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「ようこそ、我が息子よ」
父は確かにそう言ったが、未だかつて見たこともない気迫と殺気を込めていた為に私にはこう聞こえた。
地獄へ落ちろ、忌まわしい過去よ。
更に恐ろしかったのは兄も負けていないということだ。
帰りの旅は完全にピクニックと化し兄妹の親睦を深めたのだが、父との空白の年月は別の埋め方をするつもりであることが窺える。
監獄長として生きてきた兄の冷酷な佇まいが、父の純然たる敵意と正面からぶつかり合う。一触即発の張り詰めた空間で私は狼狽を隠せない。
剣呑という言葉の意味を初めて理解した。
非常にまずい状況にしか思えない。
「ご期待に応えてみせますよ。父上」
砂を噛み潰すように父を呼ぶ兄の声は、凶悪で残忍極まりない悪魔だと名乗られたら信じてしまいそうなほど恐ろしい。
「……」
すると今マスグレイヴ城には吸血鬼と悪魔がいて、両者が覇権を巡り睨み合っているというわけだ。
地獄である。
「娘とは打ち解けてくれたようで何よりです」
母が威圧的にやや顎を上げ兄へ歓迎の言葉を掛ける。
兄は鼻で笑いこう答えた。
「ああ、お元気そうで何よりです。俺を覚えていますか?」
「初めて会うのよ?」
母は大袈裟に憤慨した。
「そうですか!」
兄も大袈裟に憤慨して見せる。
「赤ん坊の俺はさすがに可愛かったのかと」
「馬鹿を仰い。視界に入れたくないどころか同じ空気を吸うのさえ嫌です。だから今日が初対面なのです。おわかり?」
「はっ。神に感謝ですねぇ。無力な赤ん坊だった頃の俺は淫乱な母親の侍女に縊り殺されずに済んだわけですから!」
喧嘩が始まっている。
私は殺気のトライアングルの中におずおずと足を進めた。
「もう決まったことなんですから、みんなもう少し友好的に……」
私の口から言えたことではないが、私しか言える者もいない。
喜んで緩衝役を努めようと思えた。
殺伐としすぎて気まずいどころの話ではない。
「フランシスカの言う通りだ。我々は共同体である。理性的に協力関係を構築し維持していこう」
父が私に加勢してくれたが、全方位に棘のある言い方だった。
家族と言わなかったのだ。
母が鼻息も荒く溜息をつき兄から目を逸らす。
「……」
それは汚物か忌まわしいものを忌避するというより、恐怖と緊張による逃避に見えた。
複雑な力関係であるには違いない。
しかしとにかくこの殺伐とした共同体に於いて私は兄を支えていこうと覚悟を決めた。
元は愛人関係であった両親だが現在の連帯感は見事であり、その信頼関係は何があろうと揺るがないのは空気でわかる。
兄を独りにはしない。
「さて。結論を伝えよう。バレット、お前を息子と認めマスグレイヴ伯爵家の後継者と公表する。但し条件がある。妹を大切にしろ。フランシスカとの共同統治以外はありえない」
「わかっていますよ」
少なくとも兄と父は喧嘩に発展しそうにない。
但し両者とも視線に殺傷能力があると信じて疑わない気迫で相手を睨んでいる。
「言ったでしょう。期待に応えてみせますよ、父上」
兄の声は、きっとこの声で死刑宣告をしてきたのだろうと想像するに値するものだった。
何はともあれ、こうしてバレット・ヘイズという私の腹違いの兄は晴れて正式にマスグレイヴ伯爵令息となったのだった。
父は確かにそう言ったが、未だかつて見たこともない気迫と殺気を込めていた為に私にはこう聞こえた。
地獄へ落ちろ、忌まわしい過去よ。
更に恐ろしかったのは兄も負けていないということだ。
帰りの旅は完全にピクニックと化し兄妹の親睦を深めたのだが、父との空白の年月は別の埋め方をするつもりであることが窺える。
監獄長として生きてきた兄の冷酷な佇まいが、父の純然たる敵意と正面からぶつかり合う。一触即発の張り詰めた空間で私は狼狽を隠せない。
剣呑という言葉の意味を初めて理解した。
非常にまずい状況にしか思えない。
「ご期待に応えてみせますよ。父上」
砂を噛み潰すように父を呼ぶ兄の声は、凶悪で残忍極まりない悪魔だと名乗られたら信じてしまいそうなほど恐ろしい。
「……」
すると今マスグレイヴ城には吸血鬼と悪魔がいて、両者が覇権を巡り睨み合っているというわけだ。
地獄である。
「娘とは打ち解けてくれたようで何よりです」
母が威圧的にやや顎を上げ兄へ歓迎の言葉を掛ける。
兄は鼻で笑いこう答えた。
「ああ、お元気そうで何よりです。俺を覚えていますか?」
「初めて会うのよ?」
母は大袈裟に憤慨した。
「そうですか!」
兄も大袈裟に憤慨して見せる。
「赤ん坊の俺はさすがに可愛かったのかと」
「馬鹿を仰い。視界に入れたくないどころか同じ空気を吸うのさえ嫌です。だから今日が初対面なのです。おわかり?」
「はっ。神に感謝ですねぇ。無力な赤ん坊だった頃の俺は淫乱な母親の侍女に縊り殺されずに済んだわけですから!」
喧嘩が始まっている。
私は殺気のトライアングルの中におずおずと足を進めた。
「もう決まったことなんですから、みんなもう少し友好的に……」
私の口から言えたことではないが、私しか言える者もいない。
喜んで緩衝役を努めようと思えた。
殺伐としすぎて気まずいどころの話ではない。
「フランシスカの言う通りだ。我々は共同体である。理性的に協力関係を構築し維持していこう」
父が私に加勢してくれたが、全方位に棘のある言い方だった。
家族と言わなかったのだ。
母が鼻息も荒く溜息をつき兄から目を逸らす。
「……」
それは汚物か忌まわしいものを忌避するというより、恐怖と緊張による逃避に見えた。
複雑な力関係であるには違いない。
しかしとにかくこの殺伐とした共同体に於いて私は兄を支えていこうと覚悟を決めた。
元は愛人関係であった両親だが現在の連帯感は見事であり、その信頼関係は何があろうと揺るがないのは空気でわかる。
兄を独りにはしない。
「さて。結論を伝えよう。バレット、お前を息子と認めマスグレイヴ伯爵家の後継者と公表する。但し条件がある。妹を大切にしろ。フランシスカとの共同統治以外はありえない」
「わかっていますよ」
少なくとも兄と父は喧嘩に発展しそうにない。
但し両者とも視線に殺傷能力があると信じて疑わない気迫で相手を睨んでいる。
「言ったでしょう。期待に応えてみせますよ、父上」
兄の声は、きっとこの声で死刑宣告をしてきたのだろうと想像するに値するものだった。
何はともあれ、こうしてバレット・ヘイズという私の腹違いの兄は晴れて正式にマスグレイヴ伯爵令息となったのだった。
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