21 / 60
21
兄の話は簡潔だった。
母親であるライシャワー伯爵夫人は、亡き夫の従兄によって追放されて逃げる際に息子を教会に託した。物心つく前に兄は大人たちの話を理解したらしい。自分がライシャワー伯爵夫人とマスグレイヴ伯爵の間に生まれた不義の子であると。
「では、完全に父の非嫡出子として認識されているのね」
しかし大人たちにとっても兄の血筋には意味があった。
間違いなく貴族の血を引く男児としてそれなりの教育を施されつつ育てられた兄は、教会の推薦によって監獄長補佐に任命され、成人すると同時に監獄長となったそうだ。
父が教会を嫌うわけである。
見棄てたはずの息子が教会の後ろ盾を持ち貴族を罰する権威を得ているのだから無理もない。
「……」
その息子を後継者に据えるというのも可笑しな気がするが、揺れる馬車の中で考えたところで答えには辿り着かないだろう。
父と兄が骨肉の争いを始めたらマスグレイヴ伯爵家は教会を敵に回すことになる。
気まずいなどとは言っていられない。私は兄の味方でありつつも緩衝役を務めなくてはならない。
それに兄が爵位を継ぐなら私自身も血筋について重々考慮すべきだった。
私には伯爵家と子爵家の血が流れている。
ライシャワー伯爵夫人は結婚前れっきとした伯爵令嬢だったようだから、兄には二つの伯爵家の血が流れていることになる。
血筋がものを言う貴族社会に於いて、男女というだけでなく本来であれば血筋からして私より兄の方が高い地位にある。
連れて来てしまった以上、絶対に敵に回してはいけない。
友好的にいこう。
私は兄に細やかな笑みを向け尋ねる。
「お兄様、結婚はどうするの?」
「は?結婚でごたついてるのはお前だろ?」
兄の返答は尤もだった。
だが、たじろぐような私ではない。
「そうだけど、お兄様、私の七つ上って言ったでしょう?とっくに適齢期よ?」
「……」
兄は暫く私をじっと見つめた後、徐に肩でぐいとどついてくる。
「……!」
屈強な兄と壁に挟まれ、文字通り、肩身が狭い。
「あのな、これから初めて伯爵令息になるんだよ。誰も俺を相手にしない。あるとしたら名ばかりの伯爵夫人を狙う商売女が寄って来るのがせいぜいだ。だから兄妹で継げって言われてるんだろ」
「そ、そうよね……」
監獄長は厳しい役目だ。
兄は貴族として生きてこなかっただけで、私より遥かにしっかりしている。
「安心しろ。万が一、俺が結婚したとしてもお前を放り出したりしない。お前の立場を危うくするような女も作らない。俺の伯爵業はお前が最優先だ。元からそういう話だろ?」
「そ、そうね。ありがとう」
まるで私が盛大な我儘を貫いたかのような言い草だが、まぎれもない事実だ。
多少の気まずさと戸惑いを隠しきれずにいる私に兄が砕けた笑顔を向ける。
「仲良くやろうぜ。可愛い妹さん」
馬車が緩やかに停まる。
辺りは赤い夕焼けに染まり、間もなく夜が訪れようとしていた。
母親であるライシャワー伯爵夫人は、亡き夫の従兄によって追放されて逃げる際に息子を教会に託した。物心つく前に兄は大人たちの話を理解したらしい。自分がライシャワー伯爵夫人とマスグレイヴ伯爵の間に生まれた不義の子であると。
「では、完全に父の非嫡出子として認識されているのね」
しかし大人たちにとっても兄の血筋には意味があった。
間違いなく貴族の血を引く男児としてそれなりの教育を施されつつ育てられた兄は、教会の推薦によって監獄長補佐に任命され、成人すると同時に監獄長となったそうだ。
父が教会を嫌うわけである。
見棄てたはずの息子が教会の後ろ盾を持ち貴族を罰する権威を得ているのだから無理もない。
「……」
その息子を後継者に据えるというのも可笑しな気がするが、揺れる馬車の中で考えたところで答えには辿り着かないだろう。
父と兄が骨肉の争いを始めたらマスグレイヴ伯爵家は教会を敵に回すことになる。
気まずいなどとは言っていられない。私は兄の味方でありつつも緩衝役を務めなくてはならない。
それに兄が爵位を継ぐなら私自身も血筋について重々考慮すべきだった。
私には伯爵家と子爵家の血が流れている。
ライシャワー伯爵夫人は結婚前れっきとした伯爵令嬢だったようだから、兄には二つの伯爵家の血が流れていることになる。
血筋がものを言う貴族社会に於いて、男女というだけでなく本来であれば血筋からして私より兄の方が高い地位にある。
連れて来てしまった以上、絶対に敵に回してはいけない。
友好的にいこう。
私は兄に細やかな笑みを向け尋ねる。
「お兄様、結婚はどうするの?」
「は?結婚でごたついてるのはお前だろ?」
兄の返答は尤もだった。
だが、たじろぐような私ではない。
「そうだけど、お兄様、私の七つ上って言ったでしょう?とっくに適齢期よ?」
「……」
兄は暫く私をじっと見つめた後、徐に肩でぐいとどついてくる。
「……!」
屈強な兄と壁に挟まれ、文字通り、肩身が狭い。
「あのな、これから初めて伯爵令息になるんだよ。誰も俺を相手にしない。あるとしたら名ばかりの伯爵夫人を狙う商売女が寄って来るのがせいぜいだ。だから兄妹で継げって言われてるんだろ」
「そ、そうよね……」
監獄長は厳しい役目だ。
兄は貴族として生きてこなかっただけで、私より遥かにしっかりしている。
「安心しろ。万が一、俺が結婚したとしてもお前を放り出したりしない。お前の立場を危うくするような女も作らない。俺の伯爵業はお前が最優先だ。元からそういう話だろ?」
「そ、そうね。ありがとう」
まるで私が盛大な我儘を貫いたかのような言い草だが、まぎれもない事実だ。
多少の気まずさと戸惑いを隠しきれずにいる私に兄が砕けた笑顔を向ける。
「仲良くやろうぜ。可愛い妹さん」
馬車が緩やかに停まる。
辺りは赤い夕焼けに染まり、間もなく夜が訪れようとしていた。
あなたにおすすめの小説
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。