うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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「改めてあなたたちにお礼を言わせて。ここまで来てくれてありがとう。不甲斐ない私の我儘に付き合ってくれて、ありがとう」
「お嬢様……」
「勿論、それがあなたたちの仕事だからと言われてしまえばそれまでだけど、私が感謝していると伝えておきたかったの。さっきもあなたたちに何かあったらと──」

ニックスたちと話をしていた時、静かなノックの音が割って入った。

私たちは一斉に扉を見遣る。
ノックをしたのだから、相手は王子ではないはずだ。

「はい」

私が応じると扉が開いた。
外套に身を包んだヘイズ監獄長──私の腹違いの兄バレットが体半分入ってくる。

「今出れば夜までに宿に着く。行くぞ」

追い返そうって言うの?

一瞬頭に血が上ったが、騒ぎが起きた上に王子が訪れているのだから監獄長としての仕事に手一杯なのは当然だと思い直す。
数時間で着ける宿まで送ってくれるというのは寧ろ親切な申し出だろう。明日また来ればいい。

「……」

でも、私は、真実を知った今、本気でこの兄を連れて帰れると思っているの?

兄はある意味で血筋を認められて非嫡出子でありながら王国直轄の監獄を治めているのだ。
仮に兄がマスグレイヴ伯爵位を継ぐことについて乗り気だとしても、兄の一存ではヴァルカーレ監獄の監獄長という役目を辞するなど無理なのだ。

更には王国にとって重要な国賊収容施設であるヴァルカーレ監獄の監獄長を私用で連れ出したとなれば、マスグレイヴ伯爵家が咎められても弁明すら敵わない。

出直すべきだ。
そして、兄を迎えるならば正式な手続きを踏むべきである。

「押し掛けて申し訳ありませんでした。お兄様」
「いいから出よう。日が落ちると方向感覚が狂う。万が一に備え脱獄者用の罠があるんだよ」

兄は私に向かって言っているだけでなく、ニックスを始めとする私が連れて来た使用人たちを一人ずつ手招きしながら急ぐように促した。

私はニックスを見上げ促した。

「行きましょう」

案内された時同様に監獄の前部分、要は檻ではない棟の廊下を足早に抜ける。
建物を出るとニックスが馬車まで駆けて行った。

「お兄様。いくつかお伺いしたいことがあります」
「今か?そんなの道なりでいいだろ」
「え?」

私は足を止めた。
その私の背中を兄が押した。

腑に落ちないまま私が再び足を進めると、使用人一同もぞろぞろと前進した。
手綱を持ちながらニックスが怪訝そうにこちらを見ている。兄が私に並んで歩き、私の背を押しているという状況だ。

「お兄様も?」

宿まで送ってくれるとしても、兄は指示を出すだけで、手の空いた看守か誰かが同行するのかと思っていた。
監獄長が私用で出かけるなど職務放棄に等しい。あり得ない。

しかし兄は眉を上げてふんと鼻を鳴らした。
まるで、やや呆れているように。

「あ、宿に顔が利くとか?」
「は?」
「あ、罠に備えて?」
「何言ってるんだ、お前」

兄は冷たくもないが当然優しくもない。
しかし精悍な顔つきの監獄長だろうと兄だと思えば恐がる必要もなかった。そんな兄が言った。

「迎えに来たんだろ」
「……」

兄の言葉を理解するまで数秒を要した。
少なくとも七、八歩は歩いたように思われる。

「えっ?いらっしゃるんですか!?」

我ながら情けなく声が裏返る。
兄はあからさまに呆れた様子で早口に私を責めた。

「お前、何しに来たんだよ。忘れるなよ。切ないだろ」
「アベル王子は!?」
「いるよ、中に」

檻の中という意味ではない。
しかし第三王子を残して監獄長の役目を放棄するなど自殺行為だ。

「おっおっおっ、お兄様!やはり正式な手続きを……っ」
「今更何言ってるんだよ。いいから乗れよ、早く」

兄によって馬車に押し込まれる。
次に兄が乗り込んだので、メイドと護衛の順で乗り込んでくる。

元々兄を連れ帰るつもりだったとはいえ、大柄な兄が追加となると中は酷く窮屈になる。

「一人前へ」

兄が護衛の一人に指示を出す。
躊躇する護衛に兄は顔を顰めた。

「警戒すんな。こいつを守る人間が一人増えたんだから一人ずつずれるだけだろ。話があるんだよ。いいから前へ回れ」
「……」

兄を怒らせるのは得策ではない。
私は護衛に頷いて御者席へ送り出した。御者席は余裕で大人二人並んで座れる。

私は体の左側面を兄と密着させる結果となった。
その圧迫感は凄まじく、私は縋るような思いで向かいに座るメイドを見たが、彼女もまた神妙な面持ちで考え込んでいる。

後悔に似た困惑が私を縛る。
だが全ては私の早とちりが招いたことだ。

「狭いな」

兄が呟いた直後、馬車が動きだした。
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