁ……恐ろしい伯爵令嬢だな」
最後の呟きにはやや棘があった。
「愛人なんてひっぱたいて追い出したらいいんじゃないか?」
「堂々と宣言するくらいだから次から次に現れるわ。それを片っ端から律儀にひっぱたけと仰るの?忙しいし野蛮です」
「一人ずつとは限らないぞ」
私たち兄妹にとって唯一の共通の話題である。
「面白がっているのね……そんなことより無事に収束したのですか?ヘイズ監獄長」
敢えて肩書で呼んだが兄は肩眉を上げて余裕の表情を見せた。
「ああ。脱獄は間違いだった」
「間違い?」
私は眉を寄せる。
兄が囚人だと勘違いした私ではあるが、脱獄があったと勘違いするような体制には些か疑問を禁じ得ない。しかし口には出さずにおいた。
さっきまで私が腰掛けていた椅子に兄はどかりと腰を下ろした。
そして枕を弄ぶ。ぐうの音も出ない。
「表沙汰にはなっていないが王子への暗殺を企ててぶち込まれた男がいるんだ」
どの王子?
反射的に心に浮かんだ疑問に兄から即座に答えが提示される。
「その脱獄の手引きだと思われた人物が、当のアベル殿下だったというわけさ」
「アベル殿下?」
「ああ。自分に毒を盛ろうとした男の独房の窓まで梯子を掛けて登っていって揶揄っただけだった」
「……」
私は閉口するしかない。
第三王子アベル殿下が度を越してやんちゃであるというのは有名な話だが、具体例を目の当たりにすると確かに酷かった。
兄が枕をベッドに投げる。
無意識に目が枕を追い、ベッドが目に入る。改めて此処が今日初めて会った兄の寝室を兼ねた監獄長の自室であると思い出された。
「困ったよ。贅沢な個室で甘やかして懐柔して、もう少しで首謀者を吐かせそうだったのに。あれは挑発に怒り狂って完全に口を鎖したな」
「振出しに戻ったのね」
驚きと呆れが私の口から滑り出る。
しかし兄は更に強烈だった。
「あの馬鹿王子」
これがヴァルカーレ監獄長の権威というものか。
何れにしても脱獄に付随する最悪の事態は起き得ないという安堵から、私たちはある種の連帯感を以てその場で寛いでしまっていた。
再び足音が近づいてくる。
相手が手に負えない第三王子だっただけで、騒ぎには違いないのだ。監獄長である兄はのんびりしていられないだろう。
私からの交渉は事後処理を待たねばならない。
兄に応じる気があるかにもよるが……
足音が扉の前で止まる。当然ノックの音が続くものと思っていた。
しかしノックも無しに扉は開かれ、眩いばかりの金髪碧眼の美青年が乱入してきた。
「殿下……!」
大慌ての兄の言葉がすべてを物語っている。
「水臭いぞバレット。例の妹とやらを紹介してくれ」
梯子を登っただけある。
それは軽装で若干薄汚れた第三王子アベル殿下に他ならなかった。
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